長崎市の西洋館で7月1日から8日まで開催された第8回長崎「原爆と戦争展」(主催/原爆展を成功させる長崎の会、下関原爆被害者の会、原爆展を成功させる広島の会)は、圧倒的な長崎市民の支持を基盤にして、広島、長崎の被爆市民の凄惨な経験、第二次大戦と原爆投下の真実を、若い世代、全国に発信し、そこから始まる戦後社会の構造を根本的に見直す論議へと発展した。戦争体験者から現役世代、青年、学生に至る各世代の人人が、今日の日本の政治、経済、教育、文化についての鋭い問題意識を抱いて訪れ、320万人の犠牲を強いた第二次大戦とアメリカの戦後支配に対する歴史的な怒りを共有し、現状を変えていく強い行動意欲が高まっている。それは、現在、全国的に渦巻く大衆世論の根底に流れている意識を代表している。参観者から寄せられた主なアンケートを紹介する。
被爆者・戦争体験世代 戦争二度と許さぬ 蘇る生き地獄
▼いつも思っていることは、日本は本当に独立国かということだ。日本の国内には戦後六七年もなるのにいまだに米軍がいる。同じ敗戦国(ドイツ、イタリア)と比べると、日本の方が米国の扱い方がひどいと聞いている。なぜ日本の政府は、日本国内から出ていって下さいといえないのか。米軍に使うお金を国民のために使えばといつも思う。日本の政府は信用できない。また再び戦争はしないようにしよう。(94歳、男性)
▼被爆して早くも六七年、八五歳となり、よくぞこれまで長生きしたものと思っています。だが、何年経っても非核、非原発の声をあげてもなにも変わっていない。政治家の方方は経験がないので、真の苦しみを知らないので口先ばかりかと思う。(85歳、女性)
▼あぁ、胸につきまとい、頭をよぎるとき…戦時中の想い出の数数。私も鹿児島県垂水の海軍部隊に軍属として出向(終戦まで)。今後、我が国は平和を続けるため、とくにここに展示されている広島、長崎の原爆投下、他戦時中の数数の実情を、もっと長期に、もっと数回も、もっと毎年毎年、全国の各都市でも実行開催を強く求めてやみません。(84歳、男性、設計会社経営)
▼私は昭和7年1月生まれなので、原爆のときは女学校でした。ちょうど夏休みで小浜の女学校の夏休みの楽しい帰り道に原爆に遭い、今の新聞(パネル)を見ながら体が震えてきました。また、思い出して涙が出ます。二度とこんなことがないようにお願いしたい。(80歳、女性)
▼長崎で開催されて以来、毎回見ている。戦争、原爆、津津浦浦の空襲の悲惨、残酷さは消えることはない。今、80歳代は記憶がある。次の世代に伝えるべきだが、戦争を知らない若者たち心せよと叫びたい。平和のありがたさは、犠牲者の上に成り立っている。300万人以上の御霊安かれとお祈りする。(80代、男性、被爆者)
▼私昭和7年生まれ、台湾引揚者です。昭和21年から長崎に住み、被爆者の苦労をずっと目で見、耳で聞いてきた。ややもすると戦争の恐ろしさを忘れがちである。世界は、とくにアメリカは、太平洋戦争、朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、イラク戦争、アフガン戦争と戦争を続けている“自由と平和の国”。私共はどう向きあえばよいのか、次世代にどう教育しなければならないのか。(79歳、男性)
▼1・6㌔㍍で被爆した(当時6年生)が、原爆だけでなく、ほとんど全国の人たちが生き地獄を受け、日本人として全員で平和を叫びたい。原爆には避難訓練も、一歩も逃げられないことをぜひ知って欲しい。今居るここで、生死が決まる。戦争は文化を壊し、人間のすべてを壊し、衣食住あってこそ勉強もできることを、できなかった私は訴えたい。(78歳、女性)
▼あらためて戦争の悲惨さが込み上げてきた。私自身、父を3歳で日の丸の旗を振って送ったときのことを思い出す。弟は母のお腹の中で0・5カ月だった。ときどき姉弟で父はどんな気持ちで出征していったのだろうと語るときがある。二度と孫たちの世代に戦争をしてはならない。最近、世の中も教育もおかしいと思うことが多い。日本はどこへ向かおうとしているのか不安になることが多い。しっかり語り継ぐことの大切さを思い若い皆さんの活躍を本当に願っています。(70歳、女性)
現役世代 日本は米国の属国 真実知り衝撃
▼憲法第9条を守り、日米安保条約から手を切ることが大切だと思います。ドジョウ内閣も一度この長崎に来て、戦争展を見て欲しい。再稼働は許せない。(63歳、男性)
▼詳しくわかる資料が多く、戦争体験のない世代の人人にも具体的にリアルに当時が伝わってくる展示会である。隠されたこと、ふせられたことを公表することが一番、反戦効果がある。(63歳、女性、大学教員)
▼8月6日、9日を間近に控え、こうした展覧会があることは大変意義がある。私も戦後生まれ、原爆を体験していないが、生涯忘れることなく、子どもたちにみずから学び、受けてきた思いを語り伝える必要がある。とくに、今課題の原発の問題について、真剣に考え、判断できる若者を育てる必要を感じる。(59歳、男性、教師)
▼展示の内容は、若い人たちには平和の重みと日本の過去を知らせる手段として大変よかったと思います。私の父も海軍に、義父も海軍で戦艦「大和」と共に出撃した生き残りでした。あらためて平和が大切であると思いました。今後もこの展示会を毎年実施してほしい。(57歳、男性、公務員)
▼被爆二世です。母(72歳)は今年の4月5日に亡くなりました。叔父(67歳)は、フランシスコ病院に入院中です。福島原発事故で再認識しました。とり返しがつきません。(52歳、男性、会社員)
▼今一番考えなくてはいけない原子力について、これだけしっかりした資料で、戦争反対、原子力反対の思想をはっきり打ち出した展示に感心致しました。今の世界もやはり、この広島、長崎の歴史を思い出し、この広島、長崎に世界のリーダーたちが足を運ぶこと、世界にもう一度ニュースとしてこの現実に起こったことを知らしめること、これが大切だと思いました。若者たちの勇気ある行動に大いに期待します。(女性)
▼私の年齢では、戦争をまったく知らない世代ですが、ご利用者様は原爆の体験をされていらっしゃるので少しでも共感できればと思い来ました。世界では、戦争をしているところがありますが、この地球から戦争がなくなれば良いと思います。同じ人間なのになぜ?と思います。(52歳、女性、介護職)
▼このように恐ろしい爆弾を人人が生活する町に落とすなんてアメリカは許せません。炭のように焼かれて亡くなった人人、大やけどをした人、無傷なのに原爆症で亡くなった人たち、原爆という言葉も知らずに苦しんで死んでいった人たちを思うと言葉もありません。しかし、原爆のことを口にしてはいけない時代があったというし、いまだにアメリカに謝罪を求めることもありません。日本政府はなにをしているのでしょう。
また、戦地に送られた兵士で餓死や栄養失調で死んだ人が多いということにびっくりしました。国は食料や物資も送らずにほんとに無責任だと思います。今の原発事故も同じです。国の無責任さは今も変わっていないと思いました。(40代、女性)
▼人間同士がアメリカの植民地支配によって虫ケラのように殺される。どのようにすれば、人間の尊厳が守られるのでしょうか。アメリカの植民地支配からの脱却に向かって皆さんの心が一つになり、真に人権が守られる世界になることを心より思います。(43歳、男性)
▼大戦前と戦後の今と非常に似た風潮なのでは?との思いがする。マスコミ、新聞等の論調が一方向からのものしかなく、他の意見は聞かない、考えない。同じ歴史を歩むのではないかと不安を覚える。(40歳、男性)
▼日本政府は原爆のことを知っていたのではないでしょうか。アメリカは国家情報が開示されているといっても、戦争、とくに原爆に関しては今でもすべてウソで固めていると思います。実際、何人死んだのかもわからない。日本はアメリカの属国だと思う。(男性)
▼今、原発が再稼働しはじめ、震災、福島原発事故が何事もなかったかのように流れていく危機を感じ、恐ろしく思います。子どもたちに未来を! 平和な世界を! 事実を見る目を養っていきたい。(女性)
青年・学生 生き方を考えたい 行動する事が必要
▼毎回見ています。安倍総理以来、この一年の大震災、原発になにもできない政府、政党、財界。昨年手にとった本では「復興」のために東北一帯(被災地)を海外並のコストにしようと財界から要求があったのだとか。海外のまずい食品が食べ放題のTPP、民自公(共産、社民)大連立でなんでも通ってしまう悪法の数数。うさんくさい橋下弁護士フィーバー、正しく生きることは悪いことだと決めつけられる風潮。私自身、こうして生きていて息苦しくなってきたが、広島と長崎から被爆を乗り越え、立て直してきた先人たちの姿を伝える展示パネルを見て、いつも力をもらっている。この大連立に対して、地方をどう復興させるか。どう生きるのかを本気で考えたい。(30代、男性)
▼今の世の中は平和のようで、平和ではありません。絶対に核のない世界にしなければいけないと思います。絶対に伝えなければいけないことがたくさんあります。家に帰ったらもう一度祖父母から戦争のことを聞こうと強く思いました。もっとこういう活動をしたり、メディアもちゃんと本当のことを放送してほしいと心から思います。私も一緒に伝えていきたい。(31歳、主婦)
▼長崎で生まれ育ち、展示を見て改めて衝撃を受けました。いつの時代も被害を被るのは私たち市民で、上の人たちは痛みを感じることがないんだと思います。これからの時代は、戦争の痛みを知らない世代が中心になって動かしていくことになりますが、歴史を繰り返させないためにもこのような機会(原爆展)を設けることは大事だと思います。(30歳、女性、会社員)
▼毎年夏になると広島、長崎の原爆のことを思い出します。若い人に伝えていかないといけないと同時に、戦争を繰り返させないように日本の未来を考えないといけないと思いました。(30代、男性、自衛隊)
▼戦争があったという現実をあらためて知ることができ、よかったです。戦争や原爆の経験を風化させず、私たちのような若い世代が後世に語り継いでいくとりくみが今後本当に必要だと思いました。(25歳、女性、販売員)
▼原爆の威力がどれほどのものかあらためて感じさせられました。アメリカはやりすぎだと思った。日本軍も中国や朝鮮の方方を働かせ、生き埋めにしたことも残酷でした。自分の祖母も爆心地から近いところで被爆して、そのときの様子や怖かったことなど繰り返し会う度に聞かされました。展示会に来て、より詳しく原爆がどのようなものだったのか知ることができて良かったし忘れてはいけない。戦争を知らない子にも学んでもらいたい。(22歳、男性)
▼展示中、被爆された方がお話をして下さって、大変理解が深まりました。展示している実際のもの(ビンなど)を触れて、戦争の恐ろしさを感じました。もっともっと多くの人たち(とくに若い人)が見に来て、学び、平和を伝えていかなければならないと思いました。私も今後、なにかできることがあれば参加していきたい。(21歳、女子大学生)
▼出身が広島県で実家も爆心地から1㌔程と近く、幼い頃から原爆についてはよく話を聞かされていた。また、この戦争展へ来て、その話を思い出した。被爆地は違えど広島県民も長崎県民も戦争反対への思いは同じだと思った。私もこの歴史を忘れさせないためにも、次世代へ受け継いでいきたい。(19歳、男子学生)
▼日本は世界でたった一つの被爆国であり、原爆の恐ろしさを訴えられるのは日本人しかいないことを、もっと国民一人ひとりが自覚するべきだと思う。今、戦争がない時代に生まれた私たちが、未来の戦争のきっかけとなるものを残さないよう、行動することが必要だと思う。(18歳、女子大学生)
▼長崎出身で、小さいころから被爆体験の話や被爆のパネル写真、実物などを見聞きしてきました。この展覧会では、今まで自分が見たことのない写真であったり、話があり、とても胸に来るものがありました。私は戦争を直接経験したことのない世代で、話しか聞いていませんが、長崎で暮らしている自分になにかできることはないのだろうかとあらためて考えさせられる良い機会になったと思います。私がこうした活動のお手伝いをすることはとても微量だと思いますが役に立ちたいです。(18歳、女子大学生)