よしだ・としみち NPO法人大地といのちの会理事長。(株)菌ちゃんふぁーむ代表取締役。1959年、長崎市生まれ。九州大学農学部大学院修士課程修了後、長崎県庁の農業改良普及員に。1996年、県庁を退職し、有機農家として新規参入。99年、佐世保市を拠点に「大地といのちの会」を結成。
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私は九州大学を出て、長崎県の職員になり農業改良普及員をしていた。でも農業を自分でやりたいと思い退職して野菜づくりを始めた。無農薬にとりくんだものの、とにかく最初は毎日、虫だらけだった。モグラにも苦労した。アスパラガスを収穫するまでには2年かかり、しっかり根が太くなってやっと収穫ができると思っていた矢先、アスパラガスが急に細くなって曲がった。どうしたの? と思ったら、モグラが土の中を走り回っていたのだ。2年間かけて栄養を貯蔵した根っこをモグラが切り破った。そのときの私の失望と怒りを想像して欲しい。そして草もまた、日々途方もないほどの格闘だった。
でも今は全部真反対になった。
モグラの習性
モグラは敵ではなかった。もぐらは匂いにとても敏感で、実は腐敗しかけた有機物を食べるミミズを探しているのだ。ミミズが多くいるということは、土が腐敗しているということで、モグラはその腐敗臭のあるところに穴を掘っていたのだ。土が浄化されてくると、地下深い部分だけが空気不足で微妙に腐敗するので、モグラはそこを通るようになる。そうすると地下深くに空気が通るので、野菜の根が深くまで張るようになり、モグラのおかげで野菜はますます元気になる。先日は、人参畑を中耕(栽培中にうね間や株間の土の表面を浅く耕すことをいう。これにより、除草や土の通気性の改善、干ばつ対策の効果がある)しようと畑に入ると、なんと人参と人参の真ん中をモグラがきれいに中耕してくれていた。これは、土が雨でたたかれ通気不足になり、微妙に腐敗していた部分を選んでモグラが通ったと考えられる。自然界の生き物が人間に加勢してくれているという感じだ。
草も農業の敵だと思っていたが、実は雑草があればあるほど土がよくなる。草は必要があって生きており、発芽してすぐにタネ作りを始める。人間が草を取るから、草はそれでも子どもをつくって生えようとするのだ。すごい生命力だ。そうすると野菜が育たない。でも草をとってしまうと土が悪くなって野菜が育たない。ではどうすればいいのだろうか。
草も必要だった
第三の方法がある。その畑の面積に生える草の5倍ほどの草を思い切り入れると、ナズナやハコベ、ホトケノザなど、入れた草とは違う、あまり害にならない草が生えてくることがわかった。草をとるのではなくて、草をもっと入れれば別の世界が起きるということだ。それは実験によって確かめられている。
例えばスズメノカタビラのような運動場でも生える草は、菌とつながらなくても自分で根を張って生きる。自分の根がたくさんだからどちらかというと取りにくい難しい草だ。ところがナズナは土の中で糸状の菌が合体して根の役割を果たしている。だから畑の土がよくなると菌とつながるのが好きなナズナがますます元気になっていく。そして菌が少ない畑の通路だけスズメノカタビラが元気に生える。つまり畑の中には難しい草は減り、菌が好きな草が増えてますます土が豊かになる。
虫は弱った野菜を食べる
そして虫がこなくなった。なぜうちの畑に虫がこないのかを福岡の大学の先生が調べてくれた。それによるとうちのキャベツにはビタミンCが五割増しで入っていて栄養価が高い。栄養が高い野菜をなぜ虫は食べないのか。それを調べるために、うちのキャベツしか食べられない青虫のケースと大学のキャベツしか食べられない青虫のケースをつくった。
6~9日たっても青虫は栄養価の高いキャベツはあまり食べない。一方で栄養価の低いキャベツはバリバリ食べる。そしてうんこはほとんど同じ量をする【グラフ】。このデータから、青虫が二種類のキャベツを100㌘を食べたときにどれだけうんこをするかを計算した。青虫は栄養価の高いキャベツを食べると、消化吸収せずにたくさんうんこをする。青虫には胃液がないので、ビタミンCやポリフェノールなどの高分子の栄養素は消化吸収できない。つまり青虫は抗酸化力の弱いキャベツを選んで食べていたということがわかった。つまり人間の健康に必要な成分をたくさん持っているキャベツほど虫は食べない。統計分析してこれが論文になれば農業界は変わるだろう。
ついでにいえばウジ虫は虫のなかの虫だ。完璧に腐らないと食べようとしない。人間が糖尿病などで体の一部が腐った場合、腐った肉だけとってまだ元気な細胞だけ残すという微妙な手術が難しいときには、ウジ虫を入れて封をする方法をとるときがある。ウジ虫が死肉だけ食べて、逆に元気なところは食べないで再生させる力を持っているからだ。乳酸菌と同じだ。
この地球にいらないものなどいっさいないんだと思う。
わざわざ弱った野菜を食べる青虫のような生き物が存在する。わざわざ腐ったものを食べるウジ虫のような生き物が存在する。地球は循環しているからで、そんな虫や微生物たちを私たちは分解者と呼んでいる。
別の実験もした。菌とつながった土とそうでない土では、菌が多い土の方が幼虫の数が半分以下だ【図】。青虫も最初からそういうところに卵を産まない。有機農業をしているとそういうことによく出くわす。農薬をかけなくても大丈夫というのは、そういう仕組みがあるからだ。
草もモグラも、虫もみんな敵ではなくて、この地球の生命循環にとって役割があって生きていることがわかる。世の中はうまくできている。弱った野菜を虫が食べているのなら、私たちはもっと元気な野菜をつくればいいということだ。
病気も同じだ。野菜が元気だったら病気がつかなくなる。わかりやすい例として、ミカン箱の中のミカンにカビが生える場合を考えてほしい。一つのミカンにカビが生え、隣のミカンに移ったと思って取り上げて皮をふいてみたらきれいになることがある。つまり皮に隣のミカンのカビがいただけだった。ところが箱の中の遠いところのミカンにカビが飛んで腐らせる場合もある。なぜだろう。ミカンの細胞がもう死んでいるとカビという分解者がやってくる。ミカンを腐らせたのはカビではなくて、ミカンが死んだからカビが分解しに来たということだ。死んだ命を次の命に変えるというのがこの地球の掟だ。だから地球はいつでも命で満たされている。
コロナで見えた人間の姿
これはコロナウイルスによく似ている。有機農業は農薬を使わないので、土作りによって、病気が激発してしまうのか、まったく健全なままかがあからさまに見えてしまう。コロナウイルスも薬がないので、人間のいろんな姿が見えてきたように思う。感染者と接触していないはずなのにコロナウイルスで亡くなる方と、濃厚接触者なのに感染しない人がいる。この違いは何なのか。テレビではコロナに感染し重症化した人のニュースや副作用のことばかりが報じられ、かからなかった人がなぜそうなのかをあまり調べない。コロナウイルスは怖いのか怖くないのかといわれれば、どちらも正解だと思う。ある人にとってはまったく怖くないものだし、ある人にとっては逃げても逃げ切れないとても怖い病気だということ。
野菜に例えて考えると、病気を防ごうとしてキャベツにいくら防虫ネットをしても、土が悪くて野菜が弱ければどこからか虫が入る。野菜自体を強くせずに、病原菌を一生懸命殺したり逃げたりしたところで、野菜は弱いままだ。野菜が育つ土の中を変えないと、野菜の生命力を高めないと根本解決にはならない。病原菌は弱いから来ているだけだ。
私たち自身はどうだろうか。コロナから一生逃げることはできないし同じことがいえるのではないか。
ちなみに、海外ではコロナでたくさんの人が亡くなっており、異常な病原体のようだが、日本やベトナムでは致死率が異様に低い。コメを食べる割合が多いほど感染者数が低く、食事や腸内細菌が影響していることを示唆する論文も出ている。
消毒頼みで失敗した農業界
農業の世界でも実は、土壌病原菌を防ぐために土壌消毒を繰り返していたことがあった。土の中に潜む、作物の病原菌を殺すために、土壌にクロルピクリンとか臭化メチルなどの毒ガスを入れて、土の中の生物を全部殺す。すると土壌病原菌が死んでキュウリが病気にやられず腐らなくなった。病原菌を殺せたから安心だと思った。消毒の効果は数年続いた。ところが数年後に同じ病気が発生。消毒しているのになぜだろうかと調べると、まだ菌が残っていたのだ。だからもっと徹底的に年2回土壌消毒をするようになった。ところがそのハウスに見学者が入ると、3日後には野菜が全滅した。以前は病気は徐々に広がっていたのだが、一気に全滅してしまった。
なぜか。消毒によって畑は無菌状態にあったからだ。見学者の靴の底に病原菌が1匹でもいたら、無菌だから増殖するのが早い。殺せば殺すほど菌は強くなるものだ。菌は大雑把に計算すると、自分が生まれて30分後には次の子どもを産める。その増殖スピードであれば、敵がいなければ1日で世界人口をこえる数になる。これを激発という。消毒を繰り返すことによって畑が病原菌の激発状態になったのだ。
今、慣行農業では、土壌消毒をすることはよくあるが、それで安心している農家はまずいない。消毒の後には有用堆肥を入れ、いい菌を増やすようにしている。消毒しただけでは逆に病気が広がるからだ。
今、私たちはコロナウイルスへの対応で消毒、無菌だけを徹底しているが、農業の経験からすると、今後どうなるのかよくわかる。
幼少期にいろんな雑菌に触れることで免疫システムが安定化する。ある施設でO157が発生し、重症化する人と症状が出ない人、下痢だけする人が出た。調査の結果、重症化する人は超清潔志向で、無症状の人は泥んこ遊びなどをよくする清潔志向などとは無縁な子どもたちだった。日ごろから雑菌に触れることによって、身体のなかの免疫システムが活性化する。人間は体験をしないと強くなれない。寒さにあたる前から寒さに強くはなれない。暑さにあたるから汗腺が発達する。逆にいえば、病気にかかる前から病気に強くなることはできない。必ず病原菌と出会わないと免疫ができないからワクチンを使うという手法も出てくる。
人間は体験をして強くなる
興味深い事例がある。福岡県に日ごろから昔ながらの食生活をとり入れ味噌などの醗酵食品をしっかり食べさせているある保育園がある。たまたま一人の園児の具合が悪くなり、病院でO157が見つかった。保健所が調べると園児はみな同じものを食べていたのだが、他の子どもは誰も発症しなかった。たまたま一人の園児に症状が出て発覚したのだが、発覚しようとしまいと、この園の子たちはこれでO157を経験してさらに強くなったということだ。
自然とともに生きる私たちは、リスクに遭遇し、それを乗りこえるたびに強くなっていくわけだが、リスクから逃げようとすればするほど弱くなる仕組みになるのをどこかで忘れている。ハウスで育つ野菜は、霜にも紫外線にも風にもあたらず、見るからに元気ですくすくと育ち、食べたら柔らかい。でもハウスが破れたら全滅してしまう。私たちはハウスの中で子どもを育てようとしている。だから死ぬまでハウスの中にいるしかない。私たちは、子どもたちをますます免疫力の低い状態にしつつあるのではないだろうか。
それによってコロナウイルス以外のウイルスや病原菌に対して、簡単にやられてしまう人たちが増えてくるのではないかなと心配している。日本で今、少しコロナの重症患者が増えているといわれているが、この1年間、消毒殺菌ばかりして雑菌とふれあう機会がなくなったからではないかというのが一つの説として十分に考えられる。弱っている人を守ろうといって、弱っている人も健康な人もみんな弱ってしまっている。健康な人も高齢者も持病を持っている人も、病原菌を避けるよりも、免疫システムを完璧なものに変えた方がいいのではないか。
まずは農業体験から
このような内容を頭で理解するだけでは、家に帰ってまたテレビや新聞を見れば、いつの間にかいろんな恐怖に流されてしまう。だから世の中を変えたいと思ったら、まず自分が体験することだと思う。一つ目は免疫力をつけて自分の健康に自信が持てるように実践してほしい。
もう一つは農業体験だ。自分の畑で農薬を使わずに病気や虫のこない野菜をつくってほしい。本当に元気な野菜には虫もこないし、味もおいしい。そしておいしく健康な野菜には虫がこないとわかったときに、私たちが暮らすこの自然界の共生と循環を、身をもって理解することができると思う。虫も微生物もその他のものたちもみな役割があって生きている。虫や病原菌がいたからこそ、この地球は生命にあふれていることを知ることができる。それを伝えてくれる映画が『もののけ姫』や『風の谷のナウシカ』だ。
私は日本人がここまで自然界の感覚と切り離れてしまったのは、農業体験が少なかったからだと思っている。だから菌ちゃん野菜づくりをやってほしい。そしてSNSなどで投稿してほしい。一定程度徐々に広がっていくと、あとはあっという間に広がる。そして、国としても本気で有機農業を推進する日が来るだろう。そしたら専門家も一斉に研究し始めるだろう。そして世界の有機農業の技術は日本発のものが多いのも事実だ。有機農業の普及は日本が一番遅れているけど、技術は実は進んでいる。そういう意味で近い将来、日本は世界を変えるようなリーダーになるのではないかと思っている。だから気づいた人たちがどんどん実践してこっちが正しいよという道を発信することで、なにかおかしいなと思いつつ周りに合わせている人たちも変わっていくだろう。
昔の日本人は自然を理解し寄り添って生きてきた。自然界のすべてを意味のある存在として尊重し、畏敬の念を持って接してきた。ところが今、西洋かぶれしてしまって虫も菌も敵扱いして殺すようになった。でも私たちは本質的には、自然と調和しながら生きていく感覚を持っている。私たち一人一人が農業体験などの実践をとおしてこの世界を変えていくしかない。私たちがたくさんの生命によって生かされているという感覚を経験を通して実感してほしい。私は農業をやってみて本当によかったなと思う。最初は自然界を信じていなかったし、自然界を怖がっていた。だが今は自然界は英知に満ちていると実感している。
菌ちゃん野菜のつくり方
理想的な土を早くつくるための方法だ。まず少し畝を高くし周囲に溝を掘って水たまりができないようにし、どこか低いところに水が流れていくようにする。そこに茅とかセイタカアワダチソウなどの固い草を枯らせてたっぷりのせる。1平方㍍に5㌔ぐらいだ。そしてそこに土を軽く乗せて黒マルチをかける。こうして2カ月目に穴をあけて、中に入れてある草をよけて、深いところにタネや苗を植えるといい野菜ができる。無肥料なうえに草だけを使って、そんな短時間にいい土ができる方法なので、ぜひやってほしい。
この方法だと今までの農業の常識でいうと、草の中の窒素成分は、草を分解するための微生物に使われてしまって、野菜には回らずに窒素飢餓になる。だから肥料なしに草だけで野菜は育たないのが常識だった。でもこれまでと条件が違うのは、草を混ぜずに上の方に置くだけというやり方だ。草を食べた糸状菌が下の土に伸びていく。タネや苗を植えるとその根っこも下の土に伸びていく。そこで糸状菌の根っこと野菜の根っこが合体する。そうすると野菜と草がつながり、草の栄養をそのまま野菜がもらえる。土の中は完璧な肥料切れ状態だが、土の中に肥料がなくても菌とつながって野菜が育つという仕組みだ。実は、森の中で肥料はまかなくても木や草が育つのは、糸状菌がつながっていたからだ。糸状菌はカビの仲間で分解力が強い。木でも分解できる強い菌だ。それを上手に使うと、今までの常識とは違ったことができるようになる。科学的な考察はさておいてぜひやってみてほしい。
草、虫、菌を大切にした土作り
畑の野菜がおいしいかどうかは、草を見たらわかる。どんなに耕して柔らかくしても、スズメノカタビラなどが生えていれば、運動場と同じだということを教えてくれる。そして土のなかに菌が増えてくるとホトケノザとかナズナとか、ひよこ草とか耳菜草などが生えてくる。菌とつながるのが好きな草たちだ。そんな光景を見たときに、この地球はそれぞれの場所にそれぞれに必要な生き物が存在できるようになっているということが理屈じゃなくてわかってくる。
必要でなければどんなに草のタネがあっても成長しない。必要でなければどんなにコロナウイルスが来ても増えない。菌ちゃん野菜を体験するとそういうことが実感できる。
そして畑に必要なのはチッ素、リン酸、カリだけではなかった。カルシウム、マグネシウム、鉄、亜鉛、モリブレン、リチウムなどの微量だけど大事なミネラルがなくなっている。昔は畑に魚の粉とか、海藻など海のものを入れていた。昔の人は知っていたということだ。今は、微量養素は無視して、苦土石灰をまくようになった。マグネシウムとカルシウムだから大事なのだが、これだけを畑に入れたら他のミネラルとのバランスが崩れる。やはり畑に入れていいものはバランスが整っている自然物だった。だから菌ちゃん野菜ではカキ殻石灰を入れる。それだけではマグネシウムが足りないのでにがりも入れる。そうすると菌とミネラルの力ですごくいい野菜ができる。
そんな健康な野菜を食べて、人間のお腹を菌だらけにして免疫力を上げることだ。この菌ちゃん野菜を日本中に広げたい。(おわり)
菌ちゃんファームのことを偶然知りました。プランターでも可能とのこと!この北海道でもできるのですね。講演会がありましたら是非ともお話しを聞きに行きたいとおもっています。いつか札幌で講演会されるご予定ありますか?