宮城県が「みやぎ型管理運営方式」と称して上下工水道へのコンセッション導入準備を進めるなか、命の水を守る市民ネットワーク・みやぎが3日、「宮城県がすすめる『水道民営化』を問う!」リモート市民集会をおこなった。そのなかで水ジャーナリストの橋本淳司氏(アクアスフィア・水教育研究所、武蔵野大学客員教授)が「水道経営の危機と大きく変わる未来。求められる事業の透明性」と題しておこなった講演の内容を紹介したい。
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水道事業の課題
水道コンセッションが出てきたのは水道の課題への対応だ。まず水道が置かれている課題を押さえたい。
①人口減少と節水社会への対応【①】
水を使わないのは水環境にはとてもいいものだと考えているが、一方で水道事業を考えると、予定していた収益が上げられず、事業が困難になっていく。これは宮城県だけでなく、一人当りの水使用量の減少は全国的なもので、東京都は過去10年で160億円、横浜市で100億円、名古屋市で60億円減収になっている。
②水道施設の老朽化【②】
宮城県の場合は比較的水道管の維持が進んでいて、耐震化の普及率も高い方だが、全国には古くなった水道管がたくさんある。水道管の総延長66万㌔のうち更新が必要なのは14%あり、この更新費用が必要だ。
水道料金は、川から水をくみ上げて浄水場、配水池をへて水道管を伝って各家庭に届けるまでの費用を使っている人で頭割して算出する。分母の人口はどんどん減っているが、分子の経費は設備の老朽化が進み、大きくなってくる。新日本監査法人が発表したデータでも、水道料金が今の理由で上がっていくという予想が出ている。宮城県を自治体別に見た場合、2018年度、仙台市の水道料金は3488円だが、2043年度の予測は4448円となっており、約1000円水道料金が上がる予測となっている。上昇率の全国1位は女川町で、2018年度の水道料金は2420円だが、2043年は2万4096円と10倍になっている。
③人材不足・技術継承への対応【③】
小さな水道事業体ほど職員数が少なく、負担がかかる。水道法の改正で人を増やしていく方針はうち出されているが、まだ足りない。職員が不足すると日々の業務にかかりきりになり、水道をどう立て直すかといった将来のビジョンが描きにくくなる。コロナ禍にあってエッセンシャルワーカーこそ社会に必要だといわれているが、現実的には人が不足している状況がある。
④水道事業と市民の距離が遠い
水道に対する市民の関心は「もっとおいしくならないか」「もっと料金が安くならないか」という点にとどまり、水道事業の実態に関心を持っている人は残念ながら少ない。一方の水道事業者も、「市民の関心は味と水道料金だけ。水道事業の実態には関心がない。説明してもわかってもらえないのではないか」と考えており、このコミュニケーションギャップは非常に問題だ。新しいことを始めようとするとき、きちんとしたコミュニケーションがとれなくなっている。本来市民はお金を出して水を買っているわけではなく、上下水道のオーナーだが、感覚的に水道の消費者になってしまっており、本来のあり方と違ってきている。
みやぎ型管理運営方式について
宮城県が進める「みやぎ型管理運営方式」は民営化といわれているが、具体的には水道の運営事業を移譲し大部分を民間企業に任せるが、県が責任を持つという複雑な仕組みだ。移譲先にメタウォーターを幹事企業とする企業グループが選定されたが、責任は宮城県がとることになっている。
実施体制としては、SPC(特別目的会社)を設立して事業を受託し、その下に構成企業が置かれる構造だ。SPCは実体のない会社で、そこが傘下企業に事業を委託するようになる。
今回、企業グループのプランのなかに「新地域水道事業会社(新OM会社)」を県内に設立することが入っている。「地域の水を守る県内の受け皿を構築する。人材を直接雇用する一方で、構成員の技術とノウハウを注入し、事業期間(20年)をこえて存続可能なみやぎの水を守る企業とする」といっている。これはチェックしたいポイントだ。この企業は今回のコンセッションの契約期間の20年をこえた青写真をすでに描いているということだ。
メタウォーターグループは、287億円のコストダウンが可能だとしている。
コストダウンの方法としては、設備のダウンサイジングや集約化することでメンテナンスにかかる費用を低減すること、ICT活用の二本柱だ。ICTを活用して3事業(上水、下水、工業用水)一体の運転管理をしたり、運営情報を一元的に管理・蓄積するシステムを構築することなどが盛り込まれている。
コンセッションとは
「水道民営化」といわれているが、本当の民営化はイギリスで実施されているだけだ。この場合、民間事業者が自由裁量で運営し、最終責任も民間事業者だ。フランスやドイツで再公営化されたといわれるが、業務委託だった。それでも民間に任せきりになったとき、実態が不透明になったり、料金上昇や水質悪化などが起こってきた。
民営化だから問題が起こるのではなく、業務委託でも契約の仕方が悪かったり、モニタリングが曖昧になると同じ問題が起こる。
業務委託の場合、自治体が水のつくり方や方法など各種基準を詳細に決めた仕様発注書にもとづいて民間が運営する。一方、コンセッションは自由裁量で運営され、最終責任は自治体になる。自由裁量なので、仕上がりの水の質などを定めるだけで、あとは民間のさまざまな創意工夫で効率化をはかるようになる。そうすると民間企業がどのような方法で水をつくっているのかが、発注した自治体の側から監督しにくくなる問題がある【④】。
一般論でよくコンセッションのメリットとデメリットがあげられるが、コンセッションとは「しくみの大枠」であり、あくまでも詳細は自治体と企業(企業コンソーシアム)との個別契約で決まる(事業のどの部分を、誰が、どうおこなうか、どのような責任を負うかなど)。契約事項がきちんと遂行されているか、企業は情報を公開し、自治体はモニタリングをおこなうが、契約に不備があったり、企業の情報公開が不十分だったり、自治体にモニタリング能力がないと、金の流れや業務の質が見えにくくなり、コンセッションは失敗する。
フランスの場合も厳密にいうとコンセッション契約に失敗したものだ。非常にルーズな契約をしてしまい、モニタリングも曖昧になったため、自治体から水道事業が見えにくくなった。それに気づいてやや自治体よりのルールに変えたのがフランスの再公営化だ。契約とモニタリングが非常に大事だということを押さえてほしい。
「契約が大事だ」といっているそばから、宮城県では、すでに契約書が変更されるということが起きている。実施契約書(案)を公表し、企業グループを募集したが、企業グループとの競争的対話によって、①知的財産権対象技術の取り扱い、②契約不適合条項に係る免責規定、③突発的かつ一時的な対象時の対策費用負担、④第三者への委託にかかる事務作業の簡素化、⑤報告書提出期限の変更、のおもな5点が変更されている。
宮城県は内閣府の「公共施設等運営権及び公共施設等運営事業に関するガイドライン」に基づいているので問題ないと説明しているが、これまで下水・工業用水のコンセッションを実施している浜松市、須崎市、熊本県では、競争的対話によって募集時に公表した実施契約書(案)の内容を改定したケースはない。募集の公平性に反するという問題もあるほか、競争的対話をおこなうほど、企業側に有利な契約になるのではないかという懸念もある。なぜこのようなことが起こったのか、聞いた方がよいと思う。
また、どの企業グループがどのような意図で変更提案をおこなったのかも確認したい点だ。宮城県は「競争的対話をおこなっても、調整程度にしか変更することはない」と説明していたが、蓋を開けてみると大きな5点が変更になっていた。これは企業にいいようにやられてしまったという見方もできるが、そもそも契約書をつくる能力が宮城県に不足していたのではないかという見方もできる。企業に提案されて簡単に変更できる契約書をつくるということは、契約能力の低さを露呈しているのではないか。
変更点の一つに、「ライセンス料を伴う知的財産権対象技術への対応」がある。運営権者が知的財産を使い、20年の契約期間終了後に宮城県に水道が戻ってきても、知的財産を使用するということだ。知的財産権にはどのようなものがあり、事業終了後の支払いはどのくらいになるのか、そもそも性能発注のなかで採用技術の知的財産権について明らかにすることができるのか、県によるモニタリングは可能なのか要確認だ。
もう一つ「突発的な事象による増加費用及び損害に関する特則の追加」がある。事例として夏場に原水のカビ臭が強くなり薬品を多く投入するケースをあげている。この経費を宮城県が負担するとしているが、「突発的な事象」に何を想定しているのか明らかにする必要がある。サイバーテロが含まれているのか、適切な対策をおこなったかどうかをどのように判断するのかなども疑問点だ。じつは突発的な事象に対する判断はAIがもっとも苦手とする点だ。企業グループはコスト削減のためICTを存分に使うと思われるが、ICTが突発的な事象に対し働かなかった場合はどうなるのかという問題がある。気候変動が進み、自然災害が頻発するという予測があるなかで、対策、対策費用をどのように準備するのか、県と民間事業者の責任をそれぞれどのように判断するのかは大事な点だ。
今、契約を精査しなければ、契約が結ばれると宮城県の水道は二〇年間固まって動いていく。
モニタリング計画
もう一方で契約が遂行されているかを監督するのがモニタリングだ。現在、①運営権者によるセルフモニタリング(運営権者が費用負担)、②県によるモニタリング(県が費用負担)、③経営審査委員会によるモニタリング(県が費用負担)の三つがあげられている。
経営審査委員会という第三者機関が入ることは非常に重要だ。この場合、一般的に有識者で構成されるが、ここに市民の代表者やNPOなどが入るか否かで大きく違う。フランスの再公営化された水道事業は、公営水道事業者の経営委員会に市民の代表が入り、議決権を持っている。専門家数人で組織された委員会とでは意味が違う。
宮城県のモニタリング計画だけを見ると非常に厳しいものになっているが、企業グループはコスト削減の面で一体化させて効率化するといっている。一体的になっているもののモニタリングは初めての経験だ。これをICTでコントロールすることで、さらに見えにくくなっていく。
県に発生する新たなコスト
そして、新たに県に発生するコストがある。今、新聞などでは、水道運営が非常に安くなることが強調されている。だがすでに、突発的な事故が起きたときは県が負担することや、契約期間が終了した後もライセンス料を県が払い続けることなどが出ている。すでに調査費用や契約の手続き費用が発生しているとみられるが、今後モニタリングを強化する費用なども必要だ。事業を移譲する部分だけで「コストが安くなった」と発表しているが、水道全体で見たときの経費についての話はおこなわれていない。
もっとも気になる点は、2043年以降のビジョンを県が示していないことだ。契約が終了する20年後、水道事業が県に戻ってくるかもしれない。民間企業のプランでは、新しく受け皿になる企業をつくるといっているので、戻ってこない可能性もある。県がその企業に事業を委託せざるを得ない状況になっている可能性もあるということだ。
水道事業を委託して安くなるというのは、今現在の課題を解決する視点だ。では、2043年の世代にどのような水道事業を残すべきなのか、というビジョンの共有がとても重要になってくると思う。
変化に対応できるのか
20年間で予測される環境変化は、気候変動、災害の増加、脱炭素社会、人口減少(水需要の減少)やIоT・AI技術の変化もある。これを考えると県はのんびり民間企業にお願いしますということはできない。
コンセッションを導入して数年のうちは水道技術に精通した職員がおり、民間事業者の業務を監督し、災害時に現場対応することも可能だが、こうした職員は10年もたてばいなくなってしまう。20年後に契約が終了した時点では、技術を持った職員の大多数が退職し、環境変化に対する知見の不足、監督能力や災害対応能力の減少などに直面すると考えられる。
変化を具体的に見ると一つは人口減少がある。宮城県の人口推計では1年間で1万人減、20年で20万人減少する。人口は平均的に減っていくことはなく、大きなところに人が集まり、小規模なところは加速度的に人口が減っていく。そのときに大規模集中型の大きな浄水場からたくさんの水道管を引っ張る広域化の手法だけでなく、小規模分散型の施設、地下水の利用といった地域にあった手法を考える必要がある。
気候変動・災害対策を見ると、宮城県では令和元年度の台風19号と10月25日の低気圧で水インフラが被害を受けた。1回の災害で総額26億円にのぼる。「突発的な事項」に対して県が負担するのか、民間が負担するのか、とり決め次第で災害対応が県の負担になっていく。
3点目にデジタル社会の問題がある。IоTの技術変化は、20年先が予測できないほど早い。厚生労働省も水道のIоT化を進めようとしており、ベテラン職員の退職で職員の減少が続いている問題や離島や山間、豪雪地帯など厳しい環境にある水道施設、老朽施設などの課題に対して、施設を統廃合し、IоTを活用して効率的に管理する方向を出している。
経産省が推進する「水道情報活用システム(仮称)」では、「今後の事業統合や広域連携を見据えて、システムの統合がシームレスに行えるように準備を進める水道事業者等・運転監視や水道施設台帳等を個々のシステムで運用していたものを統合する」としている。広域連携してさまざまな施設をIоT、ICTでつなぐことで合理化をはかり、高度化をめざしていくという。経産省の情報通信に関する部会で発表された水道事業のCPS/IоT活用の検討を見ても、原材料のコスト低減や天候データなどさまざまな情報を統合して一元的に管理されていく世界だ。これらを見ると、今回のみやぎ型はこうした青写真の下に描かれていることがよくわかる。
2日に関連法案が可決されたように、この分野への熱の入れようはただならないものになっている。このIоTのプラットフォームをだれが握るかで、社会は大きく変わる。今、さまざまな企業がこの戦略の下でマウントをとろうとしており、小売店舗がアマゾン傘下に置かれていくようなことが水道事業でも起こってくる。広域化や経営基盤強化は場合によってはいいことだが、だれがやるのかが重要だ。
今回の「みやぎ型」は水道に関しては用水供給といって、蛇口までを民間企業に任せるタイプではない。浄水してそれを自治体に売るまでを仕事にしている。だが、水道事業の「広域化」推進と合わせて、みやぎ型管理運営方式の運営権者は、県内市町の上下水道事業を任意事業として受託できる枠組みとしており、県内水道事業の独占を推進しているのではないかという疑問が出されている。宮城県は、「苦境にある市町村がさまざまな改善手法を検討した結果、効率的と判断した場合に委託できるようにしたもの」と説明している。県内の水道事業の独占を目的としたものではないが、最終的にはそうなった方がいい仕組みになっている。
スマート化のリスク
2015年にウクライナの電力会社がサイバー攻撃を受け、住民22万5000人に影響を及ぼす大規模停電が発生した。2021年2月には、フロリダ州オールズマーの水処理プラントの制御システムがハッキングされ、水処理プロセスで使用されている劇薬の水酸化ナトリウムをたくさん入れるということが起きた。職員がすぐ気が付いて事なきを得たものの、ウィスコンシン州の自然資源局は611の市営水道システムにサイバーセキュリティの強化を命令した。
このようにサイバーテロ対策とハッキング技術の競争になっていくと多大な資金がかかる。アメリカを拠点にセキュリティサービスの提供をおこなっているトランスウェーブという会社がアメリカ政府のために働いている情報セキュリティ専門家203人を対象にアンケート調査をすると、「政府はスマートシティに活用されている多くの技術のリスクについて理解していない」と答えた人が23%いた。政府の職員も若くて情報技術に精通した人ばかりではなく、とくに27%の人が「公共のWi―Fiはもっともハッキングリスクが高い」と応えている。スマートシティ化が進められるにつれて、全体的にハッキングやセキュリティの脆弱性について問題視する声が増えている。
(文中の図表は橋本氏提供のものをもとに作成した)