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出来るPCR検査なぜやらぬ? 海外で大活躍する国内メーカーの検査機

 夏場を迎えても新型コロナウイルスの感染拡大が止まらない。世界的には感染者が2000万人を突破し、死者は70万人をこえた。国内を見ても7月に入って急激に感染者が増え、「第二波」の襲来とも見られている。全国的に「第一波」を上回る感染拡大にもかかわらず、国のコロナ対策が右往左往し、日本医師会がPCR検査体制の拡大・充実を求める緊急提言をおこなったほか、世田谷区や長崎市などが独自のPCR検査拡充策を実行に移すなど現場からの動きが始まっている。PCR検査拡充は「第一波」の段階から各方面から要望や提言があいついだが、国は現場の実情にあった体制をとらぬまま、「第二波」に直面している。世界各国でも「第一波」の教訓から「第二波」に備えたPCR検査の徹底的な拡大政策がとられ、日本のメーカーが製造した全自動のPCR検査機器が大活躍している事例も紹介されている。なぜ日本においてPCR検査が拡大できないのかに焦点をあてて見てみたい。

 

 フランスでは「第二波」阻止に向け、徹底的なPCR検査を展開している。とにかく「早期発見」を目的とし、検査を受けに来る人を待つだけではなく、各家庭に検査に出向く「ローラー検査作戦」や、献血のように各地を巡回するPCR検査隊もできている。だれでも無料で検査を受けることができ、無症状でも受けられる。現在は週37万件=1日5万件以上のペースで検査をおこなっている。また、7月11日からは全国の薬局で抗体検査ができるようにした。1回15ユーロ(約1800円)程度だ。

 

 フランス政府は6月に週70万件の検査数を目標とすると発表したが、PCR検査急増策に貢献しているのは、日本の技術だ。それまでは主に大きな病院でおこなってきた検査を、小規模な民間の施設でもできるようにし、合計4840カ所に増やした。

 

 そこへの導入が進んでいるのが検査の工程をすべて全自動でおこなう検査機器で、開発したのは千葉県松戸市の精密機器メーカー「プレシジョン・システム・サイエンス(PSS)社」と仏エリテック社の共同開発だ。これまでの検査方法に比べ時間を3分の1に短縮できる。

 

 PCR検査の工程は、検体の採取↓ウイルス遺伝子の抽出↓ウイルス遺伝子の増幅↓増幅産物検出となっている。このなかでもっとも人手を必要とする工程が、ウイルス遺伝子の抽出で、ウイルス汚染や検体のとり違えなどが起きやすく、検査技師の手作業に頼るPCR検査では5~6時間かかる。この検査機では、検体と試薬が入ったカートリッジを一度セットするだけで平均2時間弱で検査結果が出る。

 

 PSS社は3カ月余りでフランスだけで昨年1年間の販売総数に近い17台を納入した。一つの検査機関では政府の検査拡充政策で検査数が6倍に増えたが、全自動システム導入で対応できた。従来の検査方法では時間がかかるうえに高度な専門技術を持つ人員が必要だが、全自動なら検査員が感染する恐れもなく、結果も早く出る。

 

 フランスでの迅速なウイルスの検出に非常に貢献をしたとしてPSS社は4月26日、駐日フランス大使から感謝状を贈られている。

 

 PSS社の全自動システムは2015年から販売されており、フランス、ドイツ、イタリア、アメリカなどヨーロッパ圏を中心に五十数カ国の医療現場で500台以上が使用されている。もともとは肝臓移植の感染リスク検査などに使用されていたが、新型コロナウイルス感染拡大で活躍している。

 

 イタリアでは、感染の中心地のロンバルディア州で州政府がこの装置のメーカーをオフィシャルメーカーに指定し、病院への配備を進めている。

 

 ところが日本ではこれまで未承認で、1台も使用されていなかった。6月にやっと保険適用になり、8月3日から販売開始になった。PCR検査機器を販売するにはヨーロッパは販売手続きが簡単だが、日本は厚労省の認可申請手続きが非常に煩雑で、通常では認可まで1年以上かかることがある。

 

 もともと日本ではPCR検査のマーケットが小さく、手続きも難しく煩雑だったため、PSS社は海外での事業を優先した。日本で保険適用の認可を受けるためには、PCR検査全体(試薬から機械まで)をセットで申請しなければならず、PSS社は機械の会社であるため申請までに時間がかかったという事情もある。

 

 ただ保険適用にはなったが、厚労省は「導入は現場判断にまかせる」として積極的に導入する姿勢はない。

 

 どれくらいの費用がかかるかというと、同時に検査できる検体数が8、12、24、96の4種類あり、800万~2000万円という。アベノマスク配布にかけた466億円を回せば、安いもので約6000台、高いものでも2000台は導入できるとの指摘もある。ほぼ全国の公立病院や主要大学病院、保健所などに配置できる数だ。検査数を一気に拡大できることは確実で、しかも検査時間も大幅に短縮できるし、人員も少なく、検査技師が感染するリスクも軽減する。日本のメーカーが国内で製造し、世界各国で活躍している全自動PCR検査機器の導入に消極的なのが厚労省だ。

 

制度設計から見直しを 日本医師会が提言

 

 こうした国の姿勢に対して日本医師会は5日、「新型コロナウイルス感染症の今後の感染拡大を見据えたPCR等検査体制の更なる拡大・充実のための緊急提言」を発表した。

 

 同医師会は7月以降のコロナ感染拡大は市中感染が徐々に広がっていることを示しているとし、感染拡大を防ぐためにも「全国のPCR等検査の検査能力を大幅に向上させる必要がある」と指摘し、「医師が必要と判断した場合、確実にPCRなどの検査を実施できるようにすべきだ」と要求した。

 

 現行制度では、医師が必要と判断して検査をおこなう場合であっても、都道府県との間で事前に委託契約を結ぶことが前提となっている。委託契約を結んで初めて医療機関はPCR検査の実施料や検体検査判断料について公費での支払いを受けることができる。

 

 中川会長は、検査協力医療機関の認定についても要件や手続きの煩雑さが、医療機関でのPCR検査の実施件数が伸びない足かせになっているとし、現行制度の枠組みを維持しながら、検査能力を向上させることは「限界に達している」とした。

 

 提言では、PCR検査の実施にさいして「委託契約が必要ない」ことを明確化することを求めた。また、患者一部負担を公費で支出することなど新たな仕組みを構築する必要性を指摘した。

 

 また、東京都世田谷区は、1日に2000~3000件のPCR検査が可能な体制整備の検討を始めている。「誰でも、いつでも、何度でも」検査できる「世田谷モデル」をつくり、早期に感染の有無を判別し、隔離し、重症化を防ぐとともに医療体制の崩壊を防ぎ、感染拡大を抑えることを目的にしている。

 

 第一段階では現在の検査能力を300から600に増やす。第二段階として、韓国やヨーロッパで普及している、一度に100件単位の検査を全自動でできる機器を導入する。第三段階では、ニューヨーク州がとりくんでいるような「いつでも、誰でも、何度でも」検査できる体制づくりを目指すとしている。

 

 原則として区民を対象に、医療や介護、保育関係者など社会機能の維持に必要な分野で働く人たちが定期的に検査することも想定している。

 

 問題になるのは検査費用だが、公共的意義があり本人負担にするのではなく、財源にはふるさと納税制度の寄付の一部や、コロナ対策として募っている寄付金などを充てる構想だ。

 

 国がなぜPCR検査を増やさないのかについて保坂区長は「現行制度に新型コロナをむりやりあわせようとして行き詰まっている」と指摘している。新型コロナは感染しても症状のない人が感染を広げるという、従来の感染症の概念にない感染症だ。現行の法制度に新型コロナをあわせるのではなく、新型コロナにあうように制度の方を変えていく以外にないという主張だ。

 

 世田谷区が参考にしているニューヨーク州は、アメリカでの新型コロナ感染拡大の中心地となり、3万2000人以上の死者を出した。同州の人口は約1950万人で、東京都の約1400万人に近い。感染拡大を抑え込むためにクオモ知事は徹底したPCR検査に乗りだし、ニューヨーク市では7月31日に死者ゼロになるまでに抑えこんだ。州内には750カ所の検査センターをもうけ、だれでも無料で検査を受けられる。予約も保険証も必要ない。人口2・6万人につき1カ所の検査センターが存在する。

 

 4月末には薬剤師にも検体採取の権限が与えられ、薬局でも受けられるようにした。ニューヨーク州では1日6万件以上の検査をおこなっている。受けられる場所はクリニックや病院、薬局、ドライブスルーの駐車場など無数にある。

 

 ニューヨーク州は6月から順次経済活動を再開しているが、今後経済を回すためにもアメリカ全体で1日420万件以上の検査が必要と指摘する専門家もいる。議会では検査と追跡、隔離などの費用に日本円で約1兆6000億~7兆5000億円の費用が必要だとの論議が続いている。

 

 経済活動を再開すれば感染者の増加は必至であり、世界各国が追われている対策の中心は検査体制の拡充だ。感染症対策の基本は早期診断・治療・隔離であり、検査をしなければ実態がつかめず、対策のとりようもない。

 

途上国以下の検査能力 韓国は日本の2倍

 

 2015年にコロナウイルスMERSの流行を経験した韓国では、迅速にPCR検査を立ち上げた。感染者総数が20人にも達していなかった2月初旬に、政府は民間の検査会社が開発したPCR検査用の試薬を承認し、PCR検査を開始した。

 

 採取した検体を検査する機関も、民間もあわせて118カ所に増やした。2月上旬に1日3000件程度だった検査能力は3月中旬には1万8000件に上がった。71カ所のドライブスルー方式の検査所などあわせて600余りの施設で検体採取がおこなわれている。

 

 大量の検査をすれば感染者も増える。医療崩壊を防ぐため、韓国では症状に応じた患者の振り分けと隔離がおこなわれた。重篤、重症、中程度の患者は感染症指定病院や政府が指定する「専用の入院治療施設」へ、軽症者は原則自宅ではなく政府の研修施設などに設置された「生活治療センター」に隔離される。「生活治療センター」では常駐する医療スタッフが経過を観察、症状が悪化すれば専用の病院に移される。

 

 また、MERS流行のさいに設置された「国民安心病院」がある。これは一般の患者が呼吸器系の症状のある患者と接触しないための医療施設だ。呼吸器系の患者をみるスペースが完全に分離された350の病院が「国民安心病院」に指定されている。

 

 初期の段階からの大量のPCR検査でも医療崩壊を免れたのは、こうした治療態勢を整備していたことによる。

 

 また、韓国ではPCR検査キットの開発も早かった。わずか1カ月で大量のPCR検査キットを作製し、2月下旬の新興宗教教会での集団感染のさいの大量検査を実施した。その要となったのは、検査キットの承認過程をいかにスピーディーにおこなうかということで、これもMERSの経験があったために難なくクリアした。MERSのような緊急時に煩雑な手続きを省略してすぐに承認できるような「緊急使用承認制度」ができていた。この制度がなかったら、通常は承認されるまで1カ月はかかるため、これほど迅速な対応は不可能だった。

 

 韓国最大級のPCR検査機関では、1日1万件のPCR検査を実施している。それを可能にしているのは自動化された検査システムだ。96人分の検体を同時に解析できる装置が一つの施設に55台ある。かかる人手はわずか27人だ。また、PCR検査にかかせないのが試薬で、韓国では国内で大量に生産している。1カ月当りの製造量は約2000万人分。5%で国内需要をまかなえる。95%は海外に輸出しており、アメリカやイタリア、ブラジルなど62カ国に計1200万人分を輸出している。日本の機関からも問い合わせがあるというが、日本政府が試薬に対する承認を出していない。

 

 また、ソウル市では6月8日から市民は誰でも無料でPCR検査を受けられるようになった。検査場所はソウル市の市立病院の7カ所で、検査対象はソウル市に住所を持つ市民。ただし1週間で受けられるのは先着順で最大1000人。無症状者が対象で、感染が疑われる者や患者の濃厚接触者、症状がすでにある人は管轄の保健所か指定した診療所を利用することになる。

 

 人口1000人当りのPCR検査数(7月26日時点)はアメリカは日本の約27倍、イギリスは約20倍、イタリアは約8倍、韓国は約2倍となっている。

 

 ちなみに中国は5日、1日のPCR検査能力を7月末までに最大484万件に拡大したと発表した。3月初めの約120万件から5カ月で4倍に増強した。日本はいぜんとして1日最大3万5000件程度にとどまっている。

 

保健機関の拡充もせず 止まらぬ感染拡大

 

 世界中で新型コロナ「第二波」に備え、あるいは経済活動再開を保障するためにPCR検査の拡大に必死になっているなかで、なぜ日本だけがPCR検査拡大ができないのか。

 

 厚労省は1月28日に新型コロナウイルスを感染症法の「二類感染症並み」に指定した。感染症法では、PCR検査を含む行政検査を、厚労省―国立感染症研究所(感染研)―保健所・地方衛生研究所というラインが独占することを規定している。

 

 その結果、PCR検査は保健所と地衛研が独占し、検査対象は海外からの帰国者と濃厚接触者に限定された。PCR検査はこうした機関の処理能力や裁量に委ねられ、「病院が溢れるのが嫌で(PCR検査対象の選定を)厳しめにやっていた」(さいたま市保健所長)などの発言も出た。

 

 また、感染症法の規定により感染症患者は指定医療機関に強制的に入院させることになっている。法律上は入院以外の選択肢がない。新型コロナ感染の軽症者や無症状者はホテルなどの宿泊施設や自宅などに隔離しているが、感染症法にはこれを裏付ける規定はない。厚労省は現実を追認して軽症者をホテルなどで隔離しているが、抜本的なコロナ対策のためには、現実にあわない感染症法を改定し、新型コロナの実情にマッチした新たな体制を精力的に構築する必要がある。

 

 PCR検査にしても、現行の感染症法には不備が多い。今回の新型コロナウイルスは、無症状者から感染する、潜伏期間が長いなど、これまでにない特色を持つ。保健所の処理能力、検査体制、医療資源などをこえる数の感染者が発生してきた。これは、保健所を中心とする検査・入院・隔離を基本とする、現行の感染症法が想定する事態をはるかにこえている。保健所の数自体も1994年に847あったものが現在では469と半減している。保健所に集中する仕事量が膨大で人員的にもパンクしていることは当初から問題になっていたにもかかわらず、厚労省はほぼ従前とかわらない体制を維持しており、なんの改革もしていない。

 

 日本でPCR検査を受ける場合、濃厚接触者などが保健所の指示で検査をおこなえば本人に費用負担はない。だが無症状で検査を受けるとなると2万~4万円の自己負担となる。保険適用ができれば個人の負担は軽減される。3月6日から検査の保険適用を実施すると厚労省は許可した。ところが、医療機関でも保険によるPCR検査は感染研の積極的疫学調査の業務委託という形になっている。都道府県と医療機関の契約が必要になり、1カ月もの期間がかかる。

 

 アメリカなどのように医師と患者が必要と判断すれば簡単に検査できる体制ではない。日本医師会はここがPCR検査のネックになっていると問題にし、医師が必要と認めれば委託契約を結ばなくても検査ができるような体制に変革するべきだと提言している。

 

 また、世界でも例を見ない院内感染が問題になっているが、医師や看護師などがPCR検査を受けようとすると、感染症法上規定がないため自己負担となる。

 

 新型コロナはこれまで感染症法の対象になっていたコレラなどとは違った特徴をもっており、現行の感染症法で対応することはできないことが明らかになっている。厚労省は現実を感染症法に押し込めるのではなく、新型コロナ感染拡大の現実にあうように感染症法を改定し、新しい制度をもうけることが必要になっている。そうでなければいつまでもPCR検査すら十分にできず、市中感染が蔓延する危機的事態に行き着くことは必至だ。そうした自己の古い縄張りにしがみつく厚労省の枠組みを突き破り、国民の健康と生活を守るために現実のコロナ禍に立ち向かい、収束をめざす斬新な試みが求められる。

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