カラオケ大手に委託って本当なのか?
下関市では現在、老朽化した南部学校給食調理場の建て替え計画が進行している。地方卸売市場新下関市場の敷地内に1日当り最大約8000食を提供する大型の学校給食調理場を建設し、旧市内の自校方式の調理場も集約する計画で、2022(令和4)年の運営開始をめざしてきた。これまでも公務員削減の一環で、調理業務の民間委託が進んできたが、今回大きく変わるのは「民設民営方式」となる点だ。建物の建設から所有、維持管理、調理、配送などすべてを民間事業者に一括して委ねることになる。しかし、子どもたちが食べる給食がどうなるのか、当事者である小・中学校の保護者も、現在学校給食にかかわっている栄養教諭や調理員なども計画について何の説明も受けないままの状態で事業者との契約がおこなわれようとしており、保護者をはじめ関係者のあいだで説明と再考を求める声が広がっている。
下関市の学校給食は、幼稚園、小学校、中学校の合計1万8153人を対象に実施している(実施率100%)。うち自校方式が約1万2000人分と大半を占めており、そのほか親子方式(近くの小学校で調理し配送する)で291人分、共同調理場(6カ所)で約5800人分をつくっている(5月1日現在)。共同調理場から配達する学校が増えてきたとはいえ、まだまだ身近に調理員がいる環境の学校が多いといえる。
ただ、これらの施設のうち老朽化した自校方式の給食室や共同調理場の建て替えが必要となっており、公共施設等総合管理計画(公共施設マネジメント)のなかで「改修及び集約化を検討する」とされている。今回、8000食の調理場建設の発端となったのは、南部学校給食調理場だ。同調理場は彦島江の浦に位置し、1日約2200食(9校分)の給食提供を担っている。この施設が築50年以上たっていることから、老朽化が著しく、数年前から建て替えが検討されてきた。新施設の整備候補地として、同じ彦島内にある玄洋公民館の敷地、地方卸売市場新下関市場(市内一の宮)の敷地が候補にあがり、最終的に新下関市場敷地内に決定した。
これまでに、新施設はHACCP対応の施設とすることなど、おおまかな基準や、新調理場が担当する学校(受配校)案などが示されている。南部調理場で供給してきた9校に加えて旧市内の自校方式13校を集約するほか、中部学校給食調理場(新下関市場そば)から提供している学校のうち1校を加えた計23校を対象とする予定だ【表参照】。
建て替えを実施するうえで市教育委員会は、2018(平成30)年度にPFI導入可能性調査をおこない、「公設公営方式」「PFI手法BTO方式」「民設民営方式」の三つの手法で事業費を比較した。その結果、翌2019(令和元)年度に「民間事業者が持つノウハウや創意工夫などが最大限発揮でき、効率的かつ効果的な運営が期待できるとともに、市の財政負担の軽減や給食の質の向上が期待できる」という理由で民設民営方式とすることを決定した。全国的に「民設民営方式」の学校給食調理場は数カ所しか存在せず、下関市は「先進」事例になるとみられる。
このさい24社を対象に参入可能性を調査している。「PFI手法BTO方式」の場合、「積極的に参加したい」が9社、「参加したい」が9社となっており、「民設民営方式」の場合は「事業代表として参加」が4社、「事業代表からの受託」が9社、「下請けとして参加」が1社という結果になっている。いずれにしても参加意欲を持つ企業が複数いることがわかる。
15年間の契約で総事業費は上限100億円。市教育委員会によると、建設までは民間事業者が資金を調達しておこない、運用開始後に整備費(建設費)や維持管理費、運営費を毎年市が支払っていく形になるという。食材費はこれとは別枠にして保護者から徴収した給食費から支払う【図参照】。建物の所有は民間事業者となり、公共施設ではないため、文科省の補助金は申請していないほか、自由度が高まるよう仕様も細かく定めないという。裏返すと学校給食に市教委が責任を持たない体制に移行するということでもある。
これだけの大規模な全面委託契約になると資金面、人材面などから地元業者では不可能だと語られている。下関市の学校給食は1食250円だ。収益を上げるために学校給食以外の事業をおこなうことも想定されており、市内の建設業界などではこの計画が持ち上がって以降、「某カラオケチェーンが参加するようだ」「広島の給食業者がK建設と組んで参加するという話だ」などと話題にされている。
今年3月議会で、下関市教育委員会が説明したスケジュールではプロポーザル公告・事業者募集を2020(令和2)年度の春におこなう予定だったが、新型コロナの流行もあって計画は遅れ、今秋に延期されていた。現時点で年明けまで延期になる可能性も強まっている。
運営体制も業者まかせ
現在、行政内部では事業者に示す要求水準書(市が求める基準を定めたもの)の作成が進んでいる。しかし、この過程で子どもたちの給食提供や食育にかかわっている栄養士・栄養教諭、教師、保護者などへの説明はなされていない。保護者のなかからも「どのような給食センターができるのだろうか」「民営化して市が運営しない施設になって大丈夫なのか」「自校方式からセンター方式に変わるとどうなるのか」といった声が上がり始めている。
説明時期について市教育委員会に確認したところ、新調理場建設は民間業者が建設し、民間業者が運営するため、保護者に向けた説明は、事業者が決定し、仕様が決まったのちに初めておこなうという。つまり、市民が説明を受けるのは事業者と15年間の契約を結び、ひき返すことができなくなった段階だ。自校方式の給食から大規模調理場かつ民間事業者の提供する給食に変更するのかどうか、学校給食のあり方について、保護者や関係者に意見を聴取する予定はない。「市民が直接使う公共施設ではなく、“給食の提供を受ける”ことが目的なので、説明したり要望を聞く必要はない」というスタンスだ。
PFI手法の場合は法律で手続きが定められているため、途中で実施方針や要求水準書(案)が公表されるが、民設民営方式はその法すら適用外となり、PFI方式以上に情報公開がなされないようだ。
より問題なのは、どのような運営体制になるのかが不明確な点だ。子どもの教育に携わる関係者のなかでは、とりわけ子どもたちが毎日口にする給食が安全であるのか、栄養バランスはどうなのか、温かいものが食べられるのか、食育ができるのかなど、給食の安全性や質についての関心が高まっている。学校給食がバランスのとれた食事を摂取する唯一の機会になっている子どもも増えている。また子どものアレルギーや発達障害の増加などの原因が「食」にある可能性もわかってきて、子どもたちのために、よりよい学校給食を実現したいという思いから、学校給食のあり方を大きく転換する自治体も広がっている。
しかし、下関市の場合、「可能な限り民間事業者の自由な提案を受けるため」に、要求水準書も細かく仕様を定めないと説明している。献立案を立てるのは民間事業者なのか、これまで担ってきた栄養士・栄養教員がかかわるのかも曖昧なままで、「地場産食材をできる限り使用し、献立案の作成や教育活動などに協力する」と記載されているだけだ。食材調達についても「新下関青果市場や市内業者からの調達に努める」と努力目標が定められているに過ぎない。
「質」についても、「自校方式の学校を残して比較対象とすることで担保する」といった説明がなされているが、すべてが「業者の提案を受けてから」だ。下関市教委として教育の一環である学校給食をどう実施するのか、食育をどのようにおこなうのかといった根本的な議論が抜け落ちたまま契約が結ばれようとしている。
学校給食は教育の一環
給食はただ食べさせればよいものなのか。下関市内の学校現場では、親の生活環境が変化し、子どもたちの「食」の格差が広がっている現状から、「食べる」ことが以前にも増して大きな課題となっている。これに正面から向き合い、自分で考え行動できる力をつけさせようと、食育にとりくんでいる学校も増えている。
ある小学校では、子どもたちに食事の内容を聞いたところ、朝晩きちんと食事をしている子がいる一方で、カップラーメンばかりの子、朝晩チョコレートという子、夜ご飯は3日に1回しか食べていないという子がいる状況だったという。母親が仕事で家にいる時間が短くなり、こうした状況は普遍的なものとなっており、「お腹いっぱい食べているのに栄養失調」という事例が珍しくなくなっている。
そのような子どもたちに、給食には15品目あり、人間に必要な栄養バランスを考えてつくられていることを教えたり、「食べる」という個人的な営みの後ろには、野菜やコメをつくる農家の人がおり、料理する調理員がおり、多くの人の手によって支えられていることを実際に見せて教える。地道な働きかけだが、自分たちを支えてくれる人に感謝し、思いをいたすことが、クラスの友だちを思いやったり、助け合う気持ちや行動につながるなど、かかわってきた教師たちは食育を通じて子どもたちの意識や生活が少しずつ変化している実感を持っており、「学力も生徒指導も食育が基本」と語っている。このとりくみで力を発揮するのは自校方式の給食だ。
自校方式の小学校に子どもを通わせる保護者は、「三色の栄養を教えてもらい、“今日の給食は赤は〇〇、黄色は〇〇、緑は〇〇”といった食育をしてもらっている。畑でつくった野菜を給食に入れてもらうこともあり、その日は放送委員会が“今日のは五年生がつくったジャガイモです”と放送する。子どもと調理員さんのふれあいもあり、身近に調理員さんがいることで感謝の心を育てたり、生きた教育になっている」と話した。
何より、作り手と子どもたちの距離が近い自校方式の方が、よりおいしい給食を食べさせることができるといわれる。ある保護者は、センター方式の学校から自校方式の学校に転校し、子どもが「給食がおいしい」と感動して帰ってきて、それほど違いがあることに驚いたという。味覚は子どもの時期に決まる。この時期に何を食べるかで、その子の一生の食生活が規定されるといっても過言ではない。「それが自校方式のよさなのに、それをなくしてしまっていいのだろうか。しかも栄養士さんも知らないままだ。この話を聞いたとき、下関は終わった…と思った」と話した。
計画を知った保護者や関係者のあいだでは、8000食の大規模な共同調理場に集約することへの疑問が語られている。
食中毒が出たときにどうなるのか、利益を出す必要がある民間企業が質を保証することができるのか、育てた野菜や地域の農家の野菜を使って調理してもらうような食育ができるのか、教育的な側面からの疑問点が多々上がっている。とくに献立まで民間業者に丸投げになる可能性があることへの危惧は強い。ある関係者は「子どもの食はすごく大事なことなのに、市内の栄養士や給食調理員にも知らせないまま市役所の上の方で勝手に決めておろしてくることが一番腹立たしい」と話し、保護者にも内容を知らせ、意見を聞くべきだと指摘した。
現在、全市の小・中学校に栄養士・栄養教諭が18人おり、旧市内は毎月全員が集まって栄養バランスや地域の食文化に触れることなどを考えながら献立案を作成し、調理員の意見ともすり合わせて1カ月の献立を決定しているという。多くの人が心を砕いて子どもたちの食に携わっている。下関市がこうした教育に力を入れる道を選択するのなら、むしろ自校方式を広げる方がより効果的であり、戦略的な判断として投資することも考えられる。共同調理場の建て替えは、下関の教育のあり方をおおいに議論するいいきっかけでもある。
各地で民営化の弊害も
「民間のノウハウを活用してより効率的に」というかけ声で学校給食の民営化が推進され、現在、全国で調理業務は50%以上、食器洗浄は約50%まで民間委託が広がっている。建て替えを機にした共同調理場への移行も進み(現在もPFI方式での建て替え案件が多数進行している)、単独調理場1万218棟に対し、共同調理場3333棟となっている(今年9月時点)。その背景にあるのは地方自治体の財政難だ。学校給食の民営化は給食市場の拡大を牽引する存在ともなっており、業界では「需要が増加する分野」として扱われている。
一方で弊害も露呈し始め、見直す動きも強まっている。中学校でデリバリー方式を導入した自治体では、異物混入や残食の多さなどが問題になってきたほか、今年6月に小・中学校で3000人をこえる集団食中毒が発生した埼玉県八潮市の学校給食審議会は今月4日、これまでの民間への全面民間委託方式を改め、「公設公営もしくは調理業務のみ民間委託の学校給食調理場を設置すること」を答申した。献立の海藻サラダを前日に水戻しし、加熱処理しないまま提供したことが直接の原因とされているが、民間業者に学校給食を全面委託してきた結果、栄養教諭や学校栄養職員の配置がゼロ人となっている体制上の問題をより根本的な問題ととらえ、食育と衛生管理に責任が持てるよう栄養教諭と学校栄養職員を配置するため、民間への全面委託方式から、公設公営もしくは調理のみ委託する方式に移行することを提案している。さらに、大規模集団食中毒のリスクを分散させるため、複数の共同調理場を設置し、自校方式や親子方式での運用ができる学校については、そちらを採用することとしている。
積極的な施策として、学校給食を第一次産業振興のエンジンと位置づけてとりくむ自治体や、子どもたちが大人になったときに地元食材を購入するよう食育にとりくんでいる自治体、安全・安心に力を入れ有機食材を給食にとり入れている自治体などが広がり、学校給食は大きな注目を集める存在となっている。「学校統廃合を見越して」とか「財政効率化のため」など、目前だけに目を向けるのではなく、先を見据えて方向性を定めるなら、学校給食は多くの可能性を秘めている。
契約後の後戻りできない時点で説明するのではなく、いったんストップし、子どもたちの成長に重要な位置を占める給食を大規模化・民営化してよいのかどうかも含め、保護者や教育関係者の意見に広く耳を傾け、ともに考える姿勢が求められている。