ベトナム戦争末期のサイゴン陥落を想起させるような米軍の撤退で、20年続いたアメリカのアフガニスタン戦争は終わりを告げた。しかしアメリカの戦争によって10万人以上の一般市民が犠牲になったといわれ、すでに40年以上も戦争が続いているアフガニスタンの復興には大きな困難がともなうことは想像に難くない。さらにアフガンは22の民族が生活する多民族国家だが、タリバン(パシュトゥン人)政権を打倒したアメリカはタジク人を重用し、タジク人、ウズベク人、ハザラ人からなる北部同盟の戦闘を支援したため、この分断支配も深い爪痕を残している。
本書は米軍撤退前の今年4月に出版された。幾度もアフガン現地を訪れ、2019年に亡くなった中村哲医師と親交のあった著者(現代イスラム研究センター理事長)が、小学校高学年以上を対象に、中村医師の生き方を伝えようとするものだ。
中村医師は、食料不足のうえに不衛生な水を飲み、赤痢などの感染症にかかってアフガン人が次々と死んでいることを見るに見かね、井戸を掘り用水路を敷設して命の水を送った。そこには一般市民のうえに爆弾の雨を降らせるのとは対極の生き方がある。
人々が農業で自立する為に
人口3500万人のアフガニスタンは、国民の九割が農業に従事する農業国だ。アメリカの対テロ戦争が始まる直前には同国を大干ばつが襲い、100万人が餓死寸前にあるといわれていた。
アメリカがタリバンを攻撃する可能性が高まっていた2001年9月末、首都カブールには干ばつのために農業ができなくなった人が大勢移住してきていた。中村医師とペシャワール会は食料緊急支援のための寄付を募り、日本国内で六億円が集まった。米軍の空爆のさなか、アフガン人職員の勇気ある奮闘で、15万人が冬をこせるだけの食べ物を得たという。
そして、アフガニスタンを安定させるのに何より必要なのは食料と水だとし、そのために農業生産をあげることを中村医師は提唱した。このとき始めたのが、砂漠を緑化して農地に変えるという事業だった。
干ばつに襲われているとはいえ、標高7000㍍級の積雪の多い山々があるかぎり、河川の水が枯れることはないはずだ。2003年に用水路の建設に着手し、2010年にはクナール川からガンベリ砂漠に至る25㌔㍍の用水路を完成させた。この用水路によって稲、麦、野菜、果物が収穫され、魚が用水路を泳ぐようになった。
このクナール川から水をとり入れる取水口は福岡県の筑後川中流にある山田堰の土木工法を応用したものだったこと、用水路の堤防を築く護岸工事には蛇籠という日本の伝統的方法をとり入れたことはよく知られている。注目すべきは、この土木工事にアフガニスタンの多くの人たち――政府軍の元兵士やタリバンの元兵士たちが銃を捨てて、また戦争を逃れて難民になった人たちも――が雇用されたことだ。同国では失業率が40%をこえ、元兵士たちは職がなければ戦争に戻ってしまう。そして用水路は、彼らが農業によって自立した生活が送れるよう支援するものになっていった。
先進国の復興支援といえば、ゼネコンや大企業が乗り込んで収奪し、その国の自立ではなく従属に追いやるのが常套手段だ。ところが中村医師がやったことは、現地の農民たちがみずからの手で水の管理や農地の拡大、農業技術の向上をはかることを手助けする(そのためにトレーニングセンターや学校もつくった)ことであり、それを今後幾世代にわたって現地で生き続ける力にすることだった。それによって、難民がどうすればふるさとの日常をとり戻すことができるかを示したといえる。
本書から、「アフガニスタンの伝統を尊重しながら、現地の人に溶け込んで支援をしていく」「実際に人々の間で生活し、彼らの感情を知り、苦楽をともにし、彼らの文化や伝統に敬意を持つこと」という中村医師の姿勢に学ぶことができる。
また彼は、アメリカの「遅れた宗教や文化を“民主主義”で是正してやるという思い上がり」を厳しく批判していた。タリバンの政府になろうがなるまいが、それはアフガニスタンの人々自身が決めることなのだ。
日本の青少年と共に考える
著者は、アフガニスタンの人々が、広島、長崎の原爆投下に強い同情を示し、そこから復興した日本に尊敬の念を抱いているという。それは、イスラム教徒が互いに兄弟や家族のような同胞意識が強いことに加え、イギリスやロシア(ソ連)、アメリカの軍事侵攻とたたかってきた彼ら自身の歴史的経験からくるものに違いない。したがって日本がアメリカに従って軍隊を派遣すれば、長年の信頼関係は崩壊することになる。
また、アメリカでは戦争を欲する軍産複合体が政治や経済で大きな力を持ち、国家予算の5割以上が注がれる軍事費を食い物にしている構図がある。だがそのために医療や福祉は切り捨てられ、コロナ感染者も死者も世界第1位であり、それも黒人やヒスパニックなどの貧困層に集中している。
戦争や空爆によって平和を実現することはできない。それは人々の憎しみを駆り立て、侵略者の没落を早めるだけだ。本書は青少年に、平和のためになにができるかを考えるうえで重要な問題を提起している。
(平凡社発行、四六判・174ページ、1400円+税)