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価格高騰で世界食料危機の様相 ウクライナ危機が拍車かける OECD消費者物価指数8・8%上昇

 日本で食品をはじめとする値上げラッシュが国民生活を襲っている。これは新型コロナ禍の収束もままならないなかで、ウクライナ危機が追いうちをかけた世界的な穀物・エネルギー価格の高騰やコンテナ不足などによる物流費の高騰、さらには円安ドル高などと深く関連している。

 

値上がりする食料品

 OECD(経済協力開発機構=ヨーロッパやアメリカ、日本など38カ国の先進国が加盟)は4日、加盟国全体の3月の消費者物価指数が前年同月比で8・8%上昇したと発表した。2月は同7・8%上昇だった。また、主要先進国と新興国で構成するG20でも3月の物価上昇率は同7・9%で、2月(6・8%)から物価上昇の勢いが増している。

 

 3日には世界銀行が4月の一次産品価格指標を公表した。名目ドルベースの各商品価格指数(2010年を100とした指数)は、エネルギーが前年同月比89・7%増の153・25、非エネルギーが同28・4%増の139・89で、統計記録がある1967年1月以降で最高値を3カ月連続で更新した。非エネルギーのなかでは農産物が3月に続き4月も1960年以降の過去最高値を更新した。とくに肥料は3月に続き4月も前年同月比2倍以上に上昇した。

 

 また、IMF(国際通貨基金)は4月19日、2022年の世界消費者物価上昇率(インフレ率)が前年比7・4%との見通しを示した。2021年10月時点の見通しは3・8%であったものを大幅に上方改定した。ウクライナ危機に起因する商品・エネルギー価格の高騰に加え、供給網の混乱による需給の不均衡、労働市場の人手不足などを要因としてあげた。

 

 食料のなかでも穀物価格の高騰が全世界的に重大な影響を及ぼしている。とりわけ小麦は世界最大の主食穀物で、2020年度は世界全体で7億7600万㌧が生産された。世界の小麦生産国は21世紀に入って大きく変化し、アメリカ、フランス、オーストラリアで減産、かわってロシア、ウクライナが躍進し、中国、インド、パキスタンなど新興国が増産してきた。ロシアは2000年には世界5位だったが、2020年に3位に、ウクライナは2000年には10位にも入っていなかったが、2020年に8位に上がった。他方でオーストラリアは2020年にトップ10から退場した。

 

 ロシア、ウクライナの小麦価格はアメリカやオーストラリア産よりも安い。米国、豪州、カナダ産は1㌧当り250㌦超だが、ロシア、ウクライナ産は同200㌦を下回る。そのため米国産から両国産へ切り替えた国々も多い。両国産の小麦の輸出先は中東やアジア、アフリカの途上国がおもで、両国への小麦の依存度はエジプト7割、レバノン6割、チュニジアは大麦やトウモロコシを含めて8割依存している。小麦輸入の30%以上を両国に依存しているのは約50カ国あり、インドネシアやフィリピンなどアジアでも小麦の需要が増大している。ちなみにロシア産小麦の輸出量は2020年で3727万㌧とトップで、2位のアメリカ、3位のカナダをそれぞれ1000万㌧以上も上回っていた。

 

 こうしたなかウクライナ危機によるロシア、ウクライナ産小麦の輸出減少で、小麦の国際指標価格である米シカゴ商品取引所の先物価格が高騰している。3月7日には1ブッシェル=14・25㌦で、統計がある1972年以降で最高値を更新した。これは2008年の世界食料危機時の高値同10・77㌦をも上回わっており、ウクライナ侵攻が始まる前の2月7日に比べ70・3%も上昇した。1月には同7~8㌦台で推移していたのと比べても倍近い。IMFは小麦の国際価格は2022年を通して高止まりすると予想している。

 

 穀物価格高騰と連動して肥料価格も高騰している。化学肥料の輸出はロシアが世界1位、ベラルーシが4位で、経済制裁でこれらの国からの供給を排除することになれば化学肥料価格も高止まりが続くことになる。化学肥料輸入の一位はブラジルで、輸入先はロシアだ。

 

 またウクライナは世界最大のヒマワリ油の生産国で、世界の輸出量の半分近くを占めている。大豆油、ナタネ油、パーム油など世界の食用油の需給が逼迫し、価格が高騰するなかで影響は大きい。

 

小麦高騰が世界に影響 インドも輸出停止

 

ウクライナでの小麦の収穫(2019年)

 ロシアやウクライナからの小麦輸入に依存してきた中東・アフリカの各国政府は対策に奔走している。

 

 トルコは2000年時点では25カ国から小麦を輸入していたが、2020年にはロシアとウクライナからだけで小麦輸入全体の77%を占めるまでに大きく転換した。トルコは小麦生産国であるが、50年来の深刻な干ばつのために2021~22年の国内生産量が前年度比で10%減少し、他方で国内消費は3%増加した。

 

 トルコ政府は物価安定政策として、2021年に導入していた穀物(トウモロコシ、小麦、大麦、ライ麦、オーツ麦)のゼロ輸入関税措置を2022年も延長することを決めた。それでも1月の物価上昇指数(食品・飲料)が前年度比で55%強増加したため、食品の付加価値税(消費税に相当)を8%から1%に引き下げた(すでに2020年8月にコロナ対策を理由に18%から8%に引き下げていた)。それでも3月の物価上昇指数はさらに上昇して20年ぶりの61・14%に達しており、物価高に歯止めがきかない状況にある。

 

 イスラエル政府も国民の抗議の世論を受けて総額約13億㌦相当の生活費削減政策をうち出したほか、輸入食品への関税引き下げや撤廃、イスラエル中央銀行による1~3%のインフレターゲット政策を見直した。アラブ諸国は食料補助金制度により食料価格を長年抑制してきたが、IMFの指導により燃料補助金・食料補助金が削減され物価高が続いている。エジプトでは2021年の物価上昇率は6~8%台を維持してきたが、2022年2月は10%台となり物価高の傾向が強まっている。

 

 ウクライナ、ロシア両国からもっとも多く小麦を輸入(2020年の全小麦輸入の85%)してきたエジプトやトルコ(同約77%)は代替輸入先を探して交渉している。エジプトはルーマニアやインド、オーストラリア等が候補地としてあがっている。エジプト政府の発表では、同国内の小麦貯蔵は侵攻開始直後(2月末)は2・6カ月分に減少したが、その後輸入・国産あわせて九カ月分近くは確保できる見込みとしている。

 

 エジプトが大量に小麦を輸入する背景には同国のパン配給制度がある。政府補助金により小麦100%の平たいパンの価格を1枚=5ピアストル(約0・3円)に据え置いている。

 

 こうした物価安定政策をとるのは、中東やアフリカ地域では2018年から2019年にかけて「第二のアラブの春」と呼ばれる広範な国民の抗議行動が起こってきたからだ。レバノンやイラク、イラン、ヨルダン、エジプト、チュニジア、パレスチナ等で広がり、スーダン、アルジェリアでは政権交代につながった。2010~11年にかけての最初の「アラブの春」と同様、物価上昇、とりわけ主食の穀物価格の上昇が契機となった。

 

 米農務省は世界小麦貿易量の見通しを600万㌧(3%)余り引き下げた。ロシア・ウクライナからの輸出減が他地域の増加分より大幅になるとみているためだ。

 

 加えてインド商工省が13日、小麦の輸出を一時停止することを発表した。インドは世界第2位の小麦生産国で、昨年度は700万㌧超を近隣国に輸出していた。「世界的な小麦価格の高騰はインドや近隣国、途上国にとってリスクとなっている」と説明し、国内向けの小麦供給量を確保することを優先するとの姿勢だ。

 

 国際食糧政策研究所の調べではインドのほかにも23カ国が食料の輸出規制を敷いている。2008年の世界食料危機で規制を課した28カ国に近い水準だ。

 

 ウクライナ危機が夏まで続けば、食料価格が高騰し、中東やアフリカなど、ここ数十年に食料価格の高騰が契機となって政情不安を引き起こした地域で食料安全保障が危うくなると専門家は指摘している。国連食糧農業機関(FAO)によると、世界の食料価格はすでに過去最高値に達しており、ウクライナ危機による供給不足で価格はさらに22%跳ね上がる可能性があるとしている。

 

コメ価格が6倍以上に  スリランカでは反政府デモ

 

物価高騰に抗議し、大統領の辞任を求めるデモ(4月5日、スリランカ・コロンボ)

 そうしたなかで、スリランカでは深刻な経済危機に陥り、国民の抗議行動が暴徒化し現政権の維持が困難になっている。

 

 スリランカ(人口2200万人)では1948年にイギリスから独立して以後で最悪の経済危機に直面し、経済破たんの淵に立っている。最大都市コロンボの消費者物価指数は3月に前年同期比18・7%を記録したが、4月には29・8%に跳ね上がった。他方で2019年末に76億㌦(約1兆円)あった外貨準備は18億㌦(約2300億円)に減少し、輸入に頼る食料や燃料、医薬品の欠乏が深刻になっている。

 

 直接の契機は新型コロナ禍で外国人観光客の来訪が止まったことにある。政府は観光産業を最大の有望産業とし、主要な外貨獲得産業と位置づけてきた。2020年に発生した新型コロナで入国者は、2021年には2019年比で89・8%も激減し19万4495人となった。

 

 外貨不足により食料や資源の輸入が困難になり、ガソリンスタンドには長蛇の列ができ、2月下旬からは計画停電が始まった。3月のインフレ率は前年同月比21・5%上昇した。2019年3月のインフレ率は2・9%であり、国民の生活が一気に深刻化したことは明らかだ。

 

 通常1㌔㌘で約80ルピー(約32円)のコメが4月には500ルピー(約200円)にまで6倍以上値上がりした。並行して電力不足で1日10時間以上の停電が続き、医薬品の入手も困難になった。

 

 そうした生活苦を背景に、政府の退陣を求める抗議デモが拡大し、4月1日には政府が非常事態宣言を出した。それでも抗議デモは収まらず、4月3日には内閣が総辞職した。だが大統領は続投としたため、大統領の辞職を求める声が高まり、抗議デモはエスカレートし、政情不安は悪化の一途をたどっている。

 

 今はスリランカのように危機が表面化していなくても、同じように過剰なまでに海外資金に頼る国はほかにもあり、世界的な物価高騰のなかでスリランカのような政情不安が拡大しかねない状況にある。

 

 スリランカはまた、インド洋の海上ルート上にある国際物流の拠点となっており、国際流通網への影響も懸念されている。コンテナ取り扱い量で同国の最大都市コロンボは世界25位で、南アジア一を誇る。国際的な物価高騰の一因としては国際物流コストの高騰がある。

 

海運輸送費も高騰続き  コンテナ・人手不足

 

中国からの貨物が滞留するアメリカのロングビーチ港

 新型コロナが流行した2020年以降海運輸送費の高騰が進んだ。その背景にはコンテナ不足があるとされる。たとえば「世界の工場」と呼ばれる中国から世界各国への海運輸送費を見ると、コロナ発生前の2019年と比べて、北米東海岸向けで約5倍、北米西海岸・欧州向けで約2倍に高騰している。

 

 コンテナ不足は世界シェア九割超を占める中国のコンテナ製造が低迷していることが大きい。2018年以来米中貿易摩擦が起き、おもに米国向けの荷動きが低下したことがコンテナ生産にも響き、2018~19年には約40%ほどコンテナ生産量が落ちた。追いうちをかけるように新型コロナが発生し、2020年は前年からさらに生産が下落した。ところが2020年後半に景気が回復基調になり、コンテナの需要が大幅に増加したため、動いているコンテナのとり合いになり、さらなるコンテナ不足を招いている。

 

 さらに港湾での人手不足で港に到着したコンテナが停滞して回転率が著しく低下していることがある。もともとは輸入地となる港に着いたら「14日以内」にコンテナの中の貨物をとり出し、返却するというルールがあったが、コロナ禍で港で勤務する人数が足りず荷役作業が滞り、港湾機能が大混乱に陥っている。コンテナが放置され返却されず、輸入地には手付かずのコンテナが残り、輸出地のコンテナが不足する事態に陥っている。

 

 コンテナ船の運航遅延も各港湾で発生している。東南アジアや日本から米国西海岸へのコンテナ船は昨秋まで週一便だったが、米国西海岸港の混雑で2週間に1便となり、今年1~2月には月に1便しかないこともあり、欠便も出始めた。2~3月ごろには臨時便が出たことで月に2~3便に戻った。米国から日本への船便も同様に抑制されている。

 

 こうした複合的な要因によって世界的なコンテナ不足と海上輸送費の高騰が続いている。コンテナ船の運賃が急騰すると、その分が転嫁されて輸送コストがアップし、各種の原材料や商品など多くのモノの価格が高騰している。2021年後半に世界中のコンテナ運賃が過去最高値に暴騰した。中国・上海発の例では、2021年7月下旬時点で米国東海岸向け40フィートコンテナ1個が、2009年以降で初の1万㌦の大台を突破した。上海から欧州向けも同年に前年同月比で8・2倍となった。

 

 さらにコンテナ運賃の急騰は続き、2021年5月には前年の3・4倍もの上昇率となった。2023年も海上輸送費は高水準を維持するという予測も出ている。

 

 ちなみにコンテナ不足で日本の海運大手3社も過去最高の利益をあげている(2021年4~6月)。日本郵船=1510億円、商船三井=1041億円、川崎汽船=1019億円。コンテナ物流の世界的な混乱で運賃が急騰したことが海運大手の空前の利益につながった。

 

 2022年に入ってもコンテナ不足問題の解決の見通しは立っておらず、国際物流の遅延は常態化したままで、高水準の船賃がキープされており、食品など輸入モノの価格高騰の一因になっている。たとえば昨年秋の豆腐などの値上げは、原料の大豆の価格が高騰したことと、輸送するコンテナ船の運賃が急騰したことによる。食品のみならず輸入するあらゆるモノの価格に影響する。しかも日本だけではなく世界全体に影響は広がっている。

 

 IMFの調べでは、世界全体の食料価格の平均インフレ率は昨年12月時点で年間ベースで6・85%に達し、調査開始以来最高水準を示した。2020年4月から2021年12月までに大豆は52%、トウモロコシも小麦も80%、コーヒーはおもにブラジルでの干ばつなどで70%上昇した。食料価格高騰は輸入への依存度が高いアフリカや中東、ラテンアメリカの一部でより厳しい影響が出ている。また通常、食料の国際取引の決済はドルでおこなわれるため、ロシアやブラジル、トルコ、アルゼンチンなどの国々はドルに対して自国通過の価値が下落した分の影響を被っている。同様に日本でも円安ドル高の影響が出ており、決して対岸の火事ではない。

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