今国会で種苗法改定が審議入りしようとしている。グローバル種子企業の要求を背景にした改定案をめぐって、国内農業をさらに衰退させる危険性を多くの関係者が指摘している。この議論のなかで、これまで野菜や果樹に焦点が当たってきたが、主食であるコメはどうなるのか、日本の種子(たね)を守る会が17日に開催したオンライン全国集会でパネリストとして参加した安田節子氏(食政策センター・ビジョン21主宰)に寄稿してもらった。
--------------------------------
種子法の廃止、農業競争力強化支援法(八条四項)、そして今回の種苗法改定と、種子に関する法律は次々改悪されている。種苗法改定の議論のなかで野菜や果樹が議論の俎上にのぼっているが、私たちの主食であるコメはどうなるのかという点について考えてみたい。
農水省は、種苗法改定を「海外流出防止のために農家の登録品種使用は許諾が必要になる」としている。しかし、海外流出防止というのは後からとってつけたような理由でしかない。農水省自身がホームページで「海外流出防止は物理的に不可能。海外での品種登録が唯一の防止策」と記載している。農家の自家増殖を禁止しても海外流出防止は防げないのが実際だ。
農水省はまた、「登録品種は国際的に自家増殖を認めていない」と主張している。しかし、EUやオランダ、イギリスなどでは、穀類やジャガイモなど国民の生命にかかわる重要な作物は登録品種であっても「例外作物」として自家増殖を認めている【表1】。小規模農家に許諾料なしの使用を認める特例もある。日本国内の場合、多くの農家が「小規模農家」に該当する規模だ。ここから見ても農水省がいう「登録品種は国際的に自家増殖を認めていない」というのは嘘である。各国ともに大事なものは守っているのが実際だ。こうした海外の事例から見ても、すべての作物、すべての農家を対象に一律に自家増殖禁止(農水省は「許諾制」といっている)にしようとしているのは日本だけだ。
2018年の種子法廃止でコメ、麦、大豆の主要作物の種子を公的に支えていた制度がなくなり、同時に農業競争力強化支援法(八条四項)で、これら公的機関が蓄積してきた種子に関する知見を民間企業に提供することを促進することとされている。今後、日本の主食であるコメも、公的種子から民間の種子にかわっていくことが想定される。ここでEUなどのように主要農作物を例外とせず、「一律許諾制」となることを考えたとき、コメはどうなるのか? という問題がある。野菜やその他のものについてはすでに公的機関が登録品種にしているものが多々あり、農水省が「心配しなくていい」というのは事実かもしれない。
しかし、公的種子であったコメが今後どうなるのかを考える必要がある。国内ではコメ農家のうち自家増殖をしているのは10%ほどといわれているが、今後民間の品種が席捲していくと、農家は毎年、種もみを企業から購入するようになっていく。現在、日本国内には600品種もの多様なコメの品種が栽培されているが、民間企業がこれまであったような多様な種もみを売ってくれるかというと、そうはならない。売りたい品種を販売するのは当然のことだ。「品種の収斂」ということも農業競争力強化支援法でうたわれており、多様な日本のコメをすごい勢いで企業が集約していく可能性がある。
もう一つ、ゲノム編集種子の投入も十分にあり得るという問題がある。アメリカではゲノム編集でイネや小麦、大豆なども開発されている。ゲノム編集作物はアメリカでは「一般品種」として扱われる。ヨーロッパはゲノム編集に遺伝子組み換えと同様の規制がかかるが、アメリカでは「普通の種子」として、安全性評価も表示も不要なまま出回りつつある。日本に種子を売りたいアメリカの多国籍企業はこのゲノム編集に注力している。彼らがこの種子を売ろうとしたとき、当然ながら品種登録する。しかし日本では登録品種も農家の自家採種(自家増殖)が認められている。これでは企業にとって儲けが少ない。そこで農家の自家採種(自家増殖)を禁止しなければならないという思惑が働いているのではないかと思う。昨年トランプ大統領はゲノム編集作物・食品について市場拡大の障壁を取り除くための措置を講ずることを命じる大統領令に署名している。
コメの検査規格の大幅な見直し
そして今、コメの検査規格の大幅な見直しが急ピッチで進んでいる。今まで私たちはコメの検査規格の見直しを求める会として、仲間と一緒に検査規格の見直しを長年求めてきたが、何度交渉しても前進しなかった。「これは中間業者の取引のための法律であって、あなたたち消費者や農家のためのものではない」といって拒否されてきた。ところが今回突然、これが全面的な見直しが進められている。
なぜ私たちが見直しを求めてきたのかというと、カメムシ斑点米(着色粒)にものすごく厳しい等級があり、着色粒が1000粒に1粒(0・1%)までなら一等米だが、それ以上になると二等米、三等米になってしまう。そうするとコメの価格が下がるため、農家は一等米をめざしてカメムシ防除に励むことになり、ネオニコチノイド系農薬が大量に使われる。私たちはコメからネオニコチノイド系農薬を摂取している現実がある。
一方、輸入米には等級がない。そして着色粒の規定は1%までだ。つまり国内基準の10倍もゆるい。また、検査を受けないコメは「未検査米」と呼ばれ、コメの3点表示「産地」「産年」「品種」のうち、産地のみしか表示することができない。さらに「未検査米」と表示しなければならない。問題のあるコメのように見えるので、検査は任意であるが、ほとんどの農家は検査を受けざるをえないという問題があった。
これに対し、なぜかコメの規格・検査の見直しが急ピッチで進み始めている。2019年3月、「農産物規格・検査に関する懇談会」が農業競争力強化支援法を踏まえ、規制緩和が必要とする論点整理をした。そして2020年4月、規制改革推進会議の第9回農林水産ワーキンググループに(株)ヤマザキライスから意見書が提出され、それを反映した「農産物検査規格の見直し」を盛り込んだ規制改革実施計画が提言された。そして七月、ただちに閣議決定され、「農産物検査規格・米穀の取引に関する検討会」が立ち上がり、ここで結論が出されることになっている。検討会は9月に2回開催されるなど異例のスピードで審議されている。ほぼ規制改革推進会議の提言通りになることが見込まれる。
(株)ヤマザキライスの意見書の内容は大きく【表2】にあげた点を求めている。
これを見ると、私たちが求めてきた農家にとっても消費者にとっても不利益を与えてきたコメの検査規格が解消される内容であるが、よくよく見ると大規模生産者とコメ輸出業者の利益と一致するものであると感じざるを得ない。7月の閣議決定はこの(株)ヤマザキライスの要望をほぼそのまま盛り込んだ内容となっている。
日本の穀物自給率は28%と非常に低い。そのなかで唯一自給しているのがコメなのだ。だけである。しかし今、輸入米の増加が続いており、コメの自給が脅かされている。
コメをめぐる動きをふり返ると、まずガット・ウルグアイラウンドでミニマムアクセス米が導入され、現在、年間消費量の1割以上を輸入している。現在77万㌧輸入しており、そのうち米国産が36万㌧と半分以上を占めている。さらに、TPP協定では無関税の輸入枠で7万㌧上積みした。そして今、日米FTAの追加交渉で農産物関税の削減が進もうとしている。この動きをみると、今まで死守してきたコメの関税も、もしかしたら引き下げられるか、一層の輸入量の上積みが要求されるのではないかと危惧している。
このなかでコメの検査規格の見直しが急ピッチで進み始めたのを見ると、コメの本格輸入が待ち構えているのではないか、それを見据えた検査規格の見直しではないかという疑念が拭えない。種子法廃止や種苗法改定もその一環ではないかと考えている。
今、コメの消費が落ち込み、コメ余りのなか、米価が下落して農家は疲弊している。アメリカのためにコメが明け渡され、輸入米がどんどん入ってくれば日本の稲作の衰退に拍車がかかるのは明らかだ。唯一の自給作物であるコメの自給の崩壊が待ち構えているのではないか。日本がコメの自給を失えば、食料安全保障は完全に崩壊する。
種子悪法三法は撤廃させなければならないと強く思う。農家の種とり、自家増殖は企業が持つ育成者権よりも上位の自然権で、もともと備わったものだ。これを脅かす種苗法改定は許してはならない。例外作物をもうけているEUですら、登録品種の自家増殖を認めないことに強い批判を浴びている。そのためさまざまな特例を設け、影響を少なくしようと対策が講じられている。日本が種子から自給できているのはコメだけだ。このことをぜひみなさんに気づいていただきたい。種苗法改悪をなんとしても阻止したいと思う。