下関市の安岡(横野)沖洋上風力発電建設反対の会は8月7日、昨年8月からコロナ感染防止のために中止していた街頭活動を再開した。集まった住民に対し、反対の会の新井萬会長が前田建設工業への申し入れの結果を報告。前田建設側から「建設計画は凍結」「今後の計画はない」との回答を得たとのべた。8年前の2013年4月の住民説明会でこの計画が明らかになって以来、安岡地区の住民たちは反対署名を10万筆以上集め、下関駅前での1000人デモ行進をはじめとして大規模デモを7回おこない、夏の暑い日も冬の寒い日も毎月1回街頭に立って風力反対を訴え続け、地元の漁師たちも補償金受けとり拒否を貫いてきたが、ついに前田建設工業の洋上風力計画は建設のめどがなくなったことが明らかになった。「前田建設は早急に白紙撤回を表明し、下関から撤退せよ」との声が高まっている。
安岡地区の住民は7日、午前中は下関市役所そばの唐戸公園で、午後は安岡・横野地区で街頭活動をおこなった。集まった住民を前に新井会長は、先月28日に役員4人で下関市東大和町にある前田建設工業山口営業所に出向き、計画の白紙撤回を申し入れたこと、そのさい同営業所の三輪亨氏から次のような返答があったと報告した。
・安岡沖洋上風力発電建設計画は凍結状態にある。
・東大和町の下関プロジェクト準備室は山口営業所に名称変更し、風力以外の仕事をやっている。
・安岡の事務所(職員宿舎)は撤退した。
・今後の計画も今のところない。
新井会長は「みなさん方のこれまでの活動が報われた。以上の回答を得たことから、われわれの街頭活動は本日をもって休止とする。しかし、完全に撤退したわけではない。前田建設の今後の情況によっては直ぐに活動を再開する。2014年以来今日までの5年以上にわたる街頭活動へのご参加、本当にありがとうございました」とのべた。
昨年10月に同会が申し入れをしたさいには、前田建設工業側は「中止という選択肢はない」「再生可能エネルギーの活用促進に向けての国の動向を注視する」といっていた。
これについて申し入れに参加した別の役員は、「固定価格買取制度が入札制に変わったことが大きかったと前田建設がいっていた。買取価格が引き下げられ、現在の数百億円規模の事業では利益が少なく、1基300㍍、つまり1万㌔㍗前後の風車を数十基建てるような数千億円規模の計画でなければもうからない。しかも県条例の許可基準の改正で、国の促進区域に指定されなければ着工は困難であり、そのリスクも負いたくないということだろう。彼らはもうけのためだ。われわれは裁判には負けたが、みんなが最後まであきらめなかったから勝つことができた」とのべた。
報告を聞いた住民たちは、「東京の大企業のもうけのために生活の場が壊されることを許してはならない、子や孫のために風力発電を建てさせないという思いで、みんなで気持ちを一つにして頑張ってきて本当によかった」「横断幕を車で通る人が見てくれ、その人たちが応援してくれて、声が市や県や国に届いたと思う」「同じ地域に住んでいても、お互いよく知らない者同士が、暑い日も寒い日も結束して行動することで親しくなれた。行動がなくなるのは寂しいが、この力は今後もなにかあったときに必ず発揮されるだろう」などと、万感の思いを込めて語り合っている。
ある住民は、「ここまで建設のメドがないことがはっきりしたのだから、前田建設はきっぱりと撤退を表明すべきだ。それが社会的責任のある企業の態度というものだ」とのべている。
皆の力で乗越えた8年
下関市安岡沖に、経産省がお墨付きを与えた洋上風力発電建設計画が持ち上がってからの8年間は、住民たちにとってさまざまな困難に直面し、それをみんなの力で乗りこえてきた日々だった。
準ゼネコンの前田建設工業(東京)が安岡沖1・5㌔の海上に3000㌔㍗の風車を20基建てる計画(その後4000㌔㍗×15基、5000㌔㍗×12基に変更)を知ると、住民たちは2013年10月、安岡沖洋上風力発電建設に反対する会を結成。風力発電の低周波音は頭痛、吐き気、めまい、睡眠障害などの健康被害を引き起こし、引っ越す以外に解決策はないこと、漁場を破壊し漁民の生活を奪うことなどを訴えて建設反対の署名運動を広げていった。
住民たちは2014年2月に、3万2000筆の署名とともに、市長と市議会に風力発電事業に反対する請願を提出。市議会は全会一致でこれを採択した。
ところがその直後、計画の対象地域である安岡自治会連合会(5300世帯)が、風力発電の賛否を問う住民アンケートを実施し大多数が反対だったにもかかわらず、その結果を公表しないことがわかって住民たちが問題にし始めた。自治会連合会の会議では、「住民の総意を尊重せよ」の意見は退けられ、改めて31自治会の自治会長に賛否の判断とその理由を提出させることを決めた。住民全体の意志が尊重される自治会運営を求める声が高まるなか、29自治会が反対を表明し、連合自治会としても風力反対を決議し、8月、市長と前田建設工業に申し入れをおこなった。この時期、下関市や地元安岡の商工会、医師会、宅建協会、漁業者などの建設反対の陳情があいついだ。
一方、この年の8月には前田建設工業が、地元自治会が環境アセスの実施を拒否しているのに、闇夜にまぎれて調査を実施。住民たち数十人が集まって夜中の2時まで抗議し、前田建設が測定機器をすべて撤去するということが起こった。9月には再び前田建設が環境アセスを強行し、住民たちが抗議したが聞かないので、測定機器を返しに行く行動となった。
すると2015年4月、前田建設の刑事告訴を受けて、山口県警が突然、早朝に住民四人の家宅捜索をおこない尋問をくり返した。そして前田建設が4人の住民に対して「測定機器を壊した」という理由でスラップ訴訟を開始。数年がかりで最高裁まで進んだが、2019年には裁判所が、誰がどのようにして機械を壊したかのまともな立証がないまま、4人の住民に1500万円の損害賠償の支払いを求める判決を下した。
しかし住民たちは、環境アセス強行の直後、2014年9月におこなわれた下関駅前でのデモ行進には1000人が参加し、「風力反対」の住民の総意を駅前に轟かせた。計画地に近い横野町では、このデモ行進に先駆けて横野の会を結成してデモ行進に合流し、翌月からは毎月第1土曜日を街頭活動の日とし、夏の暑い日も冬の寒い日も5年以上にわたって活動を続けた。
2019年6月に1500万円の損害賠償支払いの裁判結果が伝えられると、反対する会には「4人は地域のために頑張ってきたのだから、4人だけに背負わせるわけにはいかない」とカンパを持ってくる住民があいつぎ、その額は1カ月で837万円にのぼった。同じ6月に開かれた前田建設の住民説明会には、住民350人が詰めかけて会場に入りきれず廊下や階段にあふれ、「このような裁判のやり方なら、永遠にあなた方と握手できない」との意見が圧倒した。
この時期、安岡地区では休日を親子連れで楽しめる「安岡マルシェ」がとりくまれ、たくさんの食べ物屋やイベントに1500人前後の人出があり賑わったが、そのなかの少なくない店が売上を裁判費用にカンパしている。楽しみながら地域コミュニティのみんなの力で乗りこえるとりくみとして支持が広がった。
漁師は補償金拒否貫く
他方、計画予定海域に漁業権を持つ山口県漁協ひびき支店の漁師たちにも、その生活の糧を奪う攻撃がやられたが、漁師たちはそれに屈しなかった。
2014年9月、ひびき支店の漁師たちは正組合員の九割以上の署名・捺印を持って、市長に風力反対を表明するよう求める陳情をおこなった。直後から、山口県漁協副組合長で下関外海漁業共励会会長の廣田氏が賛成に転じるよう圧力を強め、これに従わないからといって翌2015年には安岡の漁師たちが長年おこなってきた安岡沖のアマ漁を「違法操業」であり禁止すると通知してきた。
しかしひびき支店の漁師たちは、2015年の総会で、正組合員40人中36人の出席の下、2013年7月の総会での風力同意決議を撤回し、風力発電建設と海の調査・ボーリング調査に反対する決議を全員の書面同意で決定した。漁師たちは「補償金がほしいわけじゃない。漁をして生活を成り立たせたいだけだ。生活の糧を奪うな!」といっている。
陸の住民たちに1500万円の損害賠償が突きつけられた2019年夏には、同時にひびき支店の全組合員にも前田建設から「ボーリング調査をおこなうので、妨害すれば数千万円の損害賠償と刑事告訴などの対応をとる」との警告書が送りつけられた。だが、ひびき支店の漁師たちは、漁業の操業妨害にあたるとして漁船を出して抗議行動をおこなった。「1人900万円で賛成に回れ」との個別の籠絡も、組合員が結束してはねのけ、現在まで補償金受けとり拒否を貫いている。
こうして地元住民の風力反対の揺るがぬ意志が明らかになるなか、昨年9月、山口県は一般海域の利用に関する条例の占用許可基準を改正し、民間事業者が山口県の一般海域で風力発電を建設しようとしても、国が促進区域に指定しない限り、建設のための海の占用は許可しないとした。
住民たちは4つの裁判ではすべて負け、環境アセスも工事着工の評価書提出直前まできていたが、下関市と安岡地区の住民の8年間にわたる粘り強いたたかいが前田建設工業の洋上風力計画を頓挫に追い込んでいる。