中国電力は7日、上関原発建設予定海域の一般海域占用許可を山口県に申請した。そのことについて、漁業権にくわしい明治学院大学名誉教授の熊本一規氏に問題点を聞いた。
中電の上関原発建設計画は1982年に計画が浮上して以来今年で38年になるが、いまだに工事着工ができない。その最大の力は、祝島の漁民が漁業補償金の受けとりを拒否していることにある。2008年に当時の二井知事が田ノ浦の埋立免許を出したが今日まで着工できずにいるのも祝島の漁民の漁業権が存在していたからだ。2011年には福島原発事故が起き、中電は埋立準備を中断した。その後2016年8月に村岡知事が公有水面埋立免許の3年延長を許可したが、当然にも中電は工事着工できないまま3年の期限が切れ、さらに村岡知事は昨年7月26日に再度3年6カ月延長することを許可した。
中電は昨年10月8日に、福島原発事故後の新たな規制に沿った原子炉設置許可申請のためのボーリング調査をおこなうことを山口県に申請し、県は同31日に許可を出した。だが中電は、昨年12月16日にボーリング調査を断念することを発表した。このことは祝島の漁民が原発建設にともなう漁業補償金の受けとりを拒否し続けており、祝島の漁民の漁業権が存在し、祝島漁民の同意なしにボーリング調査をおこなうことは違法であることを再度明らかにした。にもかかわらず中電が再度一般海域占用許可を出した。
山口県の一般海域占用許可は法的な誤りだらけ
質問 今回の中電の一般海域占用許可についてどのように見ておられるだろうか。
熊本 中電は、昨年11月~今年1月に実施しようとしたボーリング調査が中断に追い込まれ、一般海域占用許可(2019年10月31日付け)の廃止届けを出したにもかかわらず、再び、一般海域占用許可を申請した。そこについては以下のような問題がある。
まず、山口県の一般海域占用許可は法的な誤りだらけだ。なにより祝島漁民の同意なき調査は憲法違反という問題がある。
昨年のボーリング調査が中断に追い込まれたのは、祝島漁民の同意が得られなかったからだ。昨年の11月8日ボーリング調査開始以来、中電は、連日、祝島漁民の釣り船を訪ね回って「ご協力をお願いします」と頭を下げて頼んだものの、ことごとく拒まれて、すごすごと帰るしかなかった。
上関原発にともなう漁業補償金は、2000年4月漁業補償契約書に基づき共同漁業権管理委員会に支払われ、その後、各漁協、さらには各漁協組合員に配分されたが、祝島漁協も祝島漁民も、その配分を受けとっていない。
漁業補償契約は、「補償金を受けとる代わりに埋立等の事業実施に同意する」旨の内容だから、漁民が補償金を受けとって事業に同意しない限り、事業は実施できない。憲法二九条は、財産権の侵害に際して損失補償を支払うことを義務づけており、補償することなく財産権(漁民の「漁業を営む権利」も財産権に当たる)を侵害すれば、憲法二九条違反になるからだ。
質問 憲法違反の調査になぜ許可が出されたのか。
熊本 憲法違反になるような調査になぜ一般海域占用許可が出されたのかには、理由は二つある。
一つは、免許や許可等は「公(行政)と民(事業者)」の関係であり、補償は「民(事業者)と民(漁民)」の関係であるため、公は「民民の関係には関知しない」として違法事業に目をつぶるからだ。民民の関係がクリアされずに免許や許可がとり消されたり廃止届が出されたりするようになれば公の汚点となるため、本来は、事業が違法でないことや民民の関係がクリアされることを確認したうえで免許や許可を出さなければならない。しかし、公は往々にして「民民の関係には関知しない」を口実として違法事業を見過ごす。
二つめの理由は、一般海域占用許可には「利害関係人の同意」が必要とされている(一般海域の利用に関する条例施行規則二条一項五号)にもかかわらず、山口県は、「利害関係人は排他独占的権利の権利者に限る」との独自の見解に基づき「祝島漁民の同意は不要」としている。
しかし、「利害関係人」とは「ある事実の有無又はある行為もしくは公の機関の処分等によって自己の権利又は利益に影響を受ける者」(我妻栄編集代表『新版 新法律学辞典』)と定義されており、権利のみならず利益に影響を受ける者をも含む。にもかかわらず、山口県は、利害関係人を「排他独占的権利の権利者に限る」という、他に例を見ない不可解な見解に基づいて、祝島漁民の同意なしに一般海域占用許可を出した。
質問 自由漁業も「慣習に基づく権利」となるのか。
熊本 漁業は、一般に免許を受ける漁業権漁業、許可を受ける許可漁業、及び免許も許可も不要な自由漁業の三種に分類される。漁業権漁業は、免許に基づいて権利となる一方、許可漁業・自由漁業は利益であって権利でない、とされる。しかし、それは漁業開始当初についてのことであって、許可漁業・自由漁業も持続して営み続ければ、利益が次第に成熟して「慣習に基づく権利」となる。そのことは、損失補償について定められた「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」第二条に明記されている。
したがって、祝島漁民は、自由漁業(釣り漁業は自由漁業に当たる)が利益のままでも利害関係人に当たるうえ、すでに利益が成熟して「慣習に基づく権利」となっている現在、利害関係人に当たることにいささかの疑問の余地もない。
山口県は、何の法的根拠もなく利害関係人を「排他独占的権利の権利者に限る」とし、「漁業権者は利害関係人だが自由漁業者は利害関係人に当たらない」としている。
これは、漁業権を全く理解しない見解だ。海面は公共用水面(一般公衆の共同利用に供される水面)であり、漁業権とは、特定の公共用水面(漁場区域)において「漁業を営む権利」なのであり、「漁場を支配したり占用したりする権利」ではない。だからこそ、漁場区域内で海水浴やヨット等々をすることは自由だ。
漁業権は「物権的権利」とされ、「妨害排除請求権」(漁業の妨害行為に対して排除を請求できる権利)を持つとされるが、妨害排除請求権を持つことと漁場区域を排他独占的に占用できることとは全く別物だ。ところが、山口県は両者を混同して漁業権は「排他独占的権利」と誤解している。
漁業権は「排他独占的権利」ではなく「妨害排除請求権を持つ権利」であるが、「慣習に基づく権利」もまた漁業権と同様、妨害排除請求権を持つことは、法学者の間でも判例でも通説になっている(原龍之助『公物営造物法』292~293頁参照)。漁業権も「慣習に基づく権利」もいずれも「排他独占的権利」ではなく「妨害排除請求権を持つ権利」であるから、利害関係人に漁業権者のみを含め、自由漁業者を含まない根拠は全く存在しない。
質問 昨年山口県が出した一般海域占用許可の違法性はどこにあるのか。
熊本 昨年、山口県がボーリング調査に対して出した一般海域占用許可は、次の諸点で法的な誤りを犯している。
▼憲法二九条に違反する事業に一般海域占用許可を出した。
▼漁業権を「排他独占的権利」と誤解した。
▼利害関係人を「排他独占的権利」の権利者に限った。
質問 ボーリング調査にともなう漁業補償が二〇〇〇年補償契約で支払われていない点についてはどうか。
熊本 上記の法的誤りによって一般海域占用許可が出され、「公と民の関係」がクリアされたにもかかわらず、ボーリング調査が昨年12月16日に中断されたのは「民と民の関係」がクリアできなかったからだ。中電は、山口県よりも「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」を勉強しており、自由漁業が「慣習に基づく権利」になること、及びそれに対して損失補償を払わなければ事業を実施できないことを理解している。
祝島漁民の釣り船を訪ね回って「ご協力をお願いします」と頼んでも拒まれ続けて困り果てた中電は、「漁業補償等に係るご質問について(ご回答)」と題する文書を2019年12月10日付けで「祝島島民の会」に送ってきた。そこには次のように記されている。
--今回、当社は同契約(注2000年補償契約のこと)を踏まえ海上ボーリング調査を行なうものでありますが、今回を含めた各種調査の実施および調査に起因する漁業操業上の諸迷惑については、同契約の締結により、発電所温排水ならびに発電所の建設および運転に伴う諸迷惑を含めて同意・受忍をいただいており、当社はこれらに対する漁業補償金をすでにお支払いしています。
要するに、2000年漁業補償契約に基づき、今回のボーリング調査に起因する損失も含めて漁業補償金を支払ったので、祝島漁民の同意を得ているというものだ。
しかし、2000年補償契約に基づく漁業補償金の配分を祝島漁民は受けとっていない。そのうえ、約20年も前の補償契約に基づいて補償したことで同意を得たとの主張は、法的にも条理に照らしても不可解だ。
中電の文書に対し、「祝島島民の会」は、「漁業補償に係るご回答についての反論及び質問書」を昨年12月16日着で送りつけた。中電がボーリング調査の中断を発表したのは、同文書が届いて数時間後のことだ。
質問 質問書の内容はどういうものか。
熊本 同文書の主旨をわかりやすくQ&Aで記せば次のようになる。
Q ボーリング調査を実施するには祝島漁民の同意が必要だが、如何にして同意を得たのか?
A 2000年補償契約に基づいて補償したことで同意を得た。
Q ①2000年時点に2019年ボーリング調査を実施することを如何にして予測できたのか?
②漁業補償額は直近3~5年の水揚げ等の漁業データに基づいて算定しなければならないが、2000年時点に2019年事業に伴う漁業補償額をどのように算定できたのか?
③当該海域で漁業を営む祝島漁民は、2000年時点と2019年時点とで大幅に異なっているのに、なぜ2000年補償契約で補償したと言えるのか?
中電の再度の申請に対して、仮に一般海域占用許可が出されたとしても、これら①~③の質問に答えられない限り、中電が再び企図しているボーリング調査は憲法二九条違反の事業になる。それにともない、一般海域占用許可は、再び廃止届を出されるか、とり消されざるをえなくなり、中電のみならず山口県も大きな汚点を残すことになる。
注…本稿で触れた「漁業補償等に係るご質問について(ご回答)」及び「漁業補償に係るご回答についての反論及び質問書」の二つの文書は、いずれも熊本氏のホームページhttp://www.kumamoto84.netに掲載している。