山口県内の瀬戸内海側の漁業者のなかで、海の異変が深刻な問題になっている。漁獲量は70年代をさかいに過去最低を更新するばかりで、とりわけ伊方原発3号機が稼働を始めたのちの貝類やエビ類が壊滅的な状況に直面している。高度成長を経てコンビナートができ、沿岸開発で藻場干潟が失われたこともあるが、近年は海水温が上昇していることが最大の特徴になっている。本来なら南方海域に生息するはずの魚類がつぎつぎと住みつき始め、大島の沖では珊瑚礁が群生を始めるなど、生態系が狂い始めている。瀬戸内海でもとりわけ中・西部であらわれが顕著なのだと大学研究機関も着目し、専門機関の調査で「30年来で1℃海水温が上昇した」ことは明らかになっているが、要因について科学的な「答え」は出されていない。ただ、誰でも分かる事実として周防灘、伊予灘に面した海域では、火力発電820万㌔㍗と伊方原発202万㌔㍗から温排水が大量に放出されており、「温暖化」しないわけがない。この上に中国電力の上関原発1、2号機(それぞれ国内最大出力の137万㌔㍗)を建設したときの惨状は明らかである。するなら、内海漁場の壊滅的破壊を招くこと、食料生産を潰す亡国政治を転換させることが待ったなしになっている。
中国電力の小野田発電所の排水口周辺にナルトビエイが住みついて、もうじき10年近くになる。毎年のように駆除作戦が決行されているが、「減る様子がない…」と関係者はぼやく。特産のアサリを食い荒らす天敵は、冬場は温排水に身を寄せて、水温が上昇する6月になると100匹ほどの大群で漁場を襲いはじめる。建網をちぎったり、網にかかっている魚をかじったり、手に負えない存在になっている。アンモニア臭がひどいので、出荷して金になるような代物ではない。
行政が駆除に乗り出した2003年には500匹、翌年には4687匹が捕獲され、トラック数台に山積みにして処分した。今年は1159匹で減ったようにも見えるが、駆除作戦の日数や条件の違いもあって「一概に減ったともいえない状況」と話されている。バロメーターになるアサリは、その後も減り続けているからだ。海域の漁師たちが一斉に流し網で捕獲してくると、漁港には大きなマントのような容姿が山ほど積み上げられて圧倒される。周囲には腹から飛び出した幼魚が散乱する。
地元漁師に聞くと、姿を目撃しはじめたのが2000年くらいから。「“くちばしのついたエイがいる”と珍しがっていたら、とんでもないことになった」「砂地に押しよせて、アッという間に貝をたいらげていく。歯で殻をかみ砕いて、身だけ食べて殻を吐き出す。水面が暗褐色に変わるほどの群れで、鳥肌が立つほど」と語られている。
5~6年前までは本山以西海域で大騒ぎになっていた。ところが最近では瀬戸内海奥部にも遠征して、上関・大島海域でも巨大なナルトビエイが目撃され、珍しくもなくなった。呼び名がわからないので、はじめの頃は「カラス」とか「マント」と呼称している漁師もいた。インド洋や太平洋の西部など熱帯沿岸海域に住む魚なのに、瀬戸内海に居着いてしまったのである。
ナルトビエイの調査対象地域になっているのが県内では山陽小野田市で、その他に福岡県の豊前、大分県の別府周辺が指定されている。どこも共通して火力発電所がある。個体に標識をつけて追跡調査も実施されている。大分のナルトビエイが寒くなると四国に移動し、宇和島周辺で発見された事例もある。六~九月に活発に動き回って子を産み、冬場はおとなしいのが特徴だ。
ナルトビエイだけでなく南方系の熱帯魚が増えている。沿岸の水産市場では、巨大化したオコゼやタケノコメバル、インド洋・太平洋の熱帯に生息するアカヤガラが水揚げされたり、セミホウボウ、ミノカサゴ、ウグイ、ホシフグ、ミナミイケガツオ、アイブリ(瀬戸内海の魚類リストには掲載されていない、暖海性の稀種)といった魚が揚がるようになった。
ガザミ類では南太平洋やインド洋に分布しているはずの台湾ガザミが増え続けている。西太平洋やインド洋などの珊瑚礁に生息しているニシキエビが水揚げされたこともあった。山口県上関町沖では、東インド洋から西太平洋の熱帯域などに生息するサツマカサゴ(有毒魚)が瀬戸内海で初めて捕獲された。回遊魚ではなく海域に定着する魚で、しかも産卵直前の卵巣を持っていたメスの成魚だったことから、繁殖している可能性が指摘された。フグ(テトロドトキシン)の70倍の猛毒を持つソウシハギも発見された。熱帯魚の発見は、瀬戸内海中・西部ばかりで目立っている。
そして、これまでとれていた魚類が著しく減少傾向を見せている。海水温の変化に敏感なエビや、ナルトビエイの餌食になっている貝類が激減した。山口統計情報センターの調べでは、エビ類は92年には9012㌧あったのが06年には1296㌧にまで落ちこんだ。貝類になると8149㌧だったのが289㌧と壊滅的だ。なかでもアサリは83年のピーク時に8557㌧あったのが、4㌧で全滅に近い。4~5年前までは500㌧台で推移していたが、ナルトビエイが“完食”している模様だ。
増えたものもいる。ハモは大量発生で、かつて10㌧なかったのが300~400㌧台で近年は推移している。これも水温の上昇をうかがわせている。タイではマダイが少なくなった代わりに従来はほとんど見られなかったチダイの豊漁状態が続いている。漁師たちの実感ではこれも「10年くらい前から」という。紀伊水道で96年頃から、伊予灘では97年からチダイの漁獲が急増し、周防灘、安芸灘でも徐々に増加しはじめた。
低温が苦手なチダイの「致死限界水温」は九℃とされ、これよりも低温の海では生きていけないのに、瀬戸内海の海水温が上昇しているために、冬を乗り切って瀬戸内海で生息するようになったと見られている。海の異変としては、冬場の海水温が下がりにくくなった点も注目されている。
海生生物にとっての1℃上昇は、人間が感じる体感温度の変化とは比べものにならない。0・03~0・05℃の温度差でも敏感に感知するとされている。
自然界での一般的な「温暖化」というが、瀬戸内海の中・西部だけ温暖化したのか? この海域では閉鎖海域に火力発電所や伊方原発が膨大な温排水をはき出していることが30年来の最も大きな変化になっている。
周防灘、伊予灘沿岸に限定すると、柳井で92年末から70万㌔㍗出力の1号機、96年から同出力の2号機が運転を開始。合計140万㌔㍗は中電の火力発電所のなかでも最大規模になる。下松では1、2号機が廃止になり、現在は79年から稼働している70万㌔㍗の3号機が運転中。小野田では86年から50万㌔㍗の1号機、翌年から同出力の2号機が運転開始。下関では67年に17・5万㌔㍗の1号機、77年から40万㌔㍗の2号機が稼働している。山口県の電気使用量は約170万㌔㍗とされているので、ほとんどを都市部に供給しているか、持てあましている状態だ。
九州側では苅田で2機73・5万㌔㍗。豊前でも70年代から稼働している2機100万㌔㍗。大分県では70年代はじめから25万㌔㍗出力の2機が稼働していたのにプラスして、内海最大の出力を誇る新大分発電所ができた。91年に69万㌔㍗の1号機が運転を開始し、94年に87万㌔㍗の2号機、98年から73・5万㌔㍗の3号機が運転をはじめ、その総出力が229・5万㌔㍗にもなる。これら伊予灘、周防灘海域を合計すると火力発電所だけでも820万㌔㍗の出力になる。
そして伊方原発1、2号機がそれぞれ56・6万㌔㍗だったのに加えて、94年12月から89万㌔㍗の3号機が稼働しはじめ、合計で202万㌔㍗が大量の熱を放出しはじめた。3号機が運転をはじめた後の95年あたりから、生態系の変化が著しいのだと漁業者の多くが指摘している。エビが激減していくのもこの時期と符合する。エビは生育過程で海面近くから海底に移動しながら育つ。海面近くの高い温度で打撃を受けているのである。またチダイが伊予灘で増え始めた時期とも符号している。
火力発電や原子力発電では、高温の水蒸気によってタービンを回転させて発電している。原子力発電所では、原子力によって発生した熱エネルギーの3分の1が電気に変わり、残りの3分の2は温排水となって捨てられる仕組みになっている。この排水は周辺の水温よりも7℃高くなって吐き出される。100万㌔㍗級原発1基で使用する冷却水の量は毎秒約70㌧。熱効率のよい火力発電所でも100万㌔㍗の発電容量にたいして毎秒約40㌧を排出する。
202万㌔㍗出力の伊方原発が毎秒141㌧の温排水を放出し、820万㌔㍗出力の火力発電所から毎秒328㌧が放出されている。7℃上昇した海水が1秒毎に469㌧排出されていることになる。それは伊方だけで1日で20万㌧タンカー60隻分の温排水を排出している計算だ。これを年間排出量に換算すると、伊方原発は45億㌧、火力発電が100億㌧で、合わせて145億㌧にものぼる。
水深が浅い周防灘の容積が917億立方㍍。伊予灘の容積が2232億立方㍍。合わせて3149億立方㍍なので、この総海水量が21年間で入れ替わるほど膨大な量だ。ここに上関原発の274万㌔㍗が稼働しはじめると、毎秒192㌧なので、1日で20万㌧タンカー83隻分を排出。年間にして60億㌧が加わり、伊方・上関だけで年間100億㌧、火力の100億㌧と合わせて200億㌧がはき出されることになる。その場合、周防灘・伊予灘の総海水量は15年で入れ替わる計算になる。
伊予灘、周防灘の海水温の上昇は、自然にそうなったというものではない。巨大な火力発電所の建設につづいて伊方原発の建設によって、7℃上昇した海水量がこれほど排水されていて、海水温が上がらないわけがない。とくに1994年の伊方3号機の稼働が決定的な転換点となっているのは明らかである。
暖かい潮は軽いので海面を広がっていく。そして次第に海底の温度を上げていく。しかも瀬戸内海は閉鎖海域である。瀬戸内海の海水は、干満の動きにつれて、同じ場所をいったり来たりしている。外海から入った海水が再び外海に出て行く周期は200年といわれている。上関原発を加えて、この海域の総海水量が15年で入れ替わるとどうなるか。さらに30年、45年とつづいたら風呂のようになってしまうのは明らかである。
海水温暖化というが、それは不可思議なる地球の自然現象とか、炭酸ガスの影響といっているが、伊予灘、周防灘の海水温上昇は発電所の温排水が決定的な原因である。とくに20年で周防灘の総海水量に匹敵する温排水を出している伊方原発が大きな原因である。原発は温暖化対策などといっているが、原発が温暖化の原因になっているのである。
さらに、大量の海水を吸い込み、排出することは、大量の魚の卵やプランクトンを死滅させることをともなう。それによる打撃もきわめて甚大となる。また付着する貝類を除去するために投入している大量の塩素が漁場を破壊する。
重化学工業化・コンビナート建設をすすめた高度経済成長時期に大量につくった火力発電所と伊方原発によって、瀬戸内海漁業は壊滅的な危機になっている。いまでは日本では製造業もいらない、金融立国などといって、なおかつ上関原発をつくろうとしている。
日本民族はコメと魚を食べて歴史を作ってきた。瀬戸内海漁場は卵から生魚までが育つ完結型の漁場であり、単位面積あたりの漁獲量は世界有数といわれてきた。日本の漁法が発達した漁業のふるさとでもある。農業もいらないという亡国政策と共に漁業もいらないという政策は、日本民族を餓死に追い込む政策である。
このような食料生産を破壊する政治はつづくことはできない。市場原理、競争原理というなかで、さまざまな方面で社会的な崩壊がすすむなか、この日本社会を立て直す出発点は食料生産からであり、農業と共に漁場を守ることが日本民族の根本的な利益となっている。
瀬戸内海西部海域の漁業の立て直しのためには上関原発の建設を許すことができないのはもちろん、稼働している伊方原発を止めることが不可欠の条件となっている。
火力発電と共に伊方原発の影響が四国だけではなく、山口、福岡、大分の全海域に深刻な影響を及ぼしている。このなかで二井県政と県水産部は何をしているのか。中電に成り代わって上関原発建設を推進する中心にたち、とくに漁協を締め上げて原発を容認させる立役者となっている。水産部の看板で、水産を振興させるというものではなく、水産をいかにつぶすかばかりをやってきた。
自民党林派がやった信漁連のマリンピアくろいでの使い込みや先物取引による大欠損を利用して、支援金を出す条件といって漁協が埋め立て事業などに反対しない約束をさせ、岩国基地、下関人工島と同時に上関原発への漁業権放棄を推進してきた。県一合併を強権的に実行させ、県漁協ともども祝島に漁業補償金を受け取らせることに躍起になっている。
祝島の補償金受け取り問題(10億8000万円)は、原発を潰すか、瀬戸内海漁業をつぶすかの勝負所になっている。受け取らなければ漁業権消滅など成立せず、原発は終わりである。それは祝島の全島民の生活権がかかるが、それだけではなく瀬戸内海漁民全体の生活に関わる。それは日本人全体が魚食を失うという民族的な危機をつくる問題となる。
上関原発の撤回と共に伊方原発の稼働停止を求め、瀬戸内海漁業を守るという民族的利益のために、祝島の補償金受けとり拒否・すなわち上関原発終結のたたかいに連帯して、山口、福岡、大分、愛媛各県の伊予灘、周防灘全域の漁民と各県民の共同斗争が求められている。