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対ロ制裁が生み出す食料危機 長期化歓迎する穀物メジャー 途上国では飢饉の恐れも

 アメリカを中心とした欧米諸国に日本も追随してロシアへの経済制裁を加えている。だがこれはロシアとウクライナの紛争を早期停戦させるためには効力はなく、いたずらに対立を長引かせるだけのものになっている。しかもロシアを制裁するにとどまらず、世界の原油価格やLNG価格が急騰し、世界中で電気・ガス代、自動車のガソリン、トラックの軽油、船舶の重油、航空機燃料などが軒並み高騰して世界経済に跳ね返ってきている。とりわけロシアは小麦の世界最大の輸出国であり、制裁によって輸出がストップする懸念が高まり、小麦や大豆、トウモロコシなど穀物の国際価格も史上最高を更新し続けている。小麦や大豆の9割以上を輸入に頼る日本でもすでに小麦や大豆の高騰が商品価格にも転嫁され、値上げラッシュとなっている。

 

制裁による悪影響野放しの西側

 

値上がりが続く小麦粉

 国際連合世界食糧計画(WFP)は「2022年は災害レベルの飢餓が起きる年になり、38カ国の4400万人が飢饉のボーダーラインをさまようことになる」と警告を発した。アメリカのロシア制裁は、戦争終結のためにはならず、世界中を混乱に陥れ、広範な人々に生活苦や飢餓や餓死を押しつけるものでしかない。しかも見落とせないのは世界中の人々が穀物高騰で苦しんでいるなかで、世界の穀物市場を支配する穀物メジャーがばく大な利益を上げていることだ。

 

 アメリカをはじめとする世界の主要国は2月26日、ロシアへの経済制裁として、国際決済ネットワークSWIFT(国際銀行間通信協会)からロシアの銀行の排除を決定した。この措置は「劇薬」と呼ばれている。制裁措置ではドイツ、オーストリア、ハンガリーなどが難色を示したためエネルギー関係の決済は除外されたが、「劇薬」にかわりはなく、ロシアにとってだけではなく欧州をはじめ世界中が、経済制裁の跳ね返りで大混乱になることが予想されている。

 

 とりわけロシアは世界最大の小麦輸出国であり、ウクライナは第5位の輸出国、両国を合わせると世界の大麦の19%、小麦の14%、トウモロコシの4%を供給しており、世界の穀物輸出の3分の1以上を占めている。SWIFTからのロシアの銀行の排除で、貿易の決済が困難になるため、ロシアからの小麦の輸出が難しくなり、世界全体の小麦の供給量が減少する。

 

 専門家は「今後ウクライナ危機が数カ月以上長期化した場合、今年後半から世界、とりわけ途上国は価格高騰だけでなく、食料不足に見舞われる恐れがある。今世紀に入って最初の食料危機に向かいつつある」、また国際連合食糧農業機関(FAO)は、「ロシアとウクライナ間で起こっていることは、世界の食料安全保障にさらに重大な課題を突きつけている」と警鐘を鳴らす。

 

 ロシアとウクライナは世界の食料生産、供給のうえで重要な役割を果たしている。

 

 ウクライナは国土の70%が農耕地帯であり、その大半が養分が豊富で生産力の高い黒土に覆われている。「世界三大穀倉地帯」と呼ばれ、「欧州のパンかご」「世界のパンかご」とも称される。2020年のウクライナの小麦の生産量は世界8位の2491万㌧で、輸出量は5位の1806万㌧。トウモロコシの生産量は世界5位の3029万㌧、輸出量は世界4位の2795万㌧。小麦は生産量の73%、トウモロコシは同92%を輸出する世界トップクラスの穀物輸出国だ。また、ウクライナの「国花」であるひまわり油の輸出量は世界の44%を占める。

 

 ロシアはウクライナ以上の農業国家で、2020年の小麦生産は中国、インドに次ぐ世界3位の8589万㌧。同輸出量は世界トップの3727万㌧で、世界の18・4%を占めている。

 

 加えて農業生産を支えている化学肥料の三大要素のうち、カリはロシア・ベラルーシが世界輸出の40%を占める。ロシアは広大な国土を有し、塩化カリやリン鉱石の鉱山を持つ資源国で、窒素肥料原料も合成する。2021年の輸出量は、硝酸アンモニウム(430万㌧、世界貿易に占める割合49%)、尿素(700万㌧、同18%)、アンモニア(440万㌧、同30%)でいずれも世界1位だ。塩化カリ(1200万㌧、同27%)は世界3位、リン酸アンモニウム(400万㌧、同14%)は世界4位で、肥料の世界では突出した輸出国だ。

 

 肥料の供給減少は穀物をはじめ、野菜や果実、牧草にいたるまで幅広い農産物が影響を受けることになり、生産量が減退する。穀物輸出減少以上に世界の食料供給に打撃を与えかねない。

 

小麦輸出大国のロシア  肥料価格も高騰

 

 米欧によるロシア経済制裁を受けて、国際指標とされるシカゴ市場での小麦価格が急騰し、その後最高値を更新している。8日には一時1㌴(約27㌔)当り13・635㌦まで値を上げ、2008年2月に記録した最高値(13・495㌦)を上回った。
 シカゴ市場の小麦・トウモロコシ・大豆の先物価格は今年に入って前年比でそれぞれ5割、3割、2割以上上昇した。

 

 ゴールドマン・サックスは「ロシア・ウクライナ紛争と西側諸国のロシアに対する制裁措置により、黒海エリアからの供給が妨げられ、穀物価格がさらに上昇することは確実だ。……世界の穀物市場が1970年代以降で最も深刻な打撃を受けることは間違いない」との見方を示した。

 

 また、肥料価格も昨年に比べて2倍近くまで高騰している。
 現在、世界の約50カ国以上がロシアとウクライナからの輸入によって小麦供給の30%以上をまかなっている。その多くは北アフリカ、アジア、中東エリアの開発途上国や低所得で穀物が不足する国だ。

 

 エジプト、トルコ、バングラデシュ、イランは世界の小麦輸入国の上位に位置し、小麦の60%以上をロシアとウクライナから購入している。レバノン、チュニジア、イエメン、リビア、パキスタンも小麦の供給を両国に大きく依存している。

 

 これらの国々はロシアやウクライナ以外の輸入先を探して奔走している。だが、世界のトウモロコシ貿易では、ウクライナからの輸出不足を他国の輸出では補えないと予想されており、供給不足の事態は必至だ。

 

 IMFは「サブサハラアフリカや中南米からコーカサス、中央アジアに至る一部の地域では、食料・燃料価格の高騰によって社会不安のリスクが高まりかねない。アフリカや中東の一部地域では食料不安がさらに悪化する可能性が高い」と見ている。たとえばエジプトでは小麦の約80%をロシアとウクライナから輸入しており、価格高騰で社会的緊張を高める可能性があるとしている。

 

 サブサハラアフリカ(北アフリカ以南)も小麦の供給の約85%を輸入に依存し、ロシア産とウクライナ産がその3分の1を占めており、社会不安が高まることを懸念している。

 

 ブラジルは肥料原料の83%を輸入に依存し、ロシアからの輸入が2割以上を占めており、今年10月に作付けが始まる夏作物の生産性が大きく落ちることが懸念されている。ブラジルは1億㌧近い大豆を輸出する世界有数の農業大国だ。また草資源や穀類を原料にした飼料で肉牛やブロイラーを飼育する生産基地でもある。肥料不足になれば、世界の大豆や食肉の供給がひっ迫する可能性が高い。

 

 ヨーロッパや中央アジアの多くの国も肥料供給の50%以上をロシアに依存している。アフリカもロシアからの肥料に依存する割合が異常に高く、国によってはロシア・ベラルーシ由来の肥料が大半を占めるところがある。

 

 日本は小麦や大豆、トウモロコシはロシアやウクライナから輸入していないが、肥料の輸入先を見ると、尿素の37%、リン酸アンモニウムの87%を中国から、塩化カリウムの12%をベラルーシから、11%をロシアから輸入しており、価格高騰が日本の農業生産にも影響を与えることは必至だ。

 

4400万人が飢餓に WFPが警告

 

食料危機が続くマダガスカル

 対ロ制裁によって、穀物の供給減少や穀物価格の高騰、加えて化学肥料の供給減少は必至であり、世界の食料危機への懸念が高まっている。

 

 国連食糧農業機関(FAO)が4日発表した2月の世界食料価格指数(2014~16年=100)は、前月比5・3上昇の140・7となり、過去最高を更新した。前年同月比では24・1上昇している。穀物は前月比で4・2上昇、植物油は15・8上昇し、201・7と過去最高を更新した。

 

 国連は30年までに飢餓ゼロの目標を掲げているが、昨年7月の報告書では30年でも約6億6000万人は飢餓状態になっている可能性があると警告した。さらにその後のロシア・ウクライナ危機と米欧のロシア制裁を受けて国連世界食糧計画(WFP)は「2022年は災害レベルの飢餓が起こる年になり、38カ国の4400万人が飢饉のボーダーラインをさまようことになる」と警告を発した。

 

 欧米によるロシアへの経済制裁が穀物の国際価格急騰を招き、世界中で食料危機が懸念されるなかで、膨大な利益を求めて暗躍しているのが穀物市場を支配する穀物メジャーの存在だ。

 

 穀物メジャーは、小麦、大豆、トウモロコシなどの主要穀物を世界中で買い付け、集荷、輸送、保管までを手掛ける多国籍企業で、アメリカや欧州に本社を置く上位5位で世界の穀物取引の約8割を支配し、穀物流通に多大な影響力を持っている。経営規模は上位2社が群を抜き、首位の米カーギル社が自社で調達する穀物は年約7500万㌧、2位の米アーチャー・ダニエルズ・ミッドランド(ADM)は約6500万㌧と推定されている。カーギルは66カ国に15万人以上の従業員を持ち、世界の穀物シェアの四割を握るといわれている。ADMは世界の160カ国で事業を展開している。

 

 穀物相場は生産地の天候や収穫状況に大きく左右される。カーギルは自前の人工衛星を駆使して世界中の生産地の天候をチェックするなど、高い情報収集力を備え、価格変動の大きい穀物市場において支配的な位置にあり、需給や価格の変動そのものを支配している。

 

 2008年には穀物が暴騰し、アフリカやアジア、中南米を直撃し、世界で約2億人が飢餓に直面した。このとき穀物メジャーのADM社は前年の8倍、カーギル社は同約2倍の利益を上げた。

 

 当時穀物価格を異常に高騰させたのは投機マネーの暗躍だった。「サブプライムローン」の破たんで、巨大な投機資金が商品市場に流れこみ、株を買う感覚で穀物を買い占めた。年金マネーなどを運用する商品指数連動型投資は、シカゴ市場で小麦44%、大豆28%、トウモロコシ23%を買い占めて相場を暴騰させ、小麦、トウモロコシなどの食料が過去最高値に達した。当時のイギリスの雑誌『ニュー・ステイトメント』は、「価格が上昇すればするほど投機資本やアグリビジネスの利益は増え、さらに大もうけを狙う者が投機を引き起こす」「彼らの利益は1日2㌦以下で暮らす28億人の命と引き替えなのだ」と指摘している。
 このときカーギルは価格操作による独占禁止法違反の疑いで欧州連合当局による家宅捜索を受けている。

 

 2010年の穀物価格高騰では、食料暴動を発端にした「アラブの春」と呼ばれる政権打倒の運動が起こり、チュニジア、エジプト、リビア、イエメンでは政権が打倒された。とりわけ食料は人間が生きるうえでもっとも重要な物資であり、価格高騰は食料危機による飢餓や餓死につながり、それを発端にした社会的な激変ももたらす。

 

 今回のウクライナ危機にさいしても投機マネーが蠢(うごめ)いている。相場の世界には「遠くの戦争は買い」という格言があるといい、金属、原油、農産物への投資に妙味ありとしている。

 

 アメリカのバイデン政府を先頭にしたロシア経済制裁は、ロシア・ウクライナ危機の早期停戦を目的としたものではない。危機状態が長引けば長引くほど、ロシアやウクライナをはじめ、制裁を科したアメリカやヨーロッパ自身の国民も、さらには穀物を輸入に頼るアフリカや中東、アジアの国々など世界中の人々が食料高騰や食料難に直面し、社会的な混乱は全世界に広がる。穀物メジャーや投機マネーだけが早期停戦ではなく危機の長期化を歓迎している。

 

 対ロシア制裁はその建前とは裏腹に、戦争を長期化させ、世界中の大多数を苦しめるものとなっており、その「正義」の中身が問われている。世界を二分する扇情的キャンペーンを収束させ、早期停戦にむけた世界的動きを作り出すことが急務となっている。

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