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『富士山噴火と南海トラフ』 著・鎌田浩毅

 大量の軽石が沖縄周辺に押し寄せて、漁業や海運業に大きな被害が出ている。原因は沖縄から1000㌔東に位置する小笠原諸島の海底火山、福徳岡ノ場の大噴火である。この噴火で100年に一度といわれる大量のマグマが噴出してそれが軽石になったわけだが、その量は数億㌧、富士山の宝永噴火(1707年)に匹敵すると評価する研究者もいる。


 さて、問題は富士山である。富士山は約10万年前から現在まで、数百年おきに大きな噴火をくり返してきたが、宝永噴火から300年間は沈黙を保っている(つまりかなりの量のマグマをためこんでいる)。しかし東日本大震災で状況が一変し、富士山はいつ噴火してもおかしくないスタンバイ状態にあること、しかも危険性が指摘されている南海トラフ巨大地震と連動する恐れすらあることを指摘するのが本書だ。


 著者は京都大学大学院教授で、日本火山学会理事、日本地質学会火山部会長などを歴任してきた。本書では豊富な図表を使い、火山とは、噴火とはなにかから始めて、初心者にもわかりやすく解説している。

 

震災後マグマの動き活発化

 

 まず、富士山の噴火についてだが、マグニチュード9・1の東日本大震災が起こった後の日本列島では火山活動が活発化し始めた。これは地盤にかかっている力が変化した結果、マグマの動きが活発化したからだと考えられている。


 3・11の日が資本大震災直後から、浅間山、草津白根山、箱根山、阿蘇山など20個ほどの活火山の地下では、小規模の地震が急増した。2014年に御嶽山の噴火で60人以上が犠牲になったのも記憶に新しい。


 富士山でも、3・11の4日後に震度六強の直下型地震が発生した。富士山の地下20㌔㍍には高温のマグマだまりがある。もし地震でマグマだまりの周囲に割れ目ができれば、マグマに含まれる水分が水蒸気となって沸騰し、体積が一気に1000倍に増えて噴火となる。宝永噴火はそのようにして起こったと考えられている。幸いこのときはそうならなかったが、今もいつ噴火してもおかしくない状態だと専門家は見ている。そして、こうした深部で起きる現象を調査するすべが、最先端の火山学にもないという。


 江戸時代の宝永噴火のさいには、噴火は16日間も断続的に続き、火山灰や軽石が大量に噴出し、偏西風に乗って江戸から房総半島まで広く降り積もって大きな被害を出した。火山灰は横浜で10㌢、江戸で5㌢の厚さになったと推定されている。


 もし今、富士山が噴火したらどうなるか? 著者はシミュレーションを提示している。それによると、まず火山灰を人間が肺の中にとり込むと、呼吸困難や肺気腫を起こす。道路に降った火山灰は下水道の配管を詰まらせるし、田畑の作物の上に積もると、光合成を妨げて農作物は壊滅状態になる。


 ハイテク化された現代社会は、火山灰に脆弱だ。航空機や船舶のエンジン吸気口から入り込んだ細かい火山灰は、燃焼ガスの噴射ノズルを塞ぎ、交通機関はマヒ。東京湾の火力発電所群のガスタービンに火山灰が入り込むと、発電設備が損傷する恐れがあり、雨に濡れた火山灰が電線に付着すると、碍子から漏電して停電になる可能性がある。とくに電子機器やコンピューターの吸気口から吸い込まれると誤作動を引き起こし、通信、運輸、金融をはじめ、電力、ガス、水道などのライフラインに甚大な影響を与える。被害は日本中から世界に広がりかねない。


 もう一つの問題は、富士山の噴火と南海トラフ巨大地震が連動する可能性である。東海地震・東南海地震・南海地震の3つが同時発生する「南海トラフ巨大地震」が、今後30年以内に高い確率で起こると指摘されている。


 それは東日本大震災と同じ、プレートの沈み込み運動に起因する海溝型地震だ。


 1707年の宝永地震も、3つの地震が連動したマグニチュード9クラスの巨大地震だった。それはフィリピン海プレートが沈み込む南海トラフや相模トラフで起き、それからわずか49日後に富士山の宝永噴火が起きている。室町時代の1435年に起きた富士山の噴火も、同じく相模トラフ沿いの巨大地震に誘発されたものだった。


 南海トラフ巨大地震について、内閣府の被害想定を見ると、海岸を襲う津波の最大波高は34㍍で、しかももっとも速いところでは2、3分後に海岸に到達する(東日本大震災では40分後)。九州から関東までの広大な範囲に震度6以上の大揺れをもたらし、それは経済や産業の中心・太平洋ベルト地帯を直撃する。被害総額は220兆円をこえる。


 これに対して土木学会は、20年間で被害総額1410兆円という試算を出している。いずれにしろ想像を絶する甚大な被害だ。これに富士山の噴火が加わればどうなるか?


 この事態を鑑みれば、原発再稼働など論外であり、すべての原発をストップさせること、危険なリニア新幹線計画は中止すること、また大都市一極集中を改めて、地方の第一次産業や地場産業を振興する国づくりへ舵を切ることが待ったなしである。


 著者は本書の後半で、地震国、火山国日本にとって、災害と表裏一体であるその恩恵の面   各地にある温泉や地熱発電の可能性、豊かな湧き水と豊富な農作物――などにも目を向けている。
        

(講談社発行、新書判・270㌻、1000円+税)

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