アジア太平洋資料センター(PARC)と国際環境NGO・FOE Japan、Fair Finance Guide Japanの共催で、オンラインセミナー「気候危機対策における公正なトランジション(移行)とは? ――鉱物資源の視点から考える」の第3回が9日におこなわれた。セミナー最終回となる第3回は、「インドネシアのニッケル鉱山開発の問題」と題して、インドネシア環境フォーラム(WALHI/ワルヒ)南東スラウェシ事務局長のサハルディン氏が報告した。なお、ここで使用した四枚の写真はインドネシア環境フォーラム(WALHI)南東スラウェシの提供による。
■倍必要なニッケル 低炭素技術の問題点
サハルディン氏の報告に先立って、PARC事務局長の田中滋氏が、今回のテーマの背景について次のように説明した。
今、気候危機対策に多くの政府や企業が動き始めている。だが、低炭素技術を実現するうえではいろいろな課題がある。そのうちの一つが、低炭素技術に必要な鉱物をどうやって集めるのかということだ。
昨年、世界銀行が報告書を出し、低炭素技術に転換して2050年までに気温上昇を2℃で抑えるシナリオを実現するために、2018年比でどれだけの鉱物を増産しなければならないかを示した。たとえば車を電気自動車に転換していくためにはリチウムイオン電池が必要で、それに必要な鉱物の一つにニッケルがあるが、報告書ではニッケルは100%近くまで(約230万㌧)増産しなければならないとしている。
インドネシアはこのニッケル増産のフロンティアになるといわれているところで、トヨタも韓国のLG化学も中国のCATLも膨大な額の投資をして、インドネシアでニッケルを採掘し、電池にして車に搭載するところまでをやって輸出しようと考えている。そのインドネシアで、ニッケル採掘をめぐってなにが起こっているかが今日のテーマだ。
さて、鉱山にはテーリングというものがある。金属を採掘するとき、ドリルやショベルカーで掘り出した岩石のうち、鉱物がないとあらかじめわかるものはそのまま捨てる(廃石)。岩石の中にニッケルや銅などの鉱物がわずかに含まれる部分に当たれば、その鉱石を細かく砕き、それを水中で比重によって分離して沈んだ鉱物だけをとり出す。そのとき残ったヘドロ状の泥水をテーリングと呼ぶ。鉱山からは廃石とテーリングという莫大な廃棄物が出るわけだ。
廃石は廃石置き場をつくって積み上げる。問題はテーリングで、多くの鉱山ではそれが川や海に流れ出ないように溜めるためのダム(テーリングダム)をつくっている。数千万㌧(数百億㍑)ものテーリングを貯蔵するダムも珍しくない。そこで困るのが、こうした巨大なダムがしばしば決壊事故を起こすことだ。
ブラジルでは2015年と2019年にテーリングダムの決壊事故が起こり、それぞれ19人、259人が死亡し、11人が行方不明となった。この2件の事故は、いずれもヴァーレ社所有の鉱山が起こしたものだ。そしてインドネシアで住友金属鉱山がパートナーとして選んでいるのがこのヴァーレ社だ。インドネシアで住友金属鉱山がヴァーレ社と組んでなにをしようとしているのかを、これから見ていきたい。
テーリングダムの決壊事故は、途上国だけで起きているわけではない。カナダでも2014年に大規模な決壊事故が起きている。共通するのは、どの場合も地震や豪雨などの外部要因ではないことだ。設計と運用の問題で事故が起こっている。そのテーリングダムを、地震や降雨量の多いインドネシアにつくることを多くの人が危惧した。
そこでインドネシアで採掘を狙う鉱山会社が開発したのが、深海テーリングという技術だ。重金属や有害物質も入っている鉱山の廃棄物を「海の底にそっと流せば汚染しない」「広がらない」といって、沖の深海でテーリングを処理する申請を出し、インドネシア政府がそれを認めてしまった。これには国内外の多くの環境団体がやめるべきだと声をあげ、先週になって政府に「新たな深海テーリングは認めない(すでに許認可を出しているものはよい)」といわせることができた。わずかな前進ではあるが、現地の市民社会と連帯した成果だと思う。
■サハルディン氏の報告 南東スラウェシの現状
続いてサハルディン氏が、インドネシアの南東スラウェシ州におけるニッケル鉱山開発について次のように報告した。
インドネシアのニッケル埋蔵量は約43億4600万㌧といわれ、そのおよそ90%は南東スラウェシ州、中部スラウェシ州、南スラウェシ州、およびマルク州にある【地図参照】。インドネシア政府が戦略的開発地域として指定している工業団地を見ると、バンタエン工業団地は中部スラウェシ、モロワリとモロシ・コナウェは南東スラウェシ、ウェダ・ベイはマルクにある。
現在、南東スラウェシ州では、ニッケルの精錬所で稼働中のものが三つあり、それはアネカ・タンバンTBK社、オブシディアン・ステンレス・スティール社、ヴァーチュー・ドラゴン・ニッケル・インダストリー社のものだ。その他に同州では7つの精錬所建設計画が動いている。そのうちの一つがヴァーレ・インドネシアTBKで、日本の住友金属鉱山と一緒に、環境許認可を2013年に申請し、2020年に許認可が出ているが、その中身を私たちワルヒは入手できていない。
また、高圧硫酸浸出(HPAL)という高い技術を用いたニッケル精錬所が、インドネシアでは現在6カ所で稼働ないし計画されている。その一つがヴァーレ・インドネシア社と住友金属鉱山によるもので、南東スラウェシに計画している精錬所もこの技術を使ってニッケルを精錬する予定だという。
このヴァーレ・インドネシア社は、南東スラウェシ州の北コラカ県1カ所とコラカ県2カ所の計3カ所で精錬所建設のための鉱業事業契約を結んでいる。インドネシア全体で見ると、ヴァーレ社が所有している鉱区は南スラウェシに1カ所、中部スラウェシに1カ所、そしてこの南東スラウェシに2カ所ある。地図を見るとわかるが、南東スラウェシの鉱山開発によって沿岸部に住んでいる人たちがもっとも影響を受けるだろうと考えられている。
南東スラウェシ州の陸地面積は、381万4000㌶あり、そのうち保安林が約108万㌶、保護林が約28万㌶、生産林が約98万㌶ある。一方、この陸地面積のうち、多国籍企業がニッケル鉱山開発のために鉱業事業許可をとっている面積が約96万7000㌶(2012年)ある。ということは、陸地面積の25%を鉱区が占めることになる。
鉱山の汚染水が海も田も破壊
私たちワルヒは、コラカ県と北コナウェ県で現地調査をした。
沿岸部で暮らしている漁民たちは、漁場が汚染されたことによって生計を立てる手段が奪われてしまっていた。ナマコ、魚の養殖、海藻の養殖が壊滅的な影響を受けていた。沿岸の海はほとんど赤茶けた色に濁っていた。また、川の水に頼っている農民たちは、彼らの水田が流れ出てきた汚泥によって汚染されてしまい、収穫ができなくなった。
北コナラ県のブロックマンディオノという場所では、鉱山会社が森林を伐採してニッケル鉱山をつくろうとしているが、そこでは昨年の3月から10月の7カ月間で生産林を150㌶も違法に伐採していた。政府に報告したが、まだ法的な措置がとられていない。
こうした鉱山開発によって、南東スラウェシ州では洪水、鉄砲水、崖崩れが多発している。この3年間で南東スラウェシでは洪水が623回、鉄砲水が22回、崖崩れが126カ所で発生している。そのなかで大洪水は、鉱業事業許可が出されている鉱区の中で発生している。大洪水はコナウェで103回、北コナウェで88回、南コナウェで77回、北コラカで50回、コラカで38回も起こっている。これについては、採掘跡地の埋め直しがおこなわれていないために洪水を誘発する恐れがあることがわかっている。
鉱山から流れ出た土砂が堆積し、土地が乾燥してしまっているところや、鉄砲水で家が破壊されたところもあった。
この2年間で北コナウェで発生した洪水による被害は、住宅の流出や水没、水田の水没、橋、道路、電力網などインフラの損失などを含めて総額約6800億ルピアにものぼる。
抗議する住民達には厳罰化
こうした被害をもたらす鉱山開発の法的な規制はどうなっているか。
2020年に成立した雇用創出法(オムニバス法)は、その名称とは直接無関係の条項が入れ込まれており、その一つが鉱山会社に抗議する住民に対する取り締まり強化と厳罰化である。たとえば南スラウェシのワォウニ島では、多くの住民たちが反対運動に立ち上がって鉱山会社を追い出したが、その後3人が逮捕され、懲役2年5カ月がいい渡された。
また、企業の付加価値を増加させるための特定の措置をとることが決められている。たとえば中国のヴァーチュー・ドラゴン・ニッケル・インダストリー社は2年間、ロイヤリティ(特許権使用料)の支払いを免除された。投資する企業に対しては優遇措置がとられ、住民に対しては非常に厳しい対応がなされる法律になっている。
昨年の12月18日には、この精錬所で働く労働者たちが重機を燃やす事件が起きた。働いている労働者の権利が守られないことへの怒りが爆発した。精錬所の周辺に住んでいる住民たちは、この労働者の抗議行動を支援している。この企業は高いところに建物をつくり、住民たちの家が洪水に見舞われてきたからだ。
同じく2020年に成立した改正新鉱業法は、採掘エリアの境界を管理する規定がない。たとえばカバイナという島では、鉱区に出された許可のエリアが島の面積(800㌶)をはるかにこえる1400㌶となっている。非常におかしなことが起きている。実際には住民たちが暮らしている地域が鉱区の中にとり込まれてしまう。住民たちはそれに対してNOという権利がない。彼らがもし開発を拒否すれば、逮捕されてしまう。
改正新鉱業法はまた、鉱業事業契約を延長するとき、入札を一切おこなわなくてよいとしている。ヴァーレ・インドネシアは3カ所で精錬所のための鉱業事業契約を取得しているが、それもそのまま延長できることになる。
正常に暮らせる環境に戻せ
住民たちの要求は、まとめると次のようなものだ。
1、鉱山管理システムが環境、とりわけ海岸部と住民たちの耕作地を破壊しないようにすること。
2、非常事態対処計画と災害の軽減計画を立て、鉱山周辺に暮らす住民が洪水や崖崩れを予測できるよう準備をおこなうこと。
3、住民の生活への環境破壊の影響を軽減するため、規定に則って採掘場所の埋め立てをおこなうこと。
4、現行法に違反する森林地域と沿岸域の開発については、採掘を実施する鉱山事業者に厳しく対処すること。
5、環境局からのモニタリング結果は、住民が環境管理を改善する提言をしたり批判したりすることができるよう、透明性のある形で公開すること。
6、農民たちや漁民たちが暮らしのために利用できるよう、鉱山から流れてくる河川を回復し、鉱山廃棄物をとり除くこと。
7、鉱山周辺に住む住民たちの経済状況や壊れてしまった社会を元通りにすること。
ここで、ある村長の証言を紹介したい。「ポマラア郡のソプラ村、オコオコ村、ハカトブ村の409人の世帯主は、海が泥で汚染されたために魚を獲ることができなくなった。また女性たちは鉱山によって耕作地を奪われ、残されたのが乾燥地だけになったため、鉱山から出る廃石を砕いてそれを建設資材として売って生計を立てている。私たちの土地はヴァーレ・インドネシア社の鉱業事業許可区域内にあり、そこで耕作する権利を戻してほしい。住民に水を与えてくれるオコオコ川から東コラカのバンディア川までの流域を、きれいな状態に戻してほしい」。
最後に私自身のコメントをのべたい。いかなる鉱物採掘活動も環境のバランスを失わせる。沿岸域、小さな島々では破壊による影響がもっとも大きい。自然災害、たとえば洪水や崖崩れ、津波は、天然資源を利用するさいの人間や企業の強欲さによってもたらされたものだ。
未来のエネルギー・バッテリー・電気自動車は、都市部や先進国に住む人々が所有しているものだ。しかしながら私たち途上国の村に暮らしている者にとっては、鉱山の採掘の結果、住む場所が奪われ、豊かな未来を想像することは難しくなっている。
■質疑応答から
後半では参加者から質問を受け、サハルディン氏が答えた。田中氏やNGO・FOE Japanのメンバーも論議に加わった。
質問 鉱山から出てくる汚染物質、写真では赤茶けた水が出ているが、それは何なのか?
サハルディン ニッケル鉱山の場合、採掘した土砂が流れて来て、その中には重金属が混じっていると思われるが、よくわからない。環境局はそれを検査する義務がないし、鉱山会社からの説明もない。
質問 健康被害は出ているか?
サハルディン 周辺の住民たちにあらわれているのは喘息のような症状で、気管支系の疾患がたくさん出ている。鉱山があるところは住民が住んでいる地域だが、採掘が始まってから周辺の村の保健所にやってくる気管支疾患の患者の数が、以前と比べて30~40%も増えた。乾燥した砂やホコリが空気中に舞い、それを吸い込んで気管支疾患になっている。
FOE Japan 私たちはフィリピンのニッケル鉱山や精錬所の周辺で水質調査をしている。そのとき検出されるのが重金属で、たとえば六価クロム、マンガン、鉄、鉛、水銀などが出てくる。そのなかでも環境基準をこえて出てくるのが六価クロムで、それは皮膚病や肺ガンの原因になる。インドネシアでもおそらくそうした物質が出ているだろうし、環境基準を守っているかどうかという点も調査していきたい。
田中 ほぼ確実に生活圏にたくさんの重金属が流れてきているのに、そこに住んでいる人が把握できていないということが重要な点ではないか。
質問 ニッケルの精錬所はまだ建設中のものが多いという説明だったが、鉱山開発はいつ頃から始まり、どんな国の鉱山会社がかかわってきたのか?
サハルディン ニッケルの鉱山開発は1970年代から始まっているが、許可数がものすごく増えたのが2008年だ。このときは許認可の権限は県知事が持っていたが、700件の鉱業事業許可を出している。2017年になると、許認可の権限は州知事に移った。2020年の改正新鉱業法になると、すべての許認可権限を中央政府が握るようになった。
鉱山開発に参入している国で多いのは中国、ロシアで、シンガポールに事務所を構えている。精錬所への投資は台湾、中国、韓国がおこなっている。住友金属鉱山と組んでいるヴァーレ社は現在はブラジルの会社だが、元々カナダのインコ社を買収したものだし、オーストラリアの大手リオ・ティント、BHPビリトンも参入している。
質問 許認可を出すのが地方自治体の首長から中央政府にかわって、何が変化したか?
サハルディン 県レベルで許可が乱発されたという事実はある。それが州レベルになると、いいかげんな許可は取り消されるようになった。しかし、県レベルだと現地に行くまでの距離が近いので、環境局なりのスタッフが現場を管理することが可能だった。だが州レベルになると、役人が小さな島など現場に行って把握することが難しくなった。その結果、現場で違法な採掘がおこなわれるということが起きている。現在、中央政府に許認可権限が渡ったことによって、州が現場を監督する権限をなくし、ますます現場を管理することができなくなっている。
田中 エクアドルでも、地元に近いところの首長は鉱山開発に反対するが、中央政府になると国策だといって鉱山開発を押しつけてくる。世界各地の鉱山でそういうことが起きている。
サハルディン かつて許認可権限が県知事や州知事にあった当時、それは汚職の温床になっていた。ところが権限が中央に持っていかれることによって、汚職がなくなった反面、私たち資源を持っている地域の住民がその豊かさを享受できず、私たちが受けるのは災害と環境破壊となった。それが一番大きな問題だ。
質問 鉱山開発と精錬事業をめぐって、地元住民に情報を提供したり同意を得たりする仕組みはあるのか? ある場合、それはちゃんと実行されているのか?
サハルディン 住民が情報を得ることはできない。鉱山会社が政府から鉱業事業許可を得て、「このエリアは俺たちがこれから採掘する場所である」と住民に通達するのだ。そこで住民たちが反対すれば逮捕される。法律が住民たちをより不利にしている。
質問 洪水や鉄砲水と鉱山開発はどう関係しているのか? 気候変動と降雨量の変化の方が影響は大きいのではないか?
サハルディン 南東スラウェシでの洪水の原因は、鉱山開発の鉱区に当たるところで森林が伐採されていることだ。しかも土砂の流出だけなら茶色の水だが、そのなかに鉱山からの廃液が混じっているので赤くなる。それが海にまで流れ出ている。つまり鉱山の許可が一番大きな原因だし、それに加えて違法な伐採がやられている。
田中 現地に行ってみるとよくわかるが、スラウェシ島の山のかなりの森林が鉱山開発のために皆伐されている。この地域に降った雨は、森林に吸収されることなく一気に流れていく。
サハルディン コラカ県では、海に流れ出た汚泥によって島自体がなくなってしまったところがある。
質問 これだけ住民の意向を無視して鉱山開発をやり、汚染だけを地元に押しつけている鉱山会社を、どうすれば追い出すことができるか。日本にいるわれわれに協力できることはないか。
サハルディン 私たちが持っている一番の希望は、住民たちの人権、環境、漁民たちの暮らしが奪われないことだ。しかし一方で、今のグローバリゼーションのなかで、低炭素技術への転換を止めることはできないかもしれない。それを主張しているのが環境保護を訴えている人々だ。しかし忘れてほしくないのは、ニッケルを採掘している現場に住んでいる人々が命が奪われ、暮らしが奪われることはあってはならないということだ。今回、日本のみなさんとこうして討論する機会を得た。今後、投資をする側の国の人々と話し合うことが重要だと思っている。
田中 鉱山開発を支えるのは投資家であり、銀行からの融資だ。中国の企業が現場で採掘していても、資本は日本やカナダ、ヨーロッパだったりする。住友金属鉱山の事業であれば、私たちのお金を預かっている日本の銀行が投資している。開発企業が現地でやっていることに規制をかけるために、銀行に働きかけをしていくことも、私たちができることの一歩だ。
サハルディン 人権を大事なものだと考えるなら、車のバッテリーや再生可能エネルギーの電気を享受する向こう側には、多くの住民たちの汗や涙や苦悩があるんだということをきちんと考えてほしい。
田中 日本のなかでももっと議論を深めていきたい。世銀の報告では、低炭素技術への転換のためには、今から30年間、今の倍のニッケルを生産しなければならないとしている。南東スラウェシ州ですでに鉱業事業許可が出ているのは陸地面積の25%なので、単純に計算するとその倍の土地が奪われることになる。だが、そうすれば人は住めなくなる。そこまでしてニッケルを採掘しなくてもいいような暮らしのあり方、社会のあり方をつくることがわれわれの側の責任だと思う。