パンデミックによって世界で650万人以上の人命が失われ、何億という人々が貧困と飢餓に苦しんでいる。直接手を下したのはコロナウイルスだが、深刻な影響を拡大したのはダボスマンと呼ばれる者たちの行動だ。ダボスマンたちは、パンデミックから遠く離れた海岸沿いの豪邸や山間の隠れ家リゾート、高級ヨットのなかにとどまって災厄を逃れつつ、株や不動産で莫大な利益を上げ、かつてない繁栄を謳歌している。
ダボスマンとは、例年スイスのリゾート地で開かれる世界経済フォーラム(通称ダボス会議)に集まる億万長者たちのことだ。会議は表向き、気候変動、ジェンダー間の不平等、デジタル化の未来などを討議する場だが、その舞台裏ではダボスマンたちが各国の国家元首や政府高官たちとビジネスの契約を結び、世界経済のルールをつくる。そこは地球上で最大のロビー活動の場といわれる。
本書はアメリカ人ジャーナリストが、アマゾン創業者ジェフ・ベゾスをはじめ5人のダボスマンに焦点を当ててその生態を描き、なぜ貧富の格差はなくならないのかに迫った。
レーガン政権が新自由主義に舵を切って以降の40年間で、アメリカ人のうちわずか1%の最富裕層が総計21兆㌦の富を手にし、同時に下半分の層の資産は9000億㌦減少した。世界的に見れば、もっとも豊かな10人の超大富豪の財産を合計するだけで、もっとも貧しい85カ国の経済規模を上回る。ダボスマンは世界各地のタックスヘイブン(租税回避地)に約7兆6000億㌦を秘蔵しており、その大半が未申告で各国税務当局の手が及ばない。
こうした事実を見るだけで、ダボスマンによる世界経済の改造が歴史的な窃盗行為に等しいことがわかる。そのうえ、こうした経済的苦境や格差を道具に憎しみを煽り立て、他民族への恐怖をたきつける政党が支持を拡大し、各地の紛争は武器商人にビジネスチャンスをもたらす。
ダボスマンの行動はウソと偽善で塗り固められている。シリコンバレーの巨大ソフトウェア企業セールスフォースの創業者であるマーク・ベニオフは2018年、自社のあるサンフランシスコでホームレス問題解決の新税を後押しし、みずからも年間1000万㌦を払うとのべた。ところがこの年、セールスフォースの純利益は130億㌦をこえていたが、連邦税の納付額はゼロだった。
というのも、クリントン政権の時代に財務省が開けた抜け穴によって租税回避の仕組みをつくっていたからだ。彼らはタックスヘイブンに子会社を設置して、そこに自社の知的財産権を移し、この新しい海外拠点から国内のグループ内法人に法外な額の知的財産権使用料を請求して赤字にするわけだ。この抜け穴ができてから15年間で、企業への実質的な課税水準は35%から26%に急落し、米財務省は年間600億㌦の税収を失ったといわれる。その分、低所得者層への福祉は切り捨てられる。
考えてみれば、彼らが利益を上げることができるのは、インターネットをはじめとする社会インフラがあってこそで、それは税金によってつくられたものだ。しかしダボスマンは、納税義務は逃れつつ各国政府からむさぼりとる。
ダボスマンは医療や公衆衛生をぶち壊し、パンデミックを深刻化させた。世界有数の投資ファンド・ブラックストーンの創業者スティーブ・シュワルツマンは、金のなる木を医療に見出した。彼は全米規模で救急外来に医師やスタッフを派遣する二大企業の一つ、チームヘルスを支配下に収めた。投資ファンドは実質的に相手の医療業務全体を買収する。ただ、法的には医師たちが監督権限を持ち続けているよう体裁だけ整え、国による規制を回避した。投資ファンドは「利益を出せ」の一点張りで、病院を統合して病床を減らし、診療費を上げた。十分な収益を生まない医療機関は閉鎖した。コスト削減のため、防護マスクや人工呼吸器の購入を控えた。救急医療の現場では、医師たちが下すさまざまな医療的処置と、治療をできるだけ早く終わらせることにのみ利益を見出す経営側の指示とが、しばしば正面からぶつかっていたという。
こうしてパンデミックが到来した時点で、全米の総病床数は92万4000で、40年前から150万床近くが削られていた。災厄に対する備えなどないに等しかった。そのうえ連邦政府はコロナ患者を優先し、緊急性のない手術を控えるよう指示したが、投資ファンドは大口の収入減を失うのを恐れてそれも無視した。世界最大の100万人以上の死者は、そうした状況を背景にして生まれたのに違いない。一方、2020年のシュワルツマンの報酬総額は6億㌦をこえ、前年の2割増しとなった。
ダボスマンが無制限に富をむさぼることを保障するのは、連邦政府との癒着である。そのためにお抱えのロビイストや会計士、シンクタンク、広報コンサルタントを最大限に活用し、彼らに有利な法律をつくらせる。
ダボスマンがトランプを支持したのは、トランプが法人税を35%から21%に引き下げる「減税パッケージ」を成立させたのが一因だった。だから2020年の大統領選で、ブラックストーンのシュワルツマンはトランプに4000万㌦以上を献金した。減税政策を止めさせないこと、成功報酬の税優遇を廃止したり規制を強化したりさせないためだ。同時に同社の最高執行責任者ジョン・グレイは、バイデンに多額の献金をした。リスクを分散させて保険をかけたわけだ。
バイデンは当初、大規模な財政出動や法人税の引き上げを語った。だが、政権が発足すると、経済問題担当の大統領補佐官には世界最大の資産運用会社ブラックロックのブライアン・ディーズが就いた。財務長官に就任したジャネット・イエレンは、過去2年間、ヘッジファンドを含む大手企業向けの講演謝礼で700万㌦を稼いでいる。
こうしてホワイトハウスの主が誰になろうと、ダボスマンの地位は不動のように見える。しかし、表題にもあるように、彼らの行為があまりにも反社会的であるために、いまや世界経済の構造的欠陥について多くの人が気づき始め、1%に対する99%のたたかいが始まり、それが各国政府を揺るがしている。現在の資本主義社会は次の制度への過渡期にあることが明らかになる。
(ハーパーコリンズ・ジャパン発行、A5判・486ページ、定価2200円+税)