辺野古新基地建設問題を最大の争点とする沖縄県知事選が11日、投開票され、辺野古新基地建設阻止を掲げる現職の玉城デニーが、辺野古埋め立て容認を標榜し自民・公明両党が推した佐喜真淳(前宜野湾市長)、元維新の下地幹郎(前衆議院議員)を下して再選を果たした。県民世論や地方自治を蹂躙した辺野古新基地建設の強行、コロナ禍での未曾有の経済不況、沖縄振興予算の大幅減額など、強権を振りかざして県民生活を揺さぶり、県政奪取を図った自民・公明政府に対し、沖縄県民はその揺るがぬ意志を突きつけた。とりわけ「台湾有事」が煽られ、南西諸島へのミサイル基地配備や米軍基地増強が進むなか、沖縄を再び戦場にさせてはならないという島ぐるみの力は全国世論とも響き合いながら、沖縄を前線基地化し、軍事拡張、改憲へと突き進む自民党政府に大きな鉄槌を加えた。
投票終了と同時に当確
開票結果は、玉城デニーが33万9767票、佐喜真淳が27万4844票、下地幹郎が5万3677票で、オール沖縄が推した玉城デニーと自民党政府が推した佐喜真淳の票差は6万4923票となった。投票率は57・92%で、前回(63・24%)をやや下回った。
多くの選挙ボランティアが詰めかけた玉城陣営の開票センターでは11日、午後8時の投票終了と同時に発表された「当選確実」の報(ゼロ打ち)に歓声が上がり、拍手に包まれた。玉城氏は支援者に頭を下げ、全員で万歳を三唱。恒例のカチャーシーで勝利の喜びをわかちあった。
挨拶に立った玉城氏は「このように身に余る県民の皆様からの信頼と、これからも頼むぞ! という希望を託していただいたことに対して、改めて心から感謝を申し上げる」とのべた。
そして「今回の選挙戦では、長引くコロナの打撃を受けた経済を回復から成長に向けて必ず前進させていくこと、あらゆる県民の経済を循環させていくための沖縄21世紀ビジョンと合わせた振興発展のとりくみを進めていくことを訴えた。さらに子ども、若者、女性など、今弱い立場におかれている方々に対して、人生のあらゆる段階におけるセーフティネットを充実させることや暮らしと医療を守る政策も訴えた。そしてなによりもイデオロギーよりアイデンティティ、誇りある豊かさ。平和だからこその沖縄を構築するための辺野古新基地建設断念、オスプレイの配備撤回、普天間の閉鎖返還という2013年の建白書の理念と、復帰50周年を迎えて新たにとりまとめた建議書のなかにも込められた基地問題の解決を図っていく。これについて私はこれまでもこれからも一㍉もぶれることなく、県民と思いを共有し、政府に対して解決を求めて行くと同時に、みずからもそのことを発信して行動していくことを街頭や個別の集会でのべてきた。その訴えに対して県民からも信頼を得られたものと思う」と選挙戦を振り返った。
また「2年7カ月にわたる新型コロナのまん延のなかで何よりも敬意と感謝を申し上げたいのは、医療の最前線で県民の一日も早い健康回復と通常生活に戻っていただくために、昼夜分かたず懸命にとりくんでいただいている医療業界関係者、介護、障害者施設などの皆さん。沖縄県からの度重なる休業要請、時短要請などでご苦労をおかけしながら協力をいただいた飲食、ホテル業関係の皆さん。そして大型店舗の皆さん。なかでも何度も政府に対して全国知事会とも連携して支援策を求めてきた沖縄の基幹産業といえる観光関連産業の幅広い分野の皆さんには、この間6765億円の補正予算を決めてとりくんできたが、まだそれが足りないということについて反省を踏まえつつ、さらなる展開を図っていくことに一定のご理解もいただいているものと思う。1期4年間、さまざまな困難に対応してくださった県庁職員、県民の皆様に心から感謝を申し上げ、これからもみんなでウチナンチュが持っているチムグクル(真心)とユイマール(助け合い)を大事にしていけば、必ず沖縄らしい社会を築いていける。基地問題を解決し、子どもたちに平和な空と安全な水を渡す。そのことを描きながらさらなる沖縄の発展のために全身全霊で努力していきたい」と決意をのべた。
最大争点は米軍基地問題
その後、知事選で示された民意について問われた玉城氏が「間違いなく辺野古の新基地建設は大きな争点だった。翁長雄志知事、私の前回知事選、県民投票での7割以上の反対の声、そして明確な争点になった私の再選。この県民の思いは1㍉もぶれていないという結果だと受け止めている」と力を込めてのべると、会場からは大きな拍手が湧いた。
「現在、辺野古の変更承認申請は不承認として、すでに沖縄県は政府に結論を申し出ている。基地建設を認めるわけにはいかない。この間のやりとりで政府からは誠意ある回答はない。環境破壊が著しい工事が明確であり、公有水面埋立法の要件に合致しない点がいくつもある。そのことを日本政府が認めてこそ、本当の法治国家としての姿ではないかと、これからもしっかりとただしていきたい」とのべた。
「沖縄はこれからも変わらぬソフトパワーを有している。自然、歴史、環境、伝統、地域の個性などアジアのダイナミズムや世界に選ばれる観光地であるとともに、県民が暮らしながら県内経済を循環させていく施策も予定している。復帰50年からの沖縄は、希望が溢れ、幸福が実感できる島にしていけると固く信じている」とのべた。
後援会長の仲里利信氏(元衆議院議員、元自民党沖縄県連幹事長)は、本紙のインタビューに「(自民党政府によるアメとムチとのたたかいを制した要因として)沖縄戦の体験に根ざした県民の、沖縄をふたたび戦場にさせないという思いの強さだ。“基地問題より経済優先”というのは政府が常に知事選で持ち出してくるもの。稲嶺県政時代の“有史以来の予算をもらった”とか、仲井真元知事が辺野古埋め立てを承認したときの10年間の沖縄振興予算3000億円の保証、あるいは5年以内の普天間基地の運用停止、嘉手納以南の基地返還などの欺瞞が県民に見透かされた。米軍支配を補完してきた彼らがやるわけがなく、辺野古新基地を進めるための詭弁だからだ。これまでオール沖縄が挑んで国政選挙でも基地問題を徹底的にやれば圧勝するが、それを避けたときには敗北することがはっきりした」とのべた。
また「沖縄では21年前の今日、ニューヨークで同時多発テロが起きたとき、米軍基地があることから世界中の観光客が忌避し、大手ホテルだけで2300件以上のキャンセル、経済損失は56億円にものぼったと聞く。台湾有事で米軍が中国と交戦状態になり、ミサイルを一発撃ち込まれただけで経済どころか生活基盤も県民の命も失われる。沖縄は終わりだ。経済問題と天秤にかけるなどナンセンスだ。尖閣問題も政争の具にすべきではない。琉球と中国(福建省)は歴史的に友好親善だ。琉球というだけで大歓待を受け、政府にはない関係をもっているのが沖縄であり、そのような歴史的な関係を深め、沖縄を再び戦場にさせない、平和構築の努力を図っていくことを望む県民からの負託だと思う」と語った。
なお、同日おこなわれた県議選補選でも、オール沖縄が推した上原快佐氏が自民候補に勝利し、玉城県政与党が議会過半数を維持した。
沖縄を戦場にはさせぬ
今回の知事選は、故翁長雄志前知事の遺志を引き継ぎ、辺野古新基地建設反対を軸にして沖縄県の舵取り役を担ってきた玉城県政の1期4年への評価が問われるなかで、「辺野古容認」を掲げてリベンジに挑む佐喜真淳を擁立した自民党政府は、振興予算の減額などアメとムチを使い、「県政不況は県知事の責任」と揺さぶりを掛けて知事ポスト奪還を狙った。
2年半に及ぶコロナ禍は、国内外の人やモノの移動をストップさせ、観光産業などの比重が高い沖縄県経済を直撃した。だが政府の沖縄に対する援助は乏しく、むしろ玉城県政を追い詰めるように振興予算や交付金を大幅に減額するなど、県民の生活を人質にして辺野古新基地容認への圧力をかけ続けた。
この国政による締め付けとセットで、佐喜真陣営は「県の不作為がもたらした県政危機だ!」と、その批判の矛先を玉城県政にすり替えるキャンペーンを強めたが、県民からは相手にされず、前回に引き続き完敗を喫した。
とくに決定的な打撃となったのは、知事選前の7月に起きた安倍首相の死去と、それによって炙り出された自民党とカルト教団・統一教会との癒着だった。沖縄の自民党も例外でなく、佐喜真淳自身が台湾でおこなわれた統一教会の合同結婚式(祝福式)をはじめとする教団の式典に幾度も来賓として参加していただけでなく、その蜜月関係は市議会などの保守議員のなかにも広く浸透していたことが暴露された。
戦後77年にわたって米軍支配を押しつけてきた東京司令部(日米両政府)による権力、金力を駆使した揺さぶりに対して、沖縄県民の島ぐるみの結束は逆に強まり、それを完膚なきまでに叩きつぶす結果を突きつけた。