1回目の放り投げをやった後、選挙区でもある下関で地域の夏祭りにまで人気取りに来ていた安倍晋三に向かって、支援者とおぼしきご老人が「この恥さらしが!」と本気で怒声を浴びせていたのを思い出した。SPや秘書軍団が念入りに周囲を取り巻き、事前にゴミ箱までひっくり返して警戒していたのに、あのように面と向かって本人が叱られては身も蓋もない。敵前逃亡とは、それほどまでにみっともない振る舞いとして、安倍晋太郎時代からの古い自民党支持者たちをも激怒させていたのである。
そのせいなのか、2回目の放り投げは事前に入念な病院通いアピールが始まり、メディアがこぞって「可哀想な安倍首相」「体調がすぐれないなかを頑張っていた」等等、勢揃いで同情を買うようなキャンペーンに終始しているではないか。亡くなった人のことを悪くいうのははばかられる国民性とも相まって、病に倒れた人にあまりきついことをいうなといいたいのだろう。しかし、思うのである。これは誰がどう見たってコロナ禍の敵前逃亡であり、1回目と何も変わらない放り投げ辞任ではないかと--。
コロナ禍で失職した人の数は5万人をこえた。その多くが非正規雇用だという。街の飲食店はテイクアウトでなんとか踏ん張っていたり、中小零細企業でも売上がめっきり減ったなか緊急融資によってかつがつ経営を維持していたり、まだまだ表面化していないだけで危機的な状況は深まりを見せている。「うちは5000万円借り入れた」「うちは3000万円」等等、地元信金に頼み込んで融資を受けたり、これまでの高い金利の借金を借り換えたという経営者たちの話はざらで、異口同音にリーマン・ショックの比ではないと実感を語るのである。飲食店のなかにはあきらめて閉店を選択するところも続出しているのが実際だ。
コロナ禍の経済的ダメージは大きく、影響が表面化し始めるのはむしろ今からである。疫病そのものも封じ込めに至ったわけではなく、引き続き感染が拡大しているもとで、政府の舵取り役にはたいへんな責任が伴う。こうした状況下で、困ったらフリーズして放り投げるような者はさっさと退いて、覚悟のある者が政治を司るというのはある意味妥当だろう。とはいえ、急転直下の敵前逃亡に際して自民党もドタバタで、なりたがりが手を挙げたかと思えば引っ込めたり、その顔ぶれを見るだけで「ろくなのがいないな…」と思わせるのである。
山口4区の有権者にとって考えものなのは、職責をまっとうできずに首相を辞めた人物が、議員は辞めずに引き続き代議士ポストに居座ることである。1回目の放り投げ後は、確か半年近く選挙区である下関・長門には帰ることができず、ほとぼりが冷めた頃になってあらわれたと思ったら、見たこともないほど地元回りをはじめて皆を驚かせた。あれは危機感の裏返しだったのだろう。ショッピングモールのシーモールを歩き回って客と握手しまくったり、公務中の市役所の各課を練り歩いて職員と握手したり、商店街にやってきて店主や客に握手を求めたり、それこそ地域の夏祭りにやってきたり、会社にやってきたり、人気回復に必死であった。そして、みんなが口にした感想は「ナイフとフォークしか持ったことがない人間の手だ」「赤ちゃんの肌みたいな手」等等、その手に集中していたのも印象的だった。働いて苦労したことがない人間の手だと暗にいっていたのである。
なぜ今放り投げたのか? それはコロナに限らず日銀の異次元緩和やアベノミクスの副作用など、これから表面化するであろう事態によって必ず浮き彫りになるはずである。吉田充春