山口県下関市の日本海側に面した北浦沿岸部の地域では、古くから水産業を基幹産業として各地の漁港を中心に集落が形成され、人々の暮らしが営まれてきた。しかしこの数年、漁業者の高齢化や減少が進み水揚げ量が減少している。そして漁業の衰退が北浦沿岸地域全体の人口減少や地域コミュニティの縮小へと繋がり、人々の暮らしにも影響してきた。こうしたなか、漁業現場ではコロナ禍で魚価が下落し、北浦沿岸全体で疲弊感がいっそう強まっている。なぜ、「漁師一本では生活していけなくなった」といわれるほどの状況になっているのか。2005年の県一漁協合併も経ながら、この20年来北浦沿岸や山口県内全体の漁業がどのように変化してきたのかについて、統計資料や現場の漁師の声をもとに取材した。
下関市豊浦町、豊北町の沿岸には、14の漁港が南北に連なっている。もともとはすべて単独の漁協だったが、2005年の県一漁協合併を機に角島漁協と黒井漁協を除く12漁協が「豊浦統括支店」に統合され、山口県漁協の支店となった。
漁協合併した2005年から2019年にかけての北浦沿岸の各漁協における漁業就業者数の変遷を見てみると、すべての支店でその数が大きく減少している。漁業就業者とは「過去1年間に30日以上漁業の海上作業に従事した満15歳以上の者」が対象で、豊浦町、豊北町の漁業従事者は2005年時点で合計1429人いたが、2019年には570人まで減少している【図①】。14年間で実に漁業者の約60%が現場から退いており、そこには「漁師一本では食えない」「家族を養えない」「年金なしではやっていけない」などと語られるように、漁業だけで生活していくことが困難な実情があるようだ。
この約20年間で大きく変わったことが、経費の高騰だ。豊北町角島のある漁師は「20年前は軽油が1㍑当り40円台だった。もっとも安い時で37円ということもあった。しかし今は90円台にまで値上がりしている。燃料代だけを考えても経費は当時よりも倍増している」と指摘する。燃料が高いため、船を走らせればそれだけ経費もかかる。漁で使用する燃料にかかる経費と、とれなかったときのリスクや魚価などを天秤にかけると、ほとんど収益にならないため、沖まで出て漁場を探すのではなく「損益を出すくらいならやめておこう」と意欲を削がれる悪循環にも繋がっているという。
必要経費の大部分を燃料代が占めているが、他にも魚の出荷には必ず発泡スチロールを使用しなければならないし、鮮度維持のための氷などもすべて毎回購入しなければならない。
経費の問題に加え、海そのものの環境も大きく変化している。沿岸漁業者の間では、夏場の水温が高すぎるためウニやアワビ、サザエなどのエサになるカジメ等の海藻類が立たなくなり、魚の稚魚などの隠れ家になる藻場が減っていることが問題になっている。その他にも、今年はとくにウニの身入りが悪く、とって殻を開けてみると身がどろどろに溶けているといった状態が響灘全体で起きている。
地元漁師の間では「夏場の長雨によって淡水が大量に海底にたまった影響だ」ともいわれている。
その他にも、3年前頃には全国的なイカの不漁によって豊北町の特牛市場では水揚げ量が大幅に減少した。市場の売上が減ったことも大きな打撃だが、それ以上に山陰の海で漁をおこない特牛市場に水揚げをおこなってきた県外のイカ釣り漁船の経営がなりたたなくなり、この数年で廃業が増えていることが大きな痛手となっている。また、豊北町で長年定置網漁をおこなってきた水産会社が、今年の9月に網を引き上げて事業を止めている。
北浦沿岸における海の環境の変化について、実情に基づいて正式な調査や研究によって解明された情報は少ない。自然の環境は変化するものだが、すべての漁業者がその変化によってもたらされる漁業への影響は「良い方向ではない」と実感を抱いている。
スーパー乱出店の影響
経費負担が増し、水揚げ量も芳しくないなかで、魚の値段は低い。角島の漁師は「今は水揚げした魚を冷蔵トラックや水槽付きの活魚車で出荷しているため、昔に比べて魚の鮮度ははるかによくなっている。しかし単価はそれほど変わらない」と語る。
また、大手スーパーの乱出店など流通形態が変化したことによって、沿岸漁業の現場をとりまく環境も大きく変化してきた。漁業者や市場関係者、仲買人などの間では、2000年の大店法廃止・大店立地法の施行が大きなきっかけとなったと指摘する声もある。
かつては大店法によって大規模小売業の出店が規制され、中小小売業の保護・育成がおこなわれてきたが、これを廃止したことで大型チェーンやスーパーなどが急増した。スーパーを経営する県外大手は県外にある自社提携先から独自のルートで決められた量・金額で仕入れをおこなうケースが多い。しかし北浦沿岸で営まれている漁業は主に個人漁師による釣りや網であるため、大規模な養殖業などと違って天候や季節によって水揚げ量や価値が変化しやすい。そのような条件は大手スーパーにとっては「不安定」な商材とみなされ仕入れの対象になりにくく、次第に地元でとれた魚が地元で流通しない構造が拡大してきた。
大手販売業が幅をきかせるようになると同時に地元の仲買業者、加工業者の規模も縮小していき、市場の競りでは買い手の競争力が減退して魚価の低迷にも影響している。
こうした状況が長年続いてきたなかで、一昨年から新型コロナウイルスの影響で魚価がさらに下がり、厳しさは増している。
豊北町にある特牛市場ではこの時期、棒受け網漁でとれる「ウルメイワシ」の水揚げがおこなわれている。夜中から早朝にかけてとったイワシを朝市場に水揚げしに漁船が漁港に並ぶ。本来なら一箱3000~4000円するものが、今は1200円ほどまで値下がりしているという。
ある漁業者は「ウルメイワシは主に“めざし”に加工して販売されるが、山口県内ではこの市場の水揚げ量をまかなえるほどの加工業者がなくなってしまった。どんどん加工業者は減っている。今は大分県から2社、鹿児島県から1社が市場まで仕入れに来ているのだが、もしも仕入れてくれる加工業者がいなくなれば、私たち漁師がいくら頑張って水揚げしても魚は売れなくなる」と危惧していた。先日、特牛市場ではイワシが大量に水揚げされたはいいが、市場に仕入れに来ている業者が一社しかいなかったため、供給過多になり、まったく値が付かなかったこともあったという。
ベテラン漁師は「スーパーの店頭価格が基準になり、そこから店舗のもうけや運送費など中間業者のマージンを差し引いた額が市場の競り値になる。漁師が漁業で生活していける最低ラインの魚価の確保ができなくなっており、今の流通の仕組みのなかでは一次産業は浮かばれない。さらにコロナの影響でもっと値が下がる。漁師自身が思っている値段で売れず、経費などと差し引きして手元に入る収益は少ない。こんなに悲しいことはない」と話していた。
並行して地域も衰退
北浦沿岸全体で年々漁業者の減少・高齢化が進んで水揚げや売上金額も減少し、漁協運営も厳しくなっている。
こうしたなかで豊浦統括支店は昨年11月に突然、各漁協支店に所属する漁業者に対し、一人当り3万5000円の「運営協力金」の支払いを求めた。豊浦統括支店では、特牛市場で「県外イカ」の水揚げが不調に陥るなどした影響から、平成29・30年度、令和元年度は3期連続で赤字を計上。協力金支払いの理由について漁業者に対しては「本店(山口県漁協)から3期連続の赤字は許さないといわれている」などと説明がおこなわれた。県一漁協合併以後、県下では赤字補填のために漁業者から協力金を徴収している支店もあるが、豊浦統括支店では昨年が初めてのことであり、反発も大きかった。
同じ北浦沿岸部の長門統括支店傘下の漁協でも、昨年に引き続き、今年も組合員一人当り6万5000円の協力金支払いが求められ、各支店で説明がおこなわれた。
組合員が減少するなかで、漁協の三つの柱である「信用」「共済」「購買」事業が成り立たなくなっており、豊浦統括支店に所属する各支店では信用部門を「曜日営業」にしたりと規模縮小も進められている。
これまで北浦沿岸の地域では、多くの住民が基幹産業である漁業に家族ぐるみで従事し、商店や学校が地域コミュニティの核となって小さな集落ごとに地域の暮らしが形成されてきた。しかし漁業就業者の減少と並行して地域人口も急速に減少している。豊北町内にはもともと小学校が8校あったが、2015年3月に田耕小、二見小が閉校。2019年3月には神玉小、神田小が閉校。2020年3月に阿川小、粟野小、滝部小、角島小とすべての小学校が閉校し、現在は滝部小校舎に開校した豊北小1校のみとなっている。また中学校も2006年に町内4校が閉校し、豊北中1校のみとなっている。
そして町内にあったスーパーも2016年4月いっぱいで丸和滝部店と特牛店が同時に閉店し、現在は滝部にある「サンマート」一店のみとなっている。
長年豊北町内に暮らす元漁師は「漁船の設備も今は魚群探知機やGPSなど便利なものが増えた。陸の生活も同じようにどの家庭にも車があり、インターネットなども普及して一見便利な暮らしになった。だが、豊北町内ではだんだんと水揚げが減り、漁業者が減り、子どもが減り、学校が減り、商店が減り、挙げ句の果てには町内のスーパーは一軒だけになった。地域の暮らしは昔の方がはるかに便利だった。小さな店があちこちにあり、買い物は集落内で済ませられたし、学校も病院もすぐ近くにあった。今では私のような年寄りは車がなければ買い物にも行けず、生活に困る。海から陸への贈りものが少なくなって漁業が衰退すれば、陸の人々の暮らしや地域全体が寂れていく」と話していた。
県内漁師 高齢化率58%
ここまで、下関市豊浦・豊北町の沿岸漁業地域の現状について見てきたが、水産業界の厳しさや漁業者の減少の問題は、山口県内全体でも共通している。それは、農林水産省が5年に一度おこなっている基幹統計調査「漁業センサス」の調査結果にもあらわれている。現時点で最新の漁業センサス調査結果は2018年版となっている。これをもとに山口県が漁業経営体についてまとめた「山口県・漁業経営体調査」のなかでは、山口県の漁業就業者が全国的に見ても高齢化しており、5年間での減少率も全国平均を大きく上回っている。
2018年の山口県内の漁業就業者数は3923人で、前回2013年調査の5106人と比べて5年間で1183人(23・2%)減少した【図②】。5年間での減少率の全国平均が16・0%であったことを見ても、山口県内の漁業就業者減少のペースが突出していることがわかる。また、漁業就業者の減少について過去20年間の調査から見てみると、1998年調査時点での県内漁業従事者数は9800人だったが、2018年時点では3923人となっており、県内の漁業従事者は20年間で実に60%も減少していた。また、漁業就業者に占める65歳以上の割合は2018年時点で58・6%で、全国2番目に高かった。全国平均の38・3%と比較しても山口県内の高齢化は突出している。
ある漁協関係者にこの調査結果について聞いてみると「県内の漁業者の高齢化率が高いというのは、“高齢漁師が頑張っている”と見うけられるかもしれないが、それだけでなく漁業現場から退く人が多いことについてよく考えなければならない。とくに若い世代が漁師一本で生活できないことが重大な問題だ。県一漁協合併以後、県内あちこちの漁協で毎年のように組合員に協力金の支払いが求められるようになった。“魚をとるためにはみずからお金を出して漁をするしかない”という条件が、全世代の漁業者にとって意欲の減退を促し“漁師をやめる理由”の一因になっているのではないか」と話していた。
山口県では2005年の県一漁協合併以後、県内の各漁協がブロックごとに分けられ、10の統括支店(岩柳大島統括支店、光熊毛統括支店、周南統括支店、吉佐統括支店、宇部統括支店、本山以西統括支店、下関外海統括支店、豊浦統括支店、長門統括支店、はぎ統括支店)傘下の「支店」となった。
前出の豊浦統括支店や、長門統括支店だけでなく、県内の他の統括支店傘下でも赤字補填のための協力金が要請されている組合がある。統括支店傘下にある複数の支店のうち、黒字経営の支店があったとしても、その他に赤字の支店があり統括支店全体で赤字だった場合は、連帯責任のような形ですべての支店の組合員に均等に協力金の負担が要請される。そのため「うちは単独の漁協なら黒字なのに……」と不満の声が上がっているのも事実だ。そして「赤字のときには漁師が負担を被り、黒字のときには県漁協本店に吸いとられる」という意見があちこちの浜で共通して語られている。
ちなみに、山口県内では農協も2019年4月に一県一農協となっている。そして、漁業者と同じく農業者の高齢化も全国平均を大きく上回っている。2020年農林業センサスによると、県内の農業従事者の数は1万6613人であり、前回から5年間で7276人(30・5%)減少していた。そして65歳以上の高齢者は農業従事者全体の84・9%を占めている。平均年齢は72・3歳で広島県と並んで全国でもっとも高く、全国平均の67・8歳と比較しても高齢化は深刻なものとなっている。
山口県内では、一次産業の現場から急速に担い手が減少している。これに比例するように人口減少も進んでおり、下関市を例に見ても人口減少数は全国八位だ。一次産業の衰退は、業界に携わる市場や卸、運送、加工、販売、飲食業など、地域の幅広い裾野産業にとっても大きな打撃であり、地域全体の衰退にも影響している。県内の一次産業従事者の減少・高齢化は全国的に見ても突出しており、さらなる衰退を危惧する声が現場で日に日に強まっている。