山口県阿武町が新型コロナウイルスと関わった臨時特別給付金・463世帯分(4630万円)を誤って一人の男性住民に振り込んだ問題で、阿武町は12日、この男性に返還を求めて山口地裁萩支部に提訴した。訴えられたのは町の「空き家バンク」制度を利用して、およそ2年前に県内の他の地域から移住してきた24歳の男性で、口座からは既に2週間かけて全額が引き出され、本人自身も勤めていた会社を退職して所在不明になっているという。
全国ニュースにもなり、山口県内でも「あの小さな田舎町で、親類縁者のしがらみも強いだろうに、果たしてどのような住民なのだろうか?」「いくら行政のミスとはいえ今後暮らしていくうえで風当たりが強かろうに…」と話題にされていたが、もともと帰属意識が希薄という条件のうえに、突如手にした「4630万円」によっておかしくなってしまったのか、風来坊のように去ってしまったのだった。逃亡したところで新たな住民票が作れるわけでもなく、口座凍結等々の様々な代償が降りかかってくるだろうに、罪作りな振り込みミスによってカネが人間を狂わせたのだろう。まだ若く将来もあるはずの24歳の男性は、4630万円もの大金を手にして何を思ったのだろうか…と思う。町職員の説得に対して、「すでに入金されたお金は動かしている。もう元には戻せない。罪は償います」と説明していたというが、もともとみずからのものでもない4630万円への執着が、悪いとわかっているのに返還を拒み、逃げ切れるわけでもない逃亡劇へと誘ったのだろう。同情するつもりなど毛頭ないが、「カネで狂う」を目の当たりにしたようで、振り込みミスさえなかったら…とは思うのである。
宝くじが当たって人生が狂っていく人たちがいるように、降ってわいたカネを手にした人間が狂うというのはままありがちである。堅実とは逆方向に人生の針が進み始めるのだ。昔から「悪銭身につかず」といわれるように、自らが汗水流して稼いだカネではなく、ひょんなことから手に入れたカネなど大概身につかないのだろうが、にわかに気持ちが大きくなったり、金銭感覚が狂ったり、何につけてもカネが必要な貨幣経済のなかで欲に駆られたが最後。そうして狂っていく人生が果たして豊かで幸福といえるのか否かは考えものだ。
阿武町は山口県内でももっとも人口減少が少なく、「選ばれる町をつくる」を標榜して移住政策にも力を入れてきた。地域の空き家に県内外から移住者を迎え、農漁業に従事すれば毎月15万円を町が負担するなど独自の政策も実施してきた。農漁業振興に対する熱意も強く、防衛省によるイージス・アショアの配備に対しても花田町長はじめ住民たちの粘り強い反対運動によって頓挫に追い込むなど、郷土を思う気持ちも強い。今回の事件を思う時、そんな阿武町が力を入れてきた「移住」政策も決して良い側面ばかりなのではなく、特殊ではあるが、その身軽さゆえによそに「移住」していくのもまた実に身軽であることを24歳が教えているような気がしてならない。町としては彼が返還を拒む4630万円の処理をどうしていくのか大変な事態であろうが、移住者を温かく迎え入れてきた地域みんなの努力が裏切られたような光景に見えて仕方ないのだ。地域に溶け込んで共生し、穏やかに暮らしている移住者も多いなかで、今回の件が水を差さなければと思う。
吉田充春