衆議院の農林水産委員会は17日、政府が提出した種苗法改正案を審議らしい審議もないまま採決に持ち込み賛成多数で可決した。12日の午前9時半に審議入りし、採決までわずか7時間足らずで、種苗法改正案の内容を国民に納得のいくように説明する構えもまったくなく、「採決ありき」を強行した。
種苗法改正は22年ぶりで、食料安全保障の根幹にかかわる種子をどうするかという国民にとって重要課題である。この間の国会論議では日本学術会議問題で長時間を割いてきた。その陰で、種苗法改正案は審議なしで委員会可決となっていることに疑念の世論は広がっている。これほど種苗法改正案の成立を急ぐ動きの他方で日本など15カ国が15日、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)に署名した。日本政府はできるだけ早い時期のRCEP発効をめざすとしているが、種苗法改正はRCEP発効とも関連した世界的な動きのなかで、多国籍企業が世界の種子を支配するという真の狙いがより鮮明に浮かび上がってくる。
現行の種苗法は、農産種苗法(1947年制定)を1978年に改定したものだ。農産種苗法は、食料難に直面していた敗戦直後に、農業生産の安定化及び生産性向上を図るために、優良苗種の品種改良を奨励することを目的にもうけられた。
その後1978年にユポフ条約へ加入するために、農産種苗法を全面改定して、現行の種苗法を制定し、日本は1988年にユポフ条約に加盟した。
ユポフ条約は1991年、モンサント社(現バイエル社)などが遺伝子組み換え作物開発を進め、バイオテクノロジーが種子開発の中心をなすようになるのにともない、その保護を主要目的とするように改定された。このユポフ条約改定で、登録された品種の自家採種・自家増殖は原則禁止となった。だが、各国の裁量で禁止作物を指定できた。
日本では当初は「農家の自家採種の慣行に配慮し、農家の自家増殖を認めない植物は、挿し木等によりきわめて容易に繁殖するキク等の花卉類48種類とバラ等の鑑賞樹59種類」に限られていた。だが「自家増殖禁止品目」は2016年には82種類に増え、2019年には387種類に急拡大した。そして今回の種苗法改正ではすべての登録品種の自家採種・自家増殖を原則禁止にしようとしている。
この背景にある論理としてモンサント社など多国籍企業が持ち出してきているのは「知的所有権」の保護の範囲の拡大だ。これまでの自由貿易協定のなかでは「知的所有権」については、おもに工業製品を対象にしていた。だが、モンサント社などは工業製品に限らず、動物や植物、微生物などの生命についても「知的所有権」として認めるようねじこんでいる。そして知的所有権に関する協定=TRIPS協定が1995年のWTOと同時に成立した。アメリカ政府はこのTRIPS協定よりも知的所有権の権限をさらに強めたTRIPSプラスを主張し、さまざまな自由貿易協定でこの協定を呑むことを交渉国に求めてきた。
ちなみにTRIPS協定では、植物や動物の特許は除外することもできるが、TRIPSプラスでは動物や植物での特許も入る。
2016年2月に署名されたTPP交渉(2017年にアメリカ離脱)でも、アメリカで推進の先頭に立ってきたのはカーギルやモンサントなどのアグリビジネス系の多国籍企業であった。安倍政府が種子法廃止を提起したのも2016年9月であり、その背景にTPPの動きがあったことは確実だ。
標的にされるアジアの農業 奪われる農家の権利
1991年の改定ユポフ条約は、先進国の種苗企業などのロビー活動で成立し、新品種の知的所有権を守ることを批准国に求めるものだった。TPPでもモンサントなどがつくるロビー団体もこの条約の批准と厳格な履行を参加国に求める要望書を米国通商代表部に提出しており、この動きが日本での種子法廃止、種苗法改定につながっている。
だが、生命に特許を認めることに対する反対は強く、TPPにもTPP11にもTRIPSプラスを盛り込むことはできなかった。
ところが日本政府はRCEP協定のなかにTRIPSプラスを盛り込むことを強力に働きかけ、圧力を加えてきた。
RCEPの加盟国はASEAN加盟10カ国(ブルネイ、カンボジア、インドネシア、ラオス、マレーシア、ミャンマー、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム)と、そのFTA締結国5カ国(オーストラリア、中国、日本、ニュージーランド、韓国)の15カ国だ。当初インドも加盟する予定だったが、昨年脱退。インド脱退の理由にも種子の自家採種禁止がかかわっている。
アジアでRCEP加盟国でユポフ条約を締結しているのは日本(1988年)、中国(1999年)、韓国(2002年)、ベトナム(2006年)、シンガポール(2004年)だけだ。それ以外の国はRCEP発効とともにユポフ条約批准が義務づけられる。また、TRIPSプラスが適用される。
1991年に改定されたユポフ条約は、種子を開発した企業の知的所有権を守り、農家の自家採種をする権利を奪う国際条約だ。この条約を批准した国はそうした保護品種の知的所有権を守る国内法をつくる義務が課せられる。一部の多国籍企業が知的所有権でもうけ、アジアをはじめ世界の農家が種子を採る権利を奪われる。
RCEP協定交渉のなかで日本政府は先頭に立ってユポフ条約加盟を推進し、「種子の権利を奪う」圧力を加えてきたことでアジア諸国の反発も買っている。たとえばインドネシアに対して日本政府が強い圧力をかけて自由貿易協定を締結することで種苗法が改定され、2019年9月にはさらに自家採種を禁止する法案が可決された。
インドネシアをはじめアジア諸国では、日本は名指しで「他国の農民の種子の権利を自由貿易協定を通じて攻撃するな」と批判されている。
RCEPを昨年脱退したインドでも種子をめぐる多国籍企業との攻防があった。インドでは種子企業がモンサントに買収され、遺伝子組み換えコットンが押しつけられた。種子価格は導入時には安かったがすぐにつり上げられ、債務が膨らみ自殺をよぎなくされる農民が続出した。自殺者は30万人にのぼったとも報じられ、社会的に大問題となった。政府は、モンサントが販売する種子価格の統制を決めた。
インドは生命への特許を否定し、2001年に「種苗保護および農民権利法」を制定し、登録品種を含む自家採種・交換する権利を農民に認めている。モンサント社の種子価格の統制ができたのもこの農民権利法があったからだ。インドではRCEP発効で農民権利法が無効にされることが強く懸念されていた。
多国籍企業への反発強まる 在来種の価値再認識
インドと同様に農家の種子を守る法律があいついで制定されている。
ブラジルでは2003年改定の種苗法でクリオーロ種子条項をもうけ、地域の農家が持つ伝統的種苗を守る政策をうち出した。韓国では多くの自治体が在来種保全育成条例やローカルフード育成条例を制定している。EUも2021年から有機農家がつくる種苗が売り買いできるようになる。アメリカでも2019年、ネイティブ・アメリカン種子保護法がつくられた。
また欧州特許庁は通常育種による新品種(植物、動物とも)には特許を認めないことを今年5月に決めた。遺伝子組み換え企業は通常育種の品種にも特許を申請しており、種子への特許に反対する運動団体が反対運動を続けてきた結果だ。
種子や苗に関しては世界的に大きな歴史的な変化が生まれている。それは過度の農業の工業化がもたらした地球規模の危機に直面したところからの転換だ。ここ30年を振り返ると、まず種子の世界で世界的に大きな流れをつくったのは多国籍企業だ。とくに1990年代後半以降、遺伝子組み換え企業を先頭に、種苗の知的財産化が急速に進んだ。
その結果、1998年以降、種苗市場では行きすぎた寡占化が進み、遺伝子組み換え企業4社が7割近い市場を独占している。また、世界で生産される種苗の品種の多様性が激減し、急速に在来種苗が失われ、単一作物の大量生産や気候変動などの影響で菌病や害虫被害が激増している。
こうした破局的な結果は、農業を民間企業にまかせ、大規模化させ、工業化させてきたことから行き着いたものだ。そこから、土や気候に適合した農地で自家増殖された種苗の意義が再発見され、追い詰められてきた小農の運動が世界的な規模で広がり、その権利が国連で認知されるまでになった。
とりわけ2007~2008年の世界食料危機以降、世界の流れは変わり、地域の多様な種苗が見直されてきた。自家増殖することは農民の権利としてだけではなく、種子が土や気候も記憶し、その地に適応していくことに光があたってきた。遠くでつくられた種子よりも、地域で育てられた種子の方が適応能力が高く、環境に与えるインパクトも低くなる。
他方でモンサントの遺伝子組み換え種子ビジネスでは、アメリカで開発した遺伝子組み換えコットンをブラジルやインド、アフリカに売りつけるということになる。モンサントは一品種の開発に平均150億円もの金をかける。ちなみにこれは北海道の種苗事業の予算の100年分だが、当然にも地域ごとにあった種子などつくっていては採算にあわない。
アメリカでつくった遺伝子組み換え種子を世界各国で育てるにしても気候も土も異なる。インドやアフリカでは生産量や品質において問題が多発し、裁判沙汰にもなっている。たとえばモンサントは南西アフリカの乾燥地域に対応する遺伝子組み換えトウモロコシにとりくんだが、アフリカの各地域で長く育てられたトウモロコシの方がはるかに適性が高く、南アフリカ政府はモンサントの遺伝子組み換えトウモロコシの承認を拒絶した。
種苗法改正案の問題周知を
寡占状態にある多国籍企業の品種ではなく、伝統的品種を含む地域の多様な在来種の重要性が見直されているのも当然のことだ。
世界的な流れを見ると、モンサント社など一部の種苗企業による種苗の独占や、種苗事業において民間企業が中心になるというのは過去の話になっている。むしろ在来種を守ることに注目が集まり、種子の決定権こそが民主的な社会の基盤であるとの主張が高まり、それに沿った政策が世界各地で生まれている。
こうした世界的な流れに真っ向から逆行しているのが、日本政府の種苗法改正やRCEPだ。1990年代後半の発想のままであり、生命への特許を認め、知的所有権を持つ極少数の企業が世界の食を独占する方向をめざすものだ。
モンサントなどによる産業的な種子による食料生産は地球上では4分の1にすぎず、4分の3の食料は農民の持つ種子で供給されている。日本政府の種苗法改正やTPPやRCEPなどの自由貿易協定は、農民の種子の権利を奪い、モンサント社などがつくる産業的種子を押しつけることを狙うものだ。種子を独占することは食料生産を支配し、命をも支配することにつながる。
RCEPでアジア諸国の農民の種子を奪うことは結局、国内の農家の種子を奪うことにもつながっている。種子を奪うことで多様性が失われ、気候変動にも弱くなり、世界の食料安全保障はさらに脅かされるのは必至だ。とりわけ食料自給率38%と極端に低い日本では、食料生産の元になる種苗の地域自給率を高めることが最優先課題となっている。
食料や農業をめぐる世界の流れにも、時代の要請にも大きく逆行する種苗法改正案の問題点について、国民的論議を深め国民運動のうねりを起こしていくことが求められている。