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新たな変異株流行し世界で死者が増加 東京五輪が招き寄せる危機――選手や国民を守れるのか

 全世界で報告された新型コロナ感染者数は累計1億8000万人をこえたが、ワクチン接種の効果もあって新規感染者数は5月以降減少に転じている。ところが感染力や毒性を増した新たな変異株が次々と出現しており、世界的な死亡率は依然として高く、死者数は1日当り1万人をこえている。これらの変異株がワクチンの効果を弱める可能性も指摘されており、感染再拡大の可能性を秘めた予断を許さない状況が続いている。だが日本では、政府や東京都、IOCなどの関係機関が、世界200カ国以上から約10万人もの人々を一堂に集める東京五輪・パラリンピックの7月23日開幕(9月5日閉幕)を既成事実として突き進んでいる。未知のウイルスが国内に持ち込まれ、五輪を契機にして広範囲に伝播させるリスクを危惧して中止を求める世論が増しているが、国民の生命や健康、逼迫する医療体制を守れるのか、選手たちは安全に競技がおこなえるのか――などの具体的な検討や対策がなされているとはいえない。世界の現状に目を向けて冷静な判断が求められている。

 

 世界保健機関(WHO)は現在までに、実証データに基づいて警戒度が高いとする「懸念される変異株(VOC)」に4種を指定している【表参照】。すでに日本国内の感染者の大半を占めているアルファ株(英国株)、2つの変異を持つベータ株(南アフリカ株)、同じく2つの変異を持ち感染力の強いガンマ株(ブラジル株)、そして現在新たな脅威として世界中に広がりつつあるデルタ株(インド株)だ。また、エビデンスが限られているが警戒すべきウイルスとして「注目される変異株(VOI)」を複数種あげている【表参照】。

 

 世界の感染状況【グラフ参照】を見ると、感染者数はピーク時よりも減少しているが再び増加している地域もみられる。死者数が高止まりしており、変異株の毒性の強さを物語っている。またアメリカ地域や東南アジア地域の感染者の割合が高く、ワクチン接種の進捗状況によっては、再び全体が増加に転じる可能性も秘めている。

 

 WHOによると、デルタ株はすでに世界80カ国以上で確認されている。欧州疾病予防管理センター(ECDC)は、今夏までにデルタ株が欧州における感染者の9割を占めるという予測を発表し、日本でも五輪開幕日までに国内感染者の7割を占めると専門家が推計している。感染力は従来株の約2倍とされ、ワクチンの効果を弱めることや、30代以下の若い世代の入院リスクを高めているとの報告が各地からあがっており、「第五波」をもたらす主要な変異ウイルスとみなされている。

 

 日本国内では、PCR検査の実施すら限定的で、変異株のゲノム検査も抜き打ちのスクリーニング検査しかおこなわれていない。海外の五輪選手団や関係者の入国後の検査(空港で実施)についても精度の低い抗原検査であり、PCR検査すらおこなわれず、未知の変異ウイルスの感染者を隔離したり、まして診断方法すらわからない各変異株の症状に応じた治療体制が充分に整えられるはずもない。五輪による「変異株パンデミック」が現実味を帯びており、それが医療体制をパンクさせることは火を見るより明らかといえる。

 

ラムダ株蔓延の南米 「コパ・アメリカ」では選手が集団感染

 

 現実に、6月13日~7月10日までブラジルで開催されているサッカーの南米選手権「コパ・アメリカ」では、選手や大会関係者のなかでクラスター(集団感染)が頻発。開幕から1週間で感染者は140人にのぼり、その数はねずみ算式に増加している。

 

 コパ・アメリカには10カ国が参加。当初、共催予定だったアルゼンチンとコロンビアがコロナ感染を理由に開催を見送り、ブラジルが代替地として手を挙げた。ブラジル政府や主催者は、大会を無観客としたうえで、選手や関係者の入国や移動前、さらに48時間ごとのPCR検査を義務づけ、行動範囲を宿泊先や練習場、試合会場に限定する「バブル方式」(東京五輪でも採用)とする措置をとることで「感染対策は万全」としてきた。

 

 ところが開幕直後から選手やスタッフの集団感染が始まり、試合会場のあるリオデジャネイロ、ブラジリア、クイアバ、ゴイアニアの4都市すべてで陽性者を出す事態となった。バブル方式は、バブル内に感染者がいれば何の意味もなさない。
 陽性者の内訳は、代表チーム選手(10チームで計260人)の42人、大会サービス提供のために雇用されたスタッフ97人、南米サッカー連盟(CONMEBOL)のスタッフ一人。ベネズエラ代表で選手八人の感染が報告され、コロンビア、ボリビア、ペルーの代表チームでも感染者が出ており、試合直前に陽性となって主要選手が出場できない状態も生まれた。

 

 選手3人、スタッフ1人の感染者を出したボリビア代表の選手は「CONMEBOLよ、見てみろ! すべてはお前らのせいだ。もし誰かが死んだらどうする? 選手の命に価値はないのか!」とSNSに怒りの投稿をした。また、元ブラジル代表選手が「もうこれはサッカーの大会ではない。一人の感染者も出さなかったチームを勝ちにすればいいのではないか」と発言したことを現地ジャーナリストが報じている。

 

 選手や関係者は、大会の感染防止対策ガイドラインで定められたバブル方式に従い、外部から隔離された状態を維持しなければならないが、選手がホテルに部外者の美容師を招き入れていたことなどが判明しており、管理が行き届かない現実も露呈した。

 

 ガンマ株が蔓延するブラジルでは、新型コロナ感染による死者は50万人をこえ、米国に次いで世界で2番目に多い。累計感染者数も1800万人を超過し、米国、インドに次ぐ世界三位。現地では「大会が感染イベントになった」との批判が噴き上がり、同国開催を後押ししたボルソナロ大統領の支持率は任期中で最低の24%にまで急落した。

 

 さらに南米では、昨年8月にペルーで新たに確認された「ラムダ株」が猛威を振るっている。ラムダ株は現在までに日本国内では検出されていないが、チリやペルー、エクアドル、アルゼンチンなど南米を中心に29カ国で感染が確認されており、米国やドイツ、スペイン、イスラエルなどでも感染者数が増加している変異ウイルスだ。十分な疫学的分析はおこなわれていないものの、WHOは、感染力が高く、中和抗体に対する耐性を持つ可能性があると指摘し、「注目される変異株(VOI)」に指定して注意を喚起している。ニューヨーク大学の多田卓哉博士研究員は、ラムダ株にはこれまでにない新たな変異が細胞との接続部分に見られ、既存のワクチンの有効性が3~5倍程度下がるという可能性を示唆している。

 

 

 感染者の81%をラムダ株が占めているペルーでは現在、感染者数は200万人をこえ、死者数も20万人に迫る。人口100万人当りの死者数は約5700人で世界最多となっている。

 

ペルーのリマ郊外の墓地で埋葬されたコロナ死者の棺を運ぶ人々(今年5月)

 感染者数が150万人、死者が3万人をこえているチリでも、過去60日間に報告された症例の32%をラムダ株が占め、ガンマ株(33%)と同程度の割合で循環している。その数は同時期に報告されたアルファ株の割合(4%)をはるかに上回っている。

 

 アルゼンチンでも6月22日、過去最多となる1日当り792人の死者数が発表された。累計死者数は9万人をこえている。コロンビアでも27日、1日の感染者数が過去最多の3万2733人にのぼっている。また感染死者数も10万人をこえるなど、ワクチンや医療体制が整っていないことも作用して感染状況が悪化している。

 

 また、スポーツの国際大会では、欧州各国で開催されているサッカー選手権「ユーロ2020」(24カ国が参加・11カ国で開催)でも集団感染があいついでいる。フィンランド当局は6月28日、同大会の観戦のためにロシア・サンクトペテルブルグを訪れたフィンランドのサポーター約3000人のうち、帰国後に約300人の感染が確認されたと発表している。同市ではデルタ株の感染数が急上昇しており、28日には1日当りの死者数が過去最多を更新していた。

 

 スコットランドの保健当局も、6月11日~28日までに英国ロンドンなどで「ユーロ2020」の試合を感染した同国在住者約2000人が新型コロナに感染したと発表した。

 

ヨーロッパ  モスクワの死者過去最多に

 

 欧州地域では感染者は減少しているが、ロシア、イギリスなどで再拡大や高止まりが続いている。

 

 ロシアでは6月17日、5月末よりも6割以上多い1日当り1万4000人の新規感染者が確認され、24日には2万1000人に達した。ピークだった昨年12月末の2万8000人に迫る勢いで感染が再拡大している。現地報道によると、都市部で感染力の強いデルタ株の感染が急拡大したことが要因になっている。6月29日には1日の死者数が過去最多の652人に到達した。
 ロシア政府は国産ワクチン「スプートニクV」を開発し、スピード承認したが、国民の不信感が強く、接種率は2割弱と低水準に止まっていることも背景にある。

 

 首都モスクワでは、6月27日にコロナ感染者の死者が過去最多の114人を記録。モスクワでの死者が100人をこえたのは初めてのことで、直近1週間のロシア全体の感染死者数も週ベースで過去最多の3921人に達した。

 感染の再拡大を受け、モスクワでは民間企業の大半を休業とし、飲食店の営業時間を制限する緊急措置をとったが収束の兆しは見えていない。

 

 デルタ株が新規感染者の95%以上を占めている英国では6月28日、1日当りの感染者が2万2868人にのぼり、2月上旬以来、初めて2万人をこえた。入院患者に占める若年層の割合が増加している。

 

 ロシアに接するモンゴルでは、ワクチンの接種率が60%近くにまで達しているが、3月から感染者が急増し、過去最多を更新している。6月末、WHOはモンゴルを人口当たりの感染者数が最も多い国に分類した。

 

東南アジア  デルタ株で感染者急増

 

防護服を着て新型コロナ感染による死者を墓に埋葬する人々(インドネシア、6月)

 東南アジアでは、インド、インドネシア、バングラデシュが感染者数の上位を占める。直近1週間で確認された新規感染者数は76万人をこえ、新規死亡者数は2万6000人以上にのぼっている。

 

 デルタ株やカッパ株といった変異株が最初に検出されたインドでは、直近1週間の新規死者数が前週よりも14%増加しており、インドネシアでも死者が増加している。

 

 6月26日に1日の死者数が過去最多にのぼったタイは、4月始めから「第三波」に見舞われ、6月中旬以降、新規感染者数は連日5000~9000人規模で推移している。
 同国ではアルファ株に加えて、デルタ株が急拡大しており、タイ政府は首都バンコクを含む周辺五地域を対象に1カ月間、飲食店での食事を禁止した。また、建設現場で労働者の集団感染が頻発しているため、バンコクと周辺地域すべての建設現場を28日から閉鎖した。

 

 インドネシアでも26日、1日当りの新規感染者数が過去最多の2万1095人にのぼった。同日の死者数も358人で過去最多を更新。検査数が少ないことから、実際の感染者はもっと多いとみられている。首都ジャカルタの病床使用率は90%をこえ、国内各地の病院もコロナ患者であふれているといわれ、医療崩壊の危機の回避が急務となっている。
 同国政府はイスラム教の断食月(ラマダン)明けの連休で多くの人が移動したことや、デルタ株の感染拡大が要因としている。

 

 バングラデシュでも28日、1日の新規感染者数が8364人の過去最多となった。27日には1日当りの死者数も過去最多の119人に達した。インド国境に近い複数の都市でデルタ株が蔓延したため、政府は28日からロックダウン(都市封鎖)を強化し、住民の外出を禁止。首都ダッカからは労働者数万人が大挙して船に乗り込み、地方に脱出する事態となっている。

 

 その他、東南アジアでは、カンボジアで新規感染者がピーク時の94%、ベトナムは82%、またミャンマーは55%、マレーシアは71%、フィリピンは52%と感染状況の高止まりが続いている。いずれもデルタ株の拡大が指摘されている。

 

 中東でも、オマーンで27 日、過去3日間の感染死者数が過去最多の119人を記録したと発表された。同期間での感染者数は5517人にのぼっており、変異株による急増が懸念されている。
 アフガニスタンでも22日、1日当りの感染者(2202人)、死者数(93人)ともに過去最多にのぼったことが報告されている。

 

アフリカ  医療資源やワクチンも不足

 

 アフリカ地域も感染の再拡大真っただ中にある。6月7日までの1週間で確認された新規感染者数は9万5000人以上で、新規死亡者数は1400人以上にのぼる。前週と比較して、感染者数は44%増加し、死亡者数は20%増加した。新規感染者数は3週連続で大幅に増加しており、南部、東部、北部の国々で過去最多の感染者数が報告されている。
 26日には、1日当りの新規感染者数が3万2000人をこえ、今年1月のピーク(約3万4000人)に迫っている。

 

 アフリカでは、これまで新型コロナの感染は限定的で、新規感染者数は世界全体の約5%、死者数は約2%でしかなかったが、6月初旬からコンゴ、ザンビア、ナミビア、シエラレオネ、リベリア、ルワンダなどで新規感染者数が倍増。アフリカ南部が冬期に入った6月初旬、WHOアフリカ地域事務局長は「アフリカは本格的な第三波のさなかにある」と指摘し、「緊急行動」が必要だと訴えた。

 

 北アフリカのチュニジアでは6月26日、1日あたりの感染者数が4664人に達し、過去最多を記録した。新規の感染死者数は90人で、同国の感染死者数は累計で1万4000人をこえた。南アフリカや東部ケニアとウガンダ、北部モロッコなど複数の国では、デルタ株の感染例が報告されている。アフリカにはインド移民も多く、ビジネスによる人の往来も盛んなことから、専門家が警鐘を鳴らしている。

 

 アフリカ地域では、先進国がワクチンを囲い込んだためにワクチン接種が人口の1%未満にとどまっている。医療資源も限られているため、重症化リスクの高い変異株の感染拡大は、地域全体に壊滅的な打撃を与えることが危惧されている。

 

あえて危機を招く五輪 感染再拡大は必至

 

 世界全体の新型コロナの感染状況は、ワクチンの種類や接種の進捗、変異株の拡大などの諸条件も絡みながら、国や地域によって異なっている。新たな変異株による再拡大が始まっている国も少なくなく、これらのウイルスに対する疫学的な研究、診断や治療方法、ワクチン効果に対する影響については調査段階にあり、いまだ予断を許さない。

 

 地域を限定して10カ国(選手団260人)の参加、無観客でおこなわれたコパ・アメリカにおける選手の集団感染や開催地ブラジルの現状を見るまでもなく、パンデミック下で世界200カ国以上から1万5000人の選手を含む10万人を東京周辺に集める東京五輪・パラリンピックがどのような惨事を招くかは想像に難くない。

 

 すでに五輪出場のために来日したウガンダ選手団のうち2人がデルタ株に感染していたことが確認されたように、国や地域によって検査やワクチンの精度、防疫体制の違いもあるため、例えルールを厳格に守ったとしてもウイルスが国内に持ち込まれることを防ぐことはできない。とくに変異株については検査方法すら定まっておらず、今後新たな変異株が出現することも想定外とはいえない。選手たちも常に感染に怯えながらの競技となるうえに、パラリンピック選手など体にハンデを抱えていたり、感染リスクが高い人々にとっては重篤化による命の危険に晒されることにもなる。それは五輪憲章に反して、人種や国による差別や分断を助長することにもなりかねない。

 さらに選手や関係者が、変異株を母国に持ち帰るリスクも考慮するなら、世界的に見てもこれほどのカオスはない。

 

 「人類がウイルスに打ち勝った証として」――コロナ禍における五輪開催を世界に向かって宣言した菅首相はそのように意義を強調したが、まさに人類とウイルスとのたたかいの正念場に、カネと権力を持つ「一部の人類」の私益のために東京を変異株のデパートにし、選手を含む大多数の人類の命と健康が脅かされるというのが東京五輪のあるがままの姿といえる。感染収束にともなってようやく再開の兆しが見えてきた国内での各種スポーツにも影響を与えるのは必至だ。

 

 国内では1年半にわたる活動自粛や営業制限など国民全体の犠牲と努力によってコロナ感染の拡大を抑え込み、その間、リーマンショックをこえる勢いで失業や廃業の連鎖も広がった。「バイザイ突撃」状態の五輪強行によってこの努力が水泡に帰すことにもなりかねず、IOCのみならず、「この国を守り抜く」「日本を取り戻す」といってきた自民党政府が、このパンデミック危機に際して、誰を守り、誰のために行動するのか、全国民の厳しい視線が注がれている。

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