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高まる「ため池災害」のリスク 山口県内は111の危険箇所 農家の減少と重い改修費の負担

 全国各地に「農業用ため池」は約16万カ所ある。主に農業用水を確保するという役割がある一方で、降雨時には雨水を一時的に貯める洪水調整や土砂流出の防止、生物の生息・生育場所の保全などの役割も果たしており、古くは江戸時代から多面的な機能を発揮してきた。しかし近年、年月の経過とともにため池が老朽化する一方で、管理者である農業者の減少が著しく進み、施設の維持管理が十分でないケースが増えている。毎年のように豪雨災害が起きているなかで、ため池の決壊による被害も出ており、「ため池災害」の発生リスクも高まっている。あまり一般的になじみのない「ため池」とはどのようなものなのか、なぜ危険度が増しているのか、ため池災害を防ぐためにどのようなとりくみがおこなわれているのか、山口県内の現場でかかわる人々に実情を聞いた。

 

 近年、防災の観点から農業用ため池が注目され、行政による重点的な管理がおこなわれるようになった。この一連の動きは全国各地でため池の決壊による被害が増えていることが大きな要因となっている。2009年から2018年までの間に国内では395カ所でため池が決壊。下関市内でも2010年の豪雨により豊田町でため池が決壊した。山口県内では直近で2015年7月の豪雨で萩市と阿武町のため池計3カ所で決壊が起きている。また、広島県では2018年7月の西日本豪雨では、ため池の決壊によって死者も出た。

 

 西日本豪雨をきっかけに、国はこれまで定めていた「防災重点ため池」(仮に決壊すれば周辺に被害が出る恐れのあるため池)の選定基準を見直し、より明確な基準を持って新たに「防災重点農業用ため池」として選定し直すよう都道府県に求めた。さらに昨年10月には、防災重点農業用ため池の決壊による水害などから国民の生命や財産を守るとして、防災工事等を進めていくための「防災重点農業用ため池に係る防災工事等の推進に関する特別措置法」が施行された。これを受け、各都道府県は防災重点農業用ため池の防災工事などの推進に関する基本方針等の策定を進めてきた。

 

 山口県も今年3月に「山口県ため池防災工事等推進計画」を策定している。また、県内すべてのため池の所在やその管理者、防災重点農業用ため池や危険ため池について示した「ため池マップ」を作成・公表している。これはインターネットで見ることができる。

 

 山口県内には現在、農業用ため池が全部で7912ある。基本的にこれらのため池は用水の受益者である農業者が個人もしくは共同で維持管理をおこなっている。

 

 このうち、国の基準に基づいて県が定めた防災重点農業用ため池は1320あり、さらにこの中から県が各市町と連携して独自に「整備等の対策を要するもの」として400のため池をピックアップしている。また、早急に補強等を必要とするもので、ため池が決壊した場合、人家一戸以上または重要な公共施設に直接被害が及ぶおそれのあるため池として111の「危険ため池」を指定している。

 

 

 

なぜ危険が増すのか ため池が持つ公的機能

 

 ため池は、国内でもとくに降水量に恵まれず、大きな河川が少ない西日本に多く、とくに瀬戸内地域に集中している。山口県内にあるため池も、瀬戸内地域から北浦にかけてとくに多い。大きな河川が少ないため急傾斜地の勾配を活かした小さなため池が地域に細かく分布している。

 

 ため池の第一の役割は、水田に安定して用水を供給するために、水を貯めておくことだ。コメ農家はため池の栓を開けたり閉めたりしながら時期によって田に引く水の量を調節して利用する。

 

 また、ため池はただ農業用に水を貯めておくだけのものではない。大雨で急激に出水が増えても、ため池に余裕があればいったん貯めることができる。これを洪水調節機能というが、こうした機能が施設の老朽化によって衰えていけば、漏水や大雨時の越水や決壊のリスクが高まる。

 

 では、ため池はどのような構造になっていて、どのような機能があるのか。これは大きく三つに分けられる。

 

 ①堤体…水をせき止めるための盛り土でありため池本体。
 ②洪水吐…大雨でため池の水が増えると、水が堤体をこえる越水や堤体の決壊の危険があるため、一定以上に水位が上がらないように、あらかじめ水を溢れ出させて逃がす施設。
 ③取水施設…農業用水をとるための施設。堤体の法面に設置されている数カ所の栓を開けたり閉めたりして水量を調節する。また、ため池を空にするために底部にもうけられた底樋(そこひ)もこれに含まれる。

 

 ため池の老朽化は、主に堤体にあらわれる。堤体はため池の水位の上下や、風によって起こる波によって少しずつ削られてしまう。さらに、堤体に木などが生えてしまうとその根を伝って水の通り道ができる。この現象を「パイピング」といい、この穴が漏水を引き起こす原因となる。さらに豪雨などによって水位が上昇すると、穴にかかる圧力が増えてその穴が次第に大きくなり、決壊に繋がる恐れもある。

 

 また、洪水吐に折れた木の枝などが溜まってしまうと、大雨のときにうまく水を逃がすことができず水位が上がり続け、最終的に水が堤体をこえて、その結果堤体が水圧や水流で削られ、決壊を招く危険性もある。

 

 中山間地域の勾配地にため池が多い中四国では、ひとたび決壊が生じると下流まで被害が拡大しやすい特徴もある。

 

 こうした被害を未然に防ぎ、ため池の機能を維持するために管理をおこなうのが、ため池の用水を利用している農業者だ。定期的に堤体やその周りの草を刈ることで漏水を発見しやすくなり、ため池周辺に生えた木々が増水時に崩れて池の中に倒れ込まないよう切ったりすることも重要だという。

 

 ため池は基本的に用水の受益者が農家に限られているため、国や県、市町が管理している道路や河川などの公共物とは管理責任の所在が異なる。しかし近年、農業者の高齢化・減少が進んでいるなかで、地域によっては管理作業の継続が困難になっているケースが増えている。

 

 山口県は全国的に見ても農業者の高齢化がとくに深刻だ。2020年度版「農林業センサス」によると、山口県内の個人経営体農業従事者の数は1万6613人であり、前回から5年間で7276人(30・5%)減少していた。また、年齢階層別で見ると、65歳以上の高齢者が1万4105人と農業従事者全体の84・9%を占めていた。平均年齢は72・3歳で広島県と並んで全国でもっとも高く、全国平均の67・8歳と比較しても高齢化が進んでいる。

 

豪雨でため池が決壊し被害を受けた民家(2010年7月、下関市)

 

高齢化進む農業地域 困難さ増すため池管理

 

 今年4月に山口県が開設した「ため池サポートセンターやまぐち」関係者の男性は県内のため池管理の実情について「農業者の高齢化が進み、引退する人も増えているなかで、用水の受益者が減り、ほとんどのため池が現状の耕地面積を上回る規模になっている。高齢農家も多く、手入れができておらず草が生えすぎて漏水箇所が判別不明になっていたり、ひどい場合は立ち入ることができないものもある。私たちも管理者にため池の草木を刈るように声かけはしているが、70~80代の高齢農家には酷だなと思う部分もある」と語る。

 

 ため池を管理しているコメ農家の男性は「ため池の堤体の法面は斜面が急だ。ほとんど足場がなく、芝刈り機を担いで作業を続けるのはかなりの体力仕事になる。さらに法面の上から下までは高低差が大きいので足を滑らせると危険だ。私の地域では年に1回、共同で利用している農家で協力して草刈りをしている。小さな木や竹が生えやすく、放っておくとやっかいだ。ため池に続く道も含めて整備しなければならないので、今後も毎年続けていけるかどうかはわからない。私が知る人は、これまで2軒の農家で管理していたが、昨年1軒がやめてしまったので、一人で管理しなければならなくなった」と話していた。

 

 ため池といっても大小さまざまあり、立地条件も異なる。車道に面していて簡単にアクセスしやすいものから、山間地の農村地帯に水を供給するために、山の中の高い場所につくられているものもある。車を降りて山道を歩かなければならない場合もある。ほ場整備が進み、比較的開けた農地に比べて、山間地の狭隘な農地ほど農業者が離れやすくなっており、そのような地域ほど管理が行き届かないため池が多い傾向にあるようだ。

 

 下関市内でもとくに旧豊浦郡四町の農業地域には小さな農業用ため池が数多くある。とくに山間地域では田から少し山側に行くとすぐにため池を見つけることができる。整備の状況はため池によってさまざまで、きれいに堤体の法面の草を刈ってある所もあれば、法面に草が生い茂り、小さな木が生えていたりすぐ近くまで竹藪が迫って法面と竹藪の境界がわからないようなものもある。

 

 また、草刈りなどの整備以外にも管理は必要で、降水量が多くなる前にあらかじめため池の水位が上がらないように栓を抜いておくことも重要だ。しかし急勾配地や山間部のため池など、場所によってはこうした作業も高齢農家にとっては負担が大きい。さらに近年は線状降水帯の発生によって短時間で急激に雨量が増加する場合もある。水位が上がって危険な状態のため池には近づくことはできない。

 

 県の担当者や農家など多くの関係者が「水を張った状態のまま放置されたため池が一番危険」だと口を揃える。使わなくなったため池は堤体を切開して貯水機能をなくすことで「廃止」するのが重要だ。ため池の廃止は管理者の費用負担なしで実施できる。

 

 だが、問題は改修工事が必要なため池だ。老朽化したまま放置していると、ため池災害のリスクが高まる。改修工事には多額の費用が必要となり、規模にもよるが「億を超えることもざら」だといわれる。だが、公共の施設ではないため、管理者にも費用負担が求められる。ため池改修について山口県では、国の国庫補助事業を利用し、国、県、市町、管理者が費用を負担する。県は「管理者の費用負担2%以下」とし、その分県が負担する割合を増やすという対応をとっている。

 

 だが、改修費の負担割合が二%以下といっても、ため池の受益者が減るなかで改修費が億単位にのぼるとなると、地域によっては一軒あたりの負担が多いところで百万円をこえ、普通でも数十万円の負担が必要になるという。山間地域のため池の場合、工事のための仮設道路の敷設が必要となり費用も嵩む。ため池は老朽化しているが、こうした負担面の話を地域で折り合いをつけ、実際に改修工事の実施を決定し、国に申請するまでに二の足を踏んでいる地域も少なくないという。ため池災害のリスク増には、農業者の高齢化や減少による維持管理の問題に加え、金銭負担の問題も大きいようだ。

 

 コメ農家の男性は「ため池の利用者や地域で話し合ってみんなで意見を合わせて進めていくことが大事だが、むずかしい面もある。受益者はため池の水代を支払い、それを積み立てて何かの時には利用してきたが、年々農業者が少なくなるなかで、しっかりと積み立てができている地域は少ないのではないか。みんな“地域のために”という協同の精神でやってきたので、いざ改修するとなると協力するだろうが、みんなで意見を一致して、費用負担の合意をとって話を進めるのは簡単ではない」と語る。

 

 地域によっては田の所有者が引退し、別の農家に田を貸している場合もある。田の所有者が「お金は取らないから田を使ってくれないか」と耕作を頼んでいるケースが多く、改修費用負担をため池の水を利用している耕作者だけに求めるのはむずかしいという背景もある。地域のなかで責任の所在を明確にできない複雑な関係性もあるという。

 

 下関市内では土地改良区をはじめ、各地域の農業者の中でため池改修費用の軽減を求める声が強く、下関市に対しても要望が上がっている。

 

頻発する集中豪雨 早急な点検改修が必須

 

 山口県内の各市町や、下関市内でも地域で改修を決めて実際に工事が完了しているため池もある。使わなくなったため池の廃止も進めている。しかし老朽化が進み、改修が急がれるが、実際に話がまとまらない地域が増えていることも事実だ。近年豪雨が多発するようになっているなかで、農家の高齢化や減少が加速し、ため池災害のリスクは高まっている。

 

 こうした問題に対応するため、山口県では今年四月に「ため池サポートセンターやまぐち」を開設した。サポートセンターでは、ため池災害を未然に防ぐための管理者による適正な保全・管理をサポートするため、専門の技術者による相談対応や現地の技術指導・助言などをおこなっている。現地調査や相談などで得た情報を収集・蓄積するとともに補修や廃止、点検・管理体制づくりなど地域のとりくみを支援する。これまでため池の管理者は県や市町に直接相談していたが、より専門的な機関をもうけることで的確なアドバイスや必要に応じた点検をするなど、時間をかけて関わるというような効果に期待がかかる。

 

 また、これまで5月から6月末にかけて、県と市町、県土連、防災ボランティアの四者が危険ため池や老朽化したため池を対象にした「ため池点検パトロール」をおこなってきた。すべてを点検することは難しいため、今年は470件のパトロールをおこなったが、来年からはサポートセンターもパトロールできなかった残りのため池の点検に参加する予定だという。

 

 また、県が公開している「ため池マップ」では、どこにため池があり、どのため池が危険だと見なされているのかについて、詳しく知ることができる。また、ため池の規模や被害が及ぶ可能性がある人口や住居の数も示されており、ため池の管理者や緊急時の具体的な避難場所なども明記されている。

 

 豪雨災害が毎年のように発生するなかで、ため池の老朽化は年々進んでおり、ため池災害の発生リスクも高まっている。こうしたなか、改めて地域に潜む危険を周知し、減災のための働きかけを強めることは重要だ。また、危険ため池や「整備等の対策を要する」としてピックアップした400のため池については早急な改修等の対策が求められる。

 

 一方で、危険を強調するだけでなく、維持管理体制の整備や改修工事の費用問題等、ため池管理者や地域が抱えている問題の解決のため、県や市、サポートセンターが現場とのかかわりを積極的に強めていくことが求められている。

 

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