下関市で10月31日に市民有志による『考えよう! 下関の食と農』と題する勉強会がおこなわれ、下関市、山口市、萩市、北九州市などから農業者、有機農業者、兼業農家、母親、子どもの教育にかかわる人々、子ども食堂関係者、介護関係者、栄養士、市議会議員などが集まった。会では、特別講師として日本の種子(たね)を守る会アドバイザーの印鑰(いんやく)智哉氏が講演をおこない、昨今の「食」「農業」をめぐって日本で起きている問題や、そのことによって地球規模で起こっている変化とその原因、そして社会を形作っていく一人としてなにをなすべきなのかを参加者に語った。参加者のなかには日頃からこうした社会問題に向きあい、活動している人も多く、活発に質問が出され、今後の社会のあり方を見据えた熱い交流の場となった。
開会の挨拶の後、印鑰氏の講演が始まった(講演全文は別掲)。
印鑰氏はまず、ウイルスと人間との関係について説明。遺伝子を解析する技術の発達のなかで人間の遺伝子の半分近くがウイルス由来であったことが判明しており、コロナウイルスのようにウイルスは怖いものだと思いがちだが、実は人間の体の一部でもあり、さまざまな生物が支えあって生きていることを確認し、次のように語った。
地球が現在のような形になってから46億年といわれるが、この地球を生命に満ち溢れた星にしたのは微生物だ。植物は自分で窒素をつくることはできないため、かわりに微生物がミネラルを集めてくる。より多くのミネラルを集めるために植物は光合成をおこなって炭水化物をつくり、その4割を土壌に流して微生物を呼び込む。その炭水化物を求めて微生物が集まってくる「共生」の関係が築かれている。こうしてもとは土がなかった地球に豊かな土壌ができ上がっていった。ところが、この土壌があと60年でなくなるという危機に瀕しており、世界の土壌学者が警鐘を鳴らしている。その原因となっている一つが化学肥料。さまざまな菌類が絶滅してしまうといわれており、あと30年で地球上の100万種の生物が絶滅するといわれている。
印鑰氏は、「実は今、同じことが人間の腸でも起きている」として、遺伝子組み換えや農薬の使用が人間の体を蝕んでいると指摘。アメリカでは遺伝子作物の栽培が始まったころから、癌、糖尿病、パーキンソン病、自閉症、発達障害などさまざまな疾病が急増していることを紹介。米国の母親たちの危機意識も広がり、こうした食べ物を「食べない」ことにより症状が劇的に回復することも明らかになっていると話した。そうしたことから世界では遺伝子組み換え食品を追い出す運動が高まり、同時に有機市場が拡大してきた。行き詰まった遺伝子組み換え企業が考えたのが「ゲノム編集」だ。
さらに、今の医療、農業、環境、生態系、多様性、健康などさまざまに起こっている問題の中心に「大量生産される工業的食」があることを指摘し、この問題を解決していく動きが急速に広がっていることを紹介。そのなかで日本は世界と真反対の動きをとっており、2018年の主要農作物種子法廃止、農業競争力強化支援法成立、そして今国会にも提出されている種苗法の改定がある。この国の動きに対し、日本でも地域の「食」を守る動きが始まっており、都道府県ごとの種子条例の制定をはじめ、子どもたちの給食を有機にする動きも始まっているとのべ、その事例を紹介した。
最後に、日本で昔からおこなわれてきた地域に根付いた循環型の農業こそ世界が目指す農業であることにふれ、「私たちは食を変えていく。食が生物多様性を壊しているわけだから、食を直すことがこの対策の根幹にあるべきだし、それが今可能になっている。技術もそろっているし実例も世界中にある。この動きが山口、下関でも発展していくことを祈っている」と話し、講演を終えた。
農薬や化学肥料抑える農業
講義後の質疑では参加者から次々に手が上がった。
初めに挙手した女性は、日米貿易協定をきっかけに「食」という問題にたどり着いたと話し、「食に対してまったく疑問を持ったことがなく“みんなが食べているから安全ではないか”という考えの方に説明しても伝わらない」と質問。これに対して印鑰氏は、「食の問題はすぐにわかってくれる人と、わからない人とで差がある。わかっていない人に説明するのは非常にエネルギーを必要とする。一番効果的なのは、いわなくても伝わる人たちと話していくこと。3%の人が確信をもったときにシステムは変わるといわれている。わからない人たちを見捨てるわけではない。3%の人たちが動いて変われば、そのような人も救える。3%の人たちを増やすことの優先順位を上げるべきだ」と答えた。
ほかにも、「学校や公園でラウンドアップを撒いており、それを止めたい。そのさいにやめてくれというのは簡単だが、代替方法を提示しないと進まない。人手やお金をかけずに工夫してできる方法はあるのか」という質問に対しては、例としてケルヒャーの温水除草機を紹介した。
「温水をやると根まで枯らし、ほとんど生えなくなってしまう。温度が高く大人が作業しなければならないが、作業さえ気を付ければ危険は残らない。科学物質は一切残らない。もちろんエネルギーは使うが、それをやることで除草の効率は断然いい。ラウンドアップを撒き続けているとさまざまな副作用があるが、この方法は副作用はない。今、オーストラリアではラウンドアップ散布を禁止している自治体がたくさんあり、なにをやっているかというとスチームや温熱だ。それを自治体で買うなどして使い回してもらえれば除草は解決する」と答えた。
また、「全国で放射能汚染土を農業や公共工事に使おうとしている。福島では農業で使う実験もおこなわれている。有機を進めたいが、汚染土がばらまかれたら私は日本の食品は買いたくない。これに対しても情報はあるのか」との質問に、「それに対しては自治体レベルで“使うな”という圧力を強めるしかないと思っている。ただ、今生物多様性がこのような状態になっていることは世界の共通認識だ。そんなこともあって実は農水省、環境省、厚労省でも、有機農業をやらなければならないと考えている人が内部にはたくさんいる。地方自治体で、今やっている有機農家から買おうと思ってもできない。有機農家をつくらなければならない。有機農業は農薬と化学肥料を使わない農業ではない。もしそんなことをしたら、日本は温帯モンスーン地域で、虫も多いし草も大変になってしまう。それを効果的に抑える技術を学ばなくてはならない。その研修を自治体が支援してやってあげることがどうしても必要だ」とのべ、千葉県いすみ市の実践を紹介。「こういうことを押し上げることで悪いものを止めていくしかない」と答えた。
自治体動かし地域認証作る
農家からは、農業の現状をもとに切実さをともなった質問も出された。
市内の兼業農家は、「有機の生産物だが、場合によっては厳しい定義をなされる場合もある。どういうものを定義としているのか」と質問。印鑰氏は、「定義というのは難しいが、耕作によってそこの農地がさらによくなっていくというのが大事だと思う。いろんなものをぶち込んでいいものができればいい、というのはあまりよくない。自然の循環でできることが大事で、ただ、いきなり100%有機を目指さなくてもいい。最初は特別栽培米や減農薬でもいいと思う。とくにネオニコチノイド系農薬が神経を壊してしまう。子どもたちの自閉症の原因もこれでつくられているのではないかと考えられている。ネオニコチノイドを使わずにコメをつくろうというのが非常に重要だし、例えば自治体で地域認証をつくってもいいと思う」と答えた。
そして、大分県臼杵市、埼玉県小川町などでは独自の有機認証をつくっていることも紹介した。一方で有機認証であるJAS有機は年間20万円と、農家にとって大きな負担になっていると話した。地域認証であれば年間数千円で、農家負担がかなり減ると話し、「その理由は消費者が参加しているからだ。今までだと全部農家が証明をしなくてはならず、農家が書類をたくさんつくって認証をとっていた。そうではなく、消費者、専門家、流通業者などが認証に参加する。これを参加型認証(PGS)というが、これはお互いの農家が品評しあい、農家同士で高めあうことができる。よりよい有機がつくれるので、地域のとりくみが非常に大事だ。とくに消費者が支援し、行政が予算を出す、そのためには議会を変えなければならない、そのためには行政に対して声を出さなければならない。そのようなとりくみをみんなでして、ラジオやフリーペーパーにでも出れば議員の目の色が変わる。次の選挙があるから。地域は変えていけるので、ぜひ巻き込んでいっていただければ」と答えた。
市内の女性は、「有機野菜や有機米を子どもたちに1日も早く届けたいが、下関では給食センターや給食室が老朽化しているということで新しく新設した大きなセンターから各学校に配るという動きがある。塩素系のもので衛生管理をしたり、カット野菜を多用したりと、ミネラルを損なうようなやり方で子どもたちの給食をつくっていると聞いた。どんなにいい食材を使っても衛生管理に対する違った認識でやってしまうと意味がない気がするが、いすみ市や今治市ではどうしているのだろうか」と質問した。
印鑰氏は、「小中学校では規模も大きいため、既存の仕組みとたたかうことになる。いすみ市では市長が旗を振ったために変えることができた。センター方式になってしまっているところでは、システムとしていろんな業者も入っていて変えることが難しい」としたうえで、「一つの考え方として小中学校から始めないで、保育園・幼稚園で始めるというやり方がある。そこで成功例をつくっていけば変える力になる。成果をあげ、理解者を増やしていくことから始めるのも手だと思う」と答えた。
若手の農業者は、現在の食料自給率の低さに触れ、「東京の食料自給率が1%とあったが、あれだけの日本の中枢を動かしているところで、食料危機が起きたとき、日本中の食を集めても賄いきれないだろう。有機以前に食料危機の方が問題になるのではないか。有機でそこを賄えるのだろうか」と質問した。
印鑰氏は、「国連はアグロエコロジーを世界の解決策だといっている。なぜかというと、農薬や化学肥料を使わない農業が生産を高めることができるというたくさんの経験を積み重ねているからだ。問題はそれをどうやって広げるか。そのために世界中でセミナーを使ったり、政府に施策を進めるようにやっているが、日本はこれをまったくやってこなかった。これを変えなければ変わらない。有機にしたから生産性が下がるということはないと思っている。そのことによって今起きている生態系の破壊が変わる、だからこそ世界では有機農業が増えてきている。有機農業よりも慣行農業を強めていく方が先ではないかというのは少し違うのではないか」とした。
勉強会後には懇親会が開かれ、参加者同士がどのような思いで参加したのか、これまでどんな活動をしてきたのかなどを交流した。これまで交わることのなかった人々が「食」「農業」を通じて知りあい、今後もさらに多くの人とつながり、現状を変えていく力にしていく意気込みにあふれる会となった。