山口県長門市では、油谷地区の向津具半島川尻岬から最短で約10㌔㍍の海域に、国内最大規模の洋上風力発電建設計画が浮上している。風力建設計画海域では、長門市よりも萩市の漁業者の方が多く操業している。だが、昨年末に長門市の各漁協支店で組合員への説明会がおこなわれたのに対し、萩市の漁業者に対しては事業者や漁協などからいっさい説明がおこなわれておらず、ほとんどの漁業者が計画についてまったく知らない。最近になって長門市や下関市の同業者から計画について伝え聞いた萩の漁業者の間では「なぜこんな大変なことが伏せられているのか」「死活問題だ」と大問題になっている。
長門市沖の洋上風力発電建設計画の事業者は、山口大学の研究推進機構(宇部市)内に本社を置く「MOT総合研究所」だ。この計画の規模は風車70基、風車間の間隔は約2㌔㍍で総出力は1㌐㍗にも及ぶ。
また、設置面積は約150平方㌔㍍と広大で、同海域の水深は50~150㍍と深いため、風車の支柱を海底に設置する「着床式」ではなく、風車を海上に浮かべて、それを係留チェーンとアンカーによって海底地盤に固定する「浮体式」でおこなう。海上に浮かべる風車は高さが250㍍、ブレード(羽)の直径だけでも220㍍とかなり巨大だ。
MOT研究所は、「2026年度には着工したい」としており、完成はそれから5年後の2031年頃を目指している。同研究所は、長門市議会や地元の漁協への事業説明を開始しており、昨年11月30日には長門統括支店傘下の14支店の運営委員長及び支店長が集まる場で説明をおこなった。その後、市内の各漁協支店の組合員集会でも組合員に対して事業の説明が順次おこなわれてきた。
長門市としても「企業誘致の一環」というスタンスであり、この洋上風力発電計画については、漁協や漁業者に話が伝わるよりも先に事業者とのやりとりを開始しており、市と事業者が一体となって話を進めてきた背景があるといわれている。
そもそも長門での洋上風力計画については、昨年11月30日に地元の漁協に対して事業者が説明をおこなうよりも先に、11月中旬には萩統括支店の運営委員長に対して説明をしていた。このとき萩の運営委員長は「とても組合員に説明できるような話ではない。賛成できない」と伝えたという。洋上風力の計画海域では長門市というよりも、むしろ隣に位置する萩市の延縄や巻き網、底引き網などをおこなう漁業者の方が多い。国内最大規模の海域開発によって、長門市だけでなく、山陰地域の広範囲に及ぶ沿岸漁業者の生業に大きな打撃となる「死活問題」だ。
だが、長門市では各浜の組合員に事業についての説明がおこなわれたのに対し、萩市内の漁業者にはまったく説明されていない。ようやく最近になって下関や長門の同業者から「洋上風力の計画があるのを知っているか?」といわれて、萩市内の漁業者たちのなかで驚きが広がっている。また、今回の事業計画地は、この海域一帯では一番の好漁場であり、さまざまな漁種が入り交じって多くの漁業者が恩恵を受けている海域だ。それなのに萩市では漁業者にいっさい話が伝わっていないことについて「なぜこれほど大事な話が組合員に伏せられているのか」との声が上がっている。
計画地には良好な瀬や砂地 「水揚げの大半失う」
長門沖の洋上風力建設予定海域は、この地域では有名な好漁場だ。萩からは主に越ヶ浜や小畑、大島などから数々の漁船が昼夜を問わず集まり、アマダイの延縄漁や、カレイなどの底に居着いた魚をとる小型底引き網漁、アジ・サバなどをとる小型巻き網漁、イカ釣りなどの漁をおこなっている。
計画海域は、ちょうど本州の西側の一番角の部分で、南から北上してくる対馬海流の通り道になっている。そのため長門市川尻岬から豊北町角島にかけての海域一帯は、対馬海流本流から分かれた流れが複雑な海岸沿いの岩礁にぶつかることで潮の満ち引きや波を起こし、潮流は複雑に変化する。その結果、アジ、サバ、イワシ、マグロ等の回遊魚をはじめ、イカ、タイ、ヒラメ、イサキ、アマダイ、イトヨリなど多種多様な海の幸を育んでいる。全国各地から釣り客が訪れる有名な瀬である「汐巻」もこの海域のすぐ西側にある。
萩市の漁業者がよく通う瀬は、計画海域の東側にあたる「カキノセ」とその南側から南西方向に小さな岩礁が並んで突起し延びる「ヨコグリ」とよばれる瀬だ。それらの瀬から西側に広がる風力建設計画海域一帯の海底は、柔らかい砂地になっており、その場所は近年萩でブランド化されてきたアマダイの好漁場なのだという。
アマダイの延縄漁をしている漁師は「洋上風力を建てる場所の海底は質の良い砂地になっている。ヘドロのような砂地や、小石が多い砂利の海底はあちこちにあるが、このような柔らかい良好な砂地がまとまって広がっている環境はここ以外にない。1年のうちのほとんどの水揚げをこの風車建設予定海域で得ている。今回の洋上風力の計画図と海図を照らし合わせてみると、アマダイがもっとも多く生息し、一番よくとれる水深100~120㍍の砂地一帯が計画地に丸ごと覆われてしまっている。これほど膨大な面積を潰されては漁はできなくなり、年間にとれるアマダイのうちの5分の4の水揚げを失うことになる。私たち漁師は“死ね”といわれているようなものだ」と語る。
底引き漁をおこなう漁師は「底引き網漁にとってもこの海域は一番の好漁場だ。底引き網は海底に岩礁などがあると引っかかって網が破れてしまうが、砂地になっているこの海域は海底まで網を沈めて引くことができる。年間の水揚げのうちの3分の2はこの海域でとれている。底引きが漁獲量も多く魚種も豊富で水揚げ高も多い。小畑漁港だけでも六隻の底引き漁船があるが、ここで漁ができなくなるとほとんど水揚げを失うことになる。一番の好漁場を根こそぎ洋上風力のために刈りとられてしまうということは、漁師だけでなく、山陰地域全体の損失だ。漁船に乗る家族や、漁網会社、市場、製氷、運送すべての業者にとっても大打撃だ。“漁師の水揚げが減る”という問題では収まらないし、補償金のような目先のはした金では計り知れないほどの経済効果を損なうことになるということをみんながよく考えないといけない」と訴えた。
ケンサキイカを釣る「タンポ流し」や、夏の終わりから秋にかけての夜間に集魚灯を使っておこなう「夜焚き」などをおこなう漁師にとっても、この計画海域の砂地周辺が好漁場となっている。巻き網漁の漁場も計画海域の東側と干渉することになる。
ある漁師は「長崎県の五島に浮体式の洋上風力があり、“魚礁になっている”といわれている。しかし、現場で漁をしている地元の漁業者に話を聞いたことがあるが、風車に居着くようになったのは大型のシイラだけだという。浮体式なので海面に陰ができるため、パヤオ(浮魚礁)のような役割があり、たしかに回遊魚は集まりやすいそうだ。ただ、風車から200㍍は近づけないので実際にそこで漁ができず“いくら魚礁になるといっても漁にならず意味がない”と話していた。しかも長門沖の海域ではほとんどが底引きや延縄、タンポ流しのように潮の流れに仕掛けを流したり、海域を行き来して網を引く漁だ。70基もの風車の間をよけながら操業するなど、絶対に不可能だ」と語っていた。
“反対”は漁師皆の力でこそ 全体で問題共有を
現役の漁業者にとっては、この近海でもっとも良い漁場が洋上風力計画によってまるごと潰されることになる。「エコ」「環境にやさしい」といいながら、自然環境を破壊し、その地域の自然と共生してきた人々の暮らしを破壊する大規模開発は、取り返しがつかない事態を招く可能性がある。こうした問題が昨年末から浮上していながら、なぜ現場で操業している萩の漁業者には伝わってこなかったのか。
昨年11月末、長門市の漁業者に事業についての説明がおこなわれたさい、漁協関係者や漁業者の間では「この洋上風力計画で一番被害を受けるのは萩の漁師だ」といわれていた。そしてそれより前の11月中旬には、事業者が県漁協はぎ統括支店(萩市越ヶ浜・長岡利憲運営委員長)を訪れ、運営委員長と支店長に対し、計画についての説明をおこなっている。「組合員に説明する機会をもうけてほしい」という事業者に対し、「組合員への説明会を開催できるような、検討の余地のある事業ではない」「とても受け入れられる計画ではない」と反対の意志を伝えたとされている。
こうしたやりとりは漁協内部だけでおこなわれたもので、結果的に地元の組合員には何も伝えられていなかった。
萩市内の漁業者は「これだけ漁場に害がある巨大な事業は当然反対だ。組合が反対だと事業者に伝えたのは良いとして、なぜこの問題がそこでストップするのかは少し疑問だ。本当なら“大変だ”となり、情報を全体で共有して組合員みんなの力で跳ね返さないといけないのではないか。それが、“組合組織”というものだ。特定の人物の意見だけで計画が止められるのなら協同組合である意味がないと思う。何も知らされないまま調査や計画だけが進んでいたらと思うと恐ろしい。数年前から安岡沖で前田建設による洋上風力計画が出て、漁師や地元が反対していたことは知っていたが、正直自分にとっては他人事だと思っていた。まさか、自分の生活に直結する漁場にこれほどの計画が来るとは考えてもいなかったが、地元の海を守らなければ、自分の家族、関連業者などみんなの生活が損なわれる。地元の漁師として何かしないといけないとは思うが、どうしたらいいかわからない。まずはできる限り知り合いの漁師や地域の人たちにこの計画のことを知らせて、みんなで反対していきたい」と話していた。