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『次なるパンデミックを回避せよ』 著・井田徹治

 世界の人々を苦しめている新型コロナウイルスは、もともと野生のコウモリが持っていたコロナウイルスがセンザンコウなどを中間宿主として変異し、人間に感染するようになった動物由来感染症の一つである。近年流行して多くの死者を出したエボラウイルス感染症、重症急性呼吸器症候群(SARS)や中東呼吸器症候群(MERS)、鳥インフルエンザなどはすべて動物由来感染症で、それはWHOが把握しているだけでも200種類超にのぼる。

 

 そしてこの感染症がこれほどあいついで発生する背景には、急激に進んだグローバル化を条件として、工業的農業のための農地開発や野放図な鉱物資源開発(風力や太陽光、電気自動車に必要な希少金属を含む)のために、世界の森林を大規模に伐採して野生生物の生息地に人間や家畜が入り込んだことが一因だといわれる。この50年間のこうした環境破壊によって、アフリカ西部や中央部の森林地帯や南米のアマゾン、東南アジアの熱帯林地帯、インドや中国などが感染症リスクの高いホットスポットとなり、世界はまさに「パンドラの箱の蓋を開けた状態」になっているという。

 

 本書は、感染症発生の現場を歩いてきたジャーナリストの著者が、今起こっている事態の全体像を描き、第二、第三のパンデミックのリスクを減らすためになにができるかを問うたものだ。

 

 効率最優先の工業的農業の現場を見てみよう。

 

 マレーシア・ペラ州のイポーという町で1998年、あいついで脳炎の感染者が生まれ、半年で267人が入院し105人が死亡した。患者の93%は養豚場関係者であり、ニパウイルスという新興のウイルスが発見された。その後、感染はマレーシアから豚を輸入している隣国シンガポールにも拡大し、シンガポールは輸入禁止措置をとり、マレーシアは100万頭近くの豚を殺処分した。

 

 ニパウイルスの自然宿主は近くに棲息するフルーツコウモリで、ウイルスが豚に感染し人間に感染して大流行になったことがわかった。この地域では自然の森を切り開いて森の中に大きな養豚場をつくっており、その結果豚と未知のウイルスが遭遇したのだ。

 

 近年、食肉とされる家畜の数が急増している。鶏は1961年には66億羽だったが、2017年には660億羽と10倍になり、豚も4億頭から15億頭になった。多国籍企業はブラジルのアマゾンや東南アジア、アフリカの熱帯林地帯を切り開き、豚や鶏、牛を大量に飼育している。牧場開発は森林破壊や生物多様性消失の主要因の一つだ。そして人間が野生動物の生息域を破壊して、家畜を大量に増やすと、生態系が単純化するので、病原体は標的を見つけやすくなる。

 

 そのもっとも悪い例が、現在急拡大している動物工場システムだ。安い肉を大量生産して世界に売りさばくために、一カ所に大量の家畜を集め、動物用医薬品の技術も利用して集中的に飼育する。「遺伝的に単一の種類の家畜を大多数、集中的に飼育すると、いくら対策をとっても、医薬品に抵抗力を持つ病原体の出現、ウイルスの種から種へのジャンプ、動物の長距離輸送などによって、大規模な感染症の発生につながり、これが人間への動物由来感染症の拡大リスクを高める」と米国の研究者が指摘している。

 

 新型コロナで世界でもっとも多くの感染者と死者を出している米国で、とくに大きなクラスターが発生し、多数の死者が出たのが、効率最優先の食肉生産工場だった。ある鶏肉処理工場では、家畜とともに移民労働者も密に詰め込まれ、ラインにぶら下がって流れてくるニワトリを1分間に175羽も処理する仕組みになっていたという。

 

 もう一つが欧米先進国や中国、ロシアなどの企業による資源の採掘である。

 

 アフリカでは近年、エボラ出血熱やエイズウイルスの発生が確認され、世界で大勢の死者を出した。エイズウイルスの起源は、エボラ出血熱と同じくザイール(現コンゴ民主共和国)で、「サル免疫不全ウイルスという霊長類のウイルスが、おそらく狩猟と肉の消費によって人間に感染するようになり、その後人間を宿主として生まれたものがエイズウイルスだ」といわれている。これも森の中での人間と野生動物の接触がきっかけだった。

 

 アフリカでは最近、とくに生物多様性が豊かな熱帯の原生林の破壊が深刻だ。コンゴ川流域にはアマゾンに次ぐ世界第二の規模の広大な熱帯林地帯があるが、それが森林の商業的な伐採に加え、金やダイヤモンド、石油、さらにはニッケルやコバルトといった地下資源の採掘によって大規模に破壊されている。

 

 資源採掘のために、コンゴでは熱帯林の真ん中を貫いて広い道路がつくられ、森の奥に巨大な伐採キャンプがつくられた。そこには伐採企業の幹部や顧客用の立派な建物から、労働者用の粗末な家まで、多数の住居が建っていた。キャンプには給食設備はないので、彼らは森の野生動物の肉(ブッシュミート)に頼ることになる。近くの市場には先住民のハンターが獲ってきたサルなどの霊長類やダイカー(牛の仲間)、ワニ、センザンコウなどあらゆる動物が台の上に載る。肉は欧米の都市に贅沢品として輸出され始めた。

 

 こうして先住民が持続的におこなってきた狩猟とはまったく異なるブッシュミートハンティングが急拡大し、結果、動物がいないカラッポの森が増えているという。そしてこれは動物由来感染症のリスクを高めた。1996年にガボンで広がったエボラウイルス感染症の患者の何人かは森のチンパンジーの肉を食べていたことがわかり、これが感染源だと疑われている。

 

 同様のリスクは、遠い海外に生息するめずらしい動物をペットとして飼う「エキゾティックペット」のビジネスの広がりにもある。日本はエキゾティックペット消費大国だ。

 

 著者は、「動物由来感染症に感染する可能性が高いのは、自然が豊かな場所ではなく、人間によって自然が破壊された場所だ」「感染症に対して強靱な社会をつくるためには、自然破壊に歯止めをかけ、生物多様性が豊かな社会をつくることだ」という世界の研究者の声を紹介し、次なるパンデミックに警鐘を鳴らしている。大量生産・大量消費システムが、自然を破壊するとともに人間の生存そのものを脅かしており、今の社会と経済の転換が待ったなしであることを教えている。

 (岩波書店発行、B6判・134ページ、定価1300円+税

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