金沢大学附属病院漢方医学科臨床教授の小川恵子氏は、新型コロナウイルス感染症に対して漢方治療がすぐれた効果を発揮することを明らかにした論文「COVID-19感染症に対する漢方治療の考え方」を発表した。これについて日本感染症学会は、「漢方医学の第一人者の発言であり、コロナ感染症に対する治療薬の候補として、漢方製剤は期待できる薬剤」だとして、この論文を特別寄稿としてホームページで公開している。全国の医療関係者にとって有用な新しい知見として、小川氏と同学会の了解を得て全文掲載することにした。一般の読者の理解のためにいくつかの注をつけ、本文の最後に記した。小川氏はこの内容を活用する場合、素人が自己判断でおこなえば副作用が出る可能性もあるため、かならず身近な専門医に相談することを勧めている。なお、この論文の完成版は、今週以降に日本感染症学会のホームページで発表される。
日本感染症学会HP→http://www.kansensho.or.jp/
COVID-19感染症に対する漢方治療の考え方(改訂第2版)
http://www.kansensho.or.jp/modules/news/index.php?content_id=147
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■はじめに
まだ抗生物質もワクチンもなかった時代、日本の伝統医学である漢方医学の主要な対象は感染症でした。しかし漢方薬が重篤な感染症にも有効であるという事実は広くは知られていないと思います。漢方医学の専門家という立場から私見を言えば、漢方の現代医学とは異なった感染症へのアプローチは、今日でも役立ちます。
しかし筆者は、このCOVID-19のパンデミックへの漢方医学の貢献の可能性に関して積極的に発言するのを避けてきました。なぜなら、エビデンス(注1)が確立していないからです。また、中国と日本では、気候や体質が異なるため、異なった病態を示す可能性も多くあり、本来は漢方医学診断から処方を決めた方が効果が高いと推察されるからです。しかし、数多くの呼吸器内科医や救急医の友人たちから、「患者さんに役立つならば是非効果のありそうな処方を知りたい」という要望があり、現状で分かっていることで、漢方が役立つ可能性を伝えるという視点から、主に中国の診療ガイドライン(注2)を参考に、現在までに分かっている漢方医学的・中医学的な知見を簡潔にまとめました。
しかし、日本の漢方医学にはいくつか中医学(注3)と異なる点があります。臨床的にみて最も大きな違いは、中国では生薬を組み合わせて煎じ薬を新たに創るのに対し、日本では保険診療で認可された、固定した処方のエキス製剤を使うことが多いことです。そのため、中国からの報告を日本での保険診療に役立てるには、中国の中医学的指針の単なる翻訳ではなく、適切な補説を伴った翻訳が必要と感じました。
実際の臨床に役立ち、重症化の防止や、重症化した患者さんの早期回復に役立てれば幸甚です。 また、記載内容について不十分な点もあるかと思います。ご意見がありましたら、是非ご連絡いただければと思います。
■COVID-19に対する中医学処方(漢方薬)の状況と推奨
1.予防(無症状病原体保有者)
これは、中医からの報告には記載されていませんが、予防は肝心です。手洗い、うがい、不要不急の外出を避けることももちろん重要ですが、漢方薬には免疫力を上げる働きも報告されています。このような働きを持つ漢方薬を補剤と言って、免疫システムを活性化します。無症状病原体保有者の病原体陰性化の促進も期待できます。
補中益気湯
動物実験より、補中益気湯はインターフェロン自体の産生を抑制すると報告されています。
十全大補湯
我々のヒト対象の研究では、十全大補湯服用によってNK細胞機能が改善されることが分かっています。また、抑制系も活性化されることから、過剰な炎症の予防も予想されます。
2.清肺排毒湯(軽症、中等症、重症患者)
幅広い病態に用いることができます。中国からの最新のエビデンスについては後述します。
清肺排毒湯は、漢代の張仲景が著した『傷寒雑病論』にある、寒湿邪(注4)によって引き起こされる外感熱病=感染症に対する処方である、麻杏甘石湯、射干麻黄湯、小柴胡湯、五苓散を組み合わせたものが基本とされています。
基礎方剤麻黄9g、炙甘草6g、杏仁9g、生石膏15~30g(先煎)、桂枝9g、澤瀉9g、猪苓9g、白朮9g、茯苓15g、柴胡16g、黄芩6g、姜半夏9g、生姜9g、紫菀9g、冬花9g、射干9g、細辛6g、山薬12g、枳実6g、陳皮6g、藿香9g。
清肺排毒湯は、日本のエキス製剤にはありませんが、エキス製剤を組み合わせて同様なものを作ることができます。
麻杏甘石湯+胃苓湯+小柴胡湯加桔梗石膏 この3剤を一緒に服用。
3.軽症型
軽症型は、「症状が軽く、画像では肺炎症状が出ていない」と定義され、倦怠感が主体です。
①胃腸の不調を伴う場合
藿香正気散(かっこうしょうきさん)
日本のエキス製剤にはありませんが、香蘇散+平胃散(この2剤を一緒に服用)で代用できます。
②発熱を伴う場合
中医学では、悪寒がない場合は「温病(うんびょう)」と考えて治療します。
金花清感顆粒、連花清瘟(顆粒)、疏風解毒膠嚢(顆粒)
これらもエキス製剤にありませんが、黄連解毒湯、もしくは清上防風湯、もしくは荊芥連翹湯、もしくはこれらの組み合わせで代用することができます。
③悪寒を伴う場合(日本漢方の考え方)
中国では、日本ほどには葛根湯などの麻黄剤が感染初期には用いられないようですが、寒湿邪による病態と考えると、下記が日本人の病態にはあっていると思われます。
エキス剤:通常は健康な成人や小児には、葛根湯、もしくは麻黄湯。高齢者や倦怠感が強い患者は麻黄附子細辛湯。
葛根湯は、インターロイキン1aの産生を抑えたり、インターロイキン12を産生することにより過剰な肺炎を防ぐ可能性が期待されています。
ここからは、中医学用語が多く出てきますが、わかりやすく説明しました。大切な概念、「邪」は、病気を引き起こすとされる原因全般を言います。中医学では、「邪」の性質によって治療を決めるので、下記のように分類されていますが、主に臨床症状に注目していただければよいと思います。舌の所見も参考として引用しました。
4.普通型の軽症
(1)寒湿鬱肺(寒湿という邪で肺機能が低下する)
臨床症状:発熱、倦怠感、筋肉痛、咳嗽(がいそう。せきのこと)、痰(たん)、胸の不快感、消化不良、食欲不振、吐気、嘔吐(おうと)、排便の不快感。舌質は淡紅(ほぼ正常な色)、腫大歯痕があり、苔は白厚膩(厚くペンキを塗ったような苔)。
推奨処方:生麻黄6g、生石膏15g、杏仁9g、羌活15g、葶藶子15g、貫衆9g、地龍15g、徐長卿15g、藿香15g、佩藍9g、蒼朮15g、雲苓45g、生白朮30g、焦三仙各9g、厚朴15g、焦檳榔9g、煨草菓9g、生姜15g。
エキス剤の場合麻杏甘石湯+参蘇飲+平胃散この3剤を一緒に服用。消化器症状が無いか軽度ならば、越婢加朮湯+麻黄湯(大青龍湯の方意)この2剤を一緒に服用。
(2)湿熱蘊肺(湿熱という邪で肺機能が滞る)
臨床症状:微熱あるいは無熱、微冷感、倦怠感、頭が重い、筋肉痛、渇いた咳、痰少なく、喉の痛み、口の渇き、胸の不快、無汗か汗が出づらい、吐き気、食欲不振、食欲不良、便が緩くもしくは粘りがあり出にくく不快感を伴う。舌は淡紅、舌苔は白厚膩、または薄黄。脈は滑数または濡。
推奨処方:檳榔10g、草菓10g、厚朴10g、知母10g、黄芩10g、柴胡10g、赤芍10g、連翹15g、青蒿10g(後下)、蒼朮10g、大青葉10g、生甘草5g。
エキス剤の場合:荊芥連翹湯+半夏厚朴湯 この2剤を一緒に服用。消化器症状が強ければ、柴苓湯+平胃散 この2剤を一緒に服用。
5.重症の場合
(1)湿毒鬱肺症(重度の湿邪により肺機能が低下)
臨床症状:発熱、咳をするが痰が少ない、あるいは痰が黄色い、呼吸困難、腹満、便秘などを伴う。舌は暗赤色、腫大、舌苔は黄膩または黄燥。脈は滑数脈或いは弦滑。
推奨処方:生麻黄6g、苦杏仁15g、生石膏30g、生薏苡仁30g、茅蒼朮10g、広藿香15g、青蒿草12g、虎杖20g、馬鞭草30g、乾芦根30g、葶藶子15g、化橘紅15g、生甘草10g。
エキス剤の場合:麻杏甘石湯+竹筎温胆湯+ヨクイニン この3剤を一緒に服用。便秘がある場合には、上記3剤+大黄甘草湯。
(2)寒湿阻肺症(寒と湿が結びついたことにより、肺機能が低下)
臨床症状:微熱、身熱不揚(つよい熱感があるが体表部には甚だしい熱がない)或いは熱はない、空咳、痰が少ない、倦怠感、胸が苦しい、胃の膨満感と不快感、或いは吐き気がする、下痢便。舌質は淡紅、舌苔は白または白膩、脈は濡。
推奨処方:蒼朮15g、陳皮10g、厚朴10g、藿香10g、草果6g、生麻黄6g、羌活10g、生姜10g、檳榔10g。
エキス剤の場合:五積散(通常の倍量を用いる)。
6.重症例
(1) 疫毒閉肺症(病邪が肺機能を非常に損なっている)
臨床症状:発熱、赤面、咳をする、痰が黄色く、粘り気で少ない、或いは痰が血を伴う、呼吸が苦しい、精神が倦怠、口が乾き、苦く、粘り気がある、吐き気で食欲がない、便秘、尿の量が少なく、色は深い黄色もしくは赤みを帯びている。舌は赤、苔が黄膩、脈が滑脈、数脈。
推奨処方:生麻黄6g、杏仁9g、生石膏15g、甘草3g、藿香10g(後に入れる)、厚朴10g、蒼朮15g、草果10g、法半夏9g、茯苓15g、生大黄5g(後に入れる)、生黄耆10g、葶藶子10g、赤芍10g。
エキス剤の場合:麻杏甘石湯+五積散+大承気湯 この三3剤を一緒に服用。吸痰困難の場合、竹茹温胆湯+柴陥湯 この2剤を一緒に服用。
(2) 気営両燔症(気と血の機能が損なわれて正常に機能しなくなる)
臨床症状:病状が長引くことにより、異常に喉が渇き、水を頻繁に飲みたくなる。呼吸が促迫、意識が朦朧とし、あることないことを言う視物錯瞀(物が見えにくい)、或は発疹、或いは吐血、衄血(鼻出血)、あるいは四肢抽搐(手足がふるえる)、舌が絳色、舌苔が少ないあるいは苔がない、脈が沈、細、数、あるいは浮、大、数。
推奨処方:生石膏30~60g(先に煎じる)、知母(ちも)30g、生地30~60g、水牛角30g(先に煎じる)、赤芍30g、玄参30g、連翹15g、牡丹皮15g、黄連6g、竹葉12g、葶藶子15g、生甘草6g。
エキス剤の場合:荊芥連翹湯+滋陰降火湯+桔梗石膏 この3剤を一緒に服用。
7.重篤例(内閉外脱症)
臨床症状:呼吸困難、頻繁に喘息或いは呼吸医療設備に頼らなければならない。神志昏昧、煩躁(いらいらする)、汗出肢冷(汗が出る、四肢が冷える)、舌質が紫暗(紫で暗い)、舌苔が厚膩あるいは乾燥、脈が浮、大、無根。
推奨処方朝鮮人参15g、黒順片(附子)(先に煎じる)10g、山茱萸(サンシュユ)15g。上記を煎じた湯液で漢方薬の蘇合香丸或いは安宮牛黄丸と一緒に服用する。
エキス剤の場合竹茹温胆湯+柴陥湯 この2剤を一緒に服用。腹満・便秘・煩躁を伴う場合は、大承気湯。
■中医学治療はどの程度有効か?
中西医結合(中医学と現代医学治療の併用のこと)によるコロナ肺炎治療に対する臨床観察研究の内容をまとめてみました。
方法:2020年1月15日~2020年2月8日、湖北省中西医結合病院を退院した52例コロナ肺炎患者の診療録を基に、基本情報、中医症候、検査、治療方法などを分析し、中西医結合治療組(中西医組、34例)と西洋医組(18例)の臨床症状継続期間、解熱するまでの時間、他の症状消失率、平均入院日数、臨床的完治率及び死亡率などを比較しました。主な症状は発熱75%、全身倦怠感61・5%、咳嗽50%でした。普通型76・9%、重症患者19・2%、重篤患者3・8%でした。
中西医結合群の臨床症状消失時間、体温回復時間、平均入院日数、及び中医証候採点は、全て西洋医群より有意に少なかった(P<0・05またはP<0・01。注5)。
中西医結合群の退院時の随伴症状消失率87・9%、CT画像改善率88・2%、臨床完治率94・1%及び普通型から重症型に悪化する率5・9%も、西洋医群よりも有意に高かった(表参照。P<0・05またはP<0・01)。これらの結果から、中西医結合でコロナ肺炎を治療する時は患者の症状を顕著に軽減し、病程を短縮し、完治率を高めることができると推測しています。
少なくとも、中医治療を併用することの優位性が示されたのですが、使われている処方が多様であったため、明確にどの処方が効果があるのかを示したというよりは、中医学的診断に基づいた処方が有効であったという結果ととらえられます。
王饶琼らの発表からは、清肺排毒湯の有効性について、以下のように報告されています。
9日間、清肺排毒湯の投与を受けた98症例の後ろ向き検討(注6)。軽症54例(55・10%)、普通型33例(33・67%)、重症及び重篤型11例(11・22%)。男性52名、女性46名、平均年齢は42・06プラスマイナス17・39歳でした。6日後、CRPとESRは正常化(CRP<8・2、ESR<10)しました(P<0・01、注7)。CT画像は、6日間の治療後に79人(80・6%)の患者で改善しました。清肺排毒湯は、コロナウイルス肺炎の治療に優れた臨床効果があり、患者の副作用を軽減し、治療効果を効果的に改善すると結論付けています。
単群の後ろ向き検討ではありますが、注目すべき点は、投与開始3日後に30%の症例で咳嗽が消失していること、86・6%が解熱していることで、この報告からは、迅速な効果があったと考えられます。
さらに、中華人民共和国国家衛生健康委員会の2月の発表では、清肺排毒湯での治療を確認済みの701症例のうち、130症例が治癒および退院し、51症例の臨床症状が消失し、268症例の症状が改善し、212症例が悪化せず安定した症状改善を示したと報告されています。COVID-19に対する清肺排毒湯の効果的な治癒率は90%以上です。
また、上海中医薬大学のグループは、清肺排毒湯が潜在標的スクリーニングにおいて、複数のリボソームタンパク質に作用することにより、COVID-19の複製を阻害可能であると報告しています。COVID-19は、強い免疫反応と炎症性サイトカインストームを引き起こす可能性がありますが、機能強化分析により、清肺排毒湯は免疫関連経路およびサイトカイン作用関連経路を調節することにより、過剰な免疫応答を抑制および緩和し、炎症を排除できることが示されています。
(注1)ある治療法が、それが対象とする病気・症状に対して効果があることを示す証拠や臨床結果のこと。
(注2)中国新型コロナウイルス診療ガイドライン(第7版、2020.3.3)
http://www.kansensho.or.jp/uploads/files/topics/2019ncov/eng_clinical_protocols_v7.pdf
(注3)現代の中国でおこなわれている中国伝統医学。西洋医学をさす「西医学」に対応して使われている。
(注4)漢方では外界の環境因子が人体に与える影響を重視する。気候の変化が異常なときや、人体が抵抗力をなくしたとき、風邪(ふうじゃ、春)、寒邪(かんじゃ、冬)、暑邪(しょじゃ、夏)、湿邪(しつじゃ、梅雨)、燥邪(そうじゃ、秋)、熱(火)邪(ねつじゃ)の六つの邪気(六淫)が人間を病気にかかりやすくすると考える。
(注5)「有意である」というのは、確率的に偶然とは考えにくく意味があると考えられること。P値(PはProbability・確率)が005未満であったとき、有意差ありとみなす。P∧0・05と書く。
(注6)後ろ向き検討(研究)とは、過去のさまざまな診療情報などを使っておこなう研究のこと。臨床研究の出発点として、診療上、医学上の問題に対する答えの糸口を見つける役割がある。
(注7)CRPとESRはいずれも炎症反応を示す数値。