中国電力(本社・広島市、清水希茂社長)は16日、上関原発立地予定地である四代田ノ浦の海域で、11月8日から来年1月30日までの期間で計画し、山口県も許可を出していたボーリング調査を断念することを発表した。理由としては「複数の船舶が当該海域に停泊したこと等により安全が確保できず」としているが、実際は祝島の漁民が原発建設にともなう漁業補償金の受けとりを拒否し続けており、祝島の漁民の漁業権が存在するからであり、祝島漁民の同意なしにボーリング調査をおこなうことは違法となるからだ。中電がボーリング調査を断念したことは、その事実をあらためて広く世の中に明らかにした。祝島の漁民が漁業補償金を受けとらないかぎり、中電はボーリング調査も埋立工事もできず、上関原発建設も不可能なのである。
中電の上関原発建設計画は1982年の計画浮上以来今年で37年になるが、いまだに工事着工ができない最大の力は、祝島の漁民が漁業補償金の受けとりを拒否していることにある。2008年に当時の二井知事が田ノ浦の埋立免許を出したが着工できなかったのも、祝島の漁民の漁業権が存在していたからだ。その後2011年には福島原発事故が起こり、中電は埋立準備を中断した。だがその後、村岡知事が2016年8月に公有水面埋立免許の3年延長を許可した。しかし当然にも中電は工事着工はできず3年の期限が切れ、さらに村岡知事が今年7月26日に再度3年6カ月延長することを許可した。
中電は10月8日には、福島原発事故後の新たな規制に沿った原子炉設置許可申請のためのボーリング調査をおこなうことを山口県に申請し、県は10月31日に許可を出した。
中電が公表した計画では、11月8~13日を準備作業期間、11月14日~来年1月30日までを調査期間とした。
祝島の漁民をはじめとする島民や周辺住民は中電や山口県と交渉をおこない、中電のボーリング調査の違法性を明らかにしてきた。
山口県が10月31日に中電に出したボーリング調査のための海面占用許可申請には、「利害関係人の同意書」を添付することが義務づけられているが、祝島漁民の同意書は添付されていなかった。中電は「利害関係人の同意書」として県漁協四代支店・上関支店の同意書だけを添付していた。
中国電力は2000年4月に共同漁業権管理委員会(祝島漁協を含む八漁協で構成)と交わした補償契約にもとづき漁業補償金を支払ったが、祝島漁協(現山口県漁協祝島支店)は約10億8000万円の受けとりを拒否し続けている。
中電は2008年10月に埋立免許を取得したが、公有水面埋立法では「埋立事業者が埋立免許を得ても埋立で損害を受ける者に補償しなければ埋立工事に着工できない」旨を規定している。 祝島漁民が補償金を受けとらないかぎり埋立工事には着工できない。
中電はまた、「今回の海上ボーリング調査にともなう損失補償も2000年補償契約にもとづいて支払った」とし、「今回の海上ボーリング調査は山口県漁業協同組合が共同漁業権を有する海域で計画しているもので、利害関係人は山口県漁協である」としている。
すなわち中電は「2000年の補償契約で包括的補償をおこなったので、その効力は祝島支店の許可漁業・自由漁業の漁業者にも及ぶので、祝島の許可漁業・自由漁業の漁業者は利害関係人に該当しない」と主張しているのだ。
だが、2019年現在の祝島漁民のなかには、「2000年当時に祝島漁協の組合員であっても、当該海域で自由漁業を営んでいなかった漁民」も「組合員でなかった漁民」も、「漁民でなかった住民」さらに「組合員でない漁民」も含んでいる。
百歩譲って2000年の補償契約にもとづき「権利が消滅した」とする中電の主張を認めるにしても、それは「2000年の祝島漁協組合員」にのみあてはまるにすぎず、2000年当時当該海域で自由漁業を営んでいなかった「2019年の祝島漁民」にはまったくあてはまらない。
共同漁業権はその漁場を排他独占的に占用する権利ではなく、妨害排除を請求できる物権的権利だ。また、自由漁業は国民のだれもがどの海域でも営める権利であり、祝島漁民が当該海域で自由漁業を営むことは自由だ。
さらに「公共用地の取得にともなう損失補償基準要綱」には、「許可漁業・自由漁業は、当初は利益にすぎないが、実態の積み重ね(慣習)にともない、権利に成熟する」としている。すなわち、許可漁業・自由漁業の権利も次第に権利に成熟する。成熟の結果「慣習にもとづく権利」「公共用物使用権」になり、損害賠償請求権のみならず妨害排除請求権を持つ物権的権利になる。おもに許可漁業や自由漁業を営む祝島の漁民の持つ権利の重さを示している。
また、電力会社の漁業補償は「電源開発等に伴う損失補償基準」にもとづいて支払われる。これは「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」にもとづいて作成された基準であり、憲法二九条の「正当な補償」の統一的基準として定められている。細則のなかに漁業補償額の算定方式が示されている。もっとも主要な算定要素は「平年の純収益」で、「評価時前3カ年ないし5カ年の平均魚種別漁獲数量に魚価を乗じて得た平均年間総漁獲額から平均年間経営費を控除して得た額」としている。2000年時点で2019年11月から2020年1月のボーリング調査を予測できていたはずはなく、仮にボーリング調査が予測されていたとしても「平年の純収益」の値は予測することはできない。
したがって、今回のボーリング調査にともなう損失補償を2000年に支払ったというのは細則に違反し、憲法に違反している。
しかも、民法では債権の消滅時効期間は10年で、契約をかわしても契約にもとづく債権を10年間行使しなければその債権は時効により消滅する。2000年4月の補償契約から19年以上もたっており、中電が上関原発にともなう埋立事業をおこなう権利は消滅している。
今回の中電の海上ボーリング調査には祝島漁民の同意書が必要であり、祝島漁民が同意しないボーリング調査は憲法違反である。また、祝島漁民の同意書のないボーリング調査を許可した山口県も憲法違反を犯している。
祝島の漁業者たちはこうした法的な根拠に立って、中電がボーリング調査を計画した期間も、いつもどおりに当該海域に釣り船を出し漁業を続けた。中電側は、釣り船に対して頭を下げて「調査をさせてください」とお願いし、「漁業のじゃまをしないでください」と断られるたびに帰っていくしかなかった。
中電は11月8日からボーリング調査準備に入ったが16日までの1カ月以上、祝島の漁民にお願いしては断られることをくり返す以外になすすべはなかった。
大手のメディアは「祝島漁民の抗議行動」とか「調査阻止行動」などと意図的に事実をねじ曲げた報道をしている。祝島の漁民がやったことは、普段とかわらず釣り船を出し、生業をたんたんと営んだだけで、ボーリング調査の妨害行動をおこなったわけではない。ヤズを釣っていただけである。
そのなかでこの1カ月余のあいだに中電はボーリング調査計画をみずから断念した。田ノ浦沖には祝島の漁民の漁業権があり、その権利はだれであろうと剥奪することはできないことを示した。
なお、2011年の福島原発事故後、原発の新規・増設はエネルギー基本計画に盛り込まれていない。中電のボーリング調査は原子炉設置許可申請に必要なデータを集めるためであり、原発の新規建設を目的としており、国の方針からも逸脱している。
◇権利者が権利を行使することで事業中止させる
明治学院大学名誉教授 熊本一規
これまで、公共事業等を止めるには法律論争で事業者を論破しておいたうえで権利者が権利を行使することがポイント、といってきましたが、それが上関原発で見事なまでに実証されました。
11月8日ボーリング調査開始以来、中電は、祝島漁民の釣り船を訪ね回って「ご協力をお願いします」と頭を下げて頼むしかありませんでした。そして、ことごとく拒まれて、すごすごと帰るしかありませんでした。
事業者と漁民とのこのような力関係は、今までほとんどなかったことです(正確には2007年諌早湾における農水省導流堤工事以来2例目です)。
その背景には、主として二つの法律論争がありました。
一つは、11月11日山口県交渉で「占用許可が憲法違反にならないことを説明してください」との質問に山口県が沈黙するしかなかったことです。一般海域占用許可の申請には「利害関係人の同意」を得ておくことが必要ですが、中電は祝島漁民の同意を省いて申請したのです。他方で、憲法二九条に基づいて祝島漁民に損失補償が必要なことは認めているので、「損失補償の対象が、なぜ占用許可の利害関係人に含まれないのか、そんな違法な申請に占用許可を与えたのは憲法違反ではないか」と攻めたのでした。
もう一つは、中電が祝島島民の会清水敏保代表に送ってきた「漁業補償に係わる回答書」(12月10日付)への反論・質問書(12月12日付)を12月16日着で中電に送付したことです。
回答書では、広島高裁2007年判決に基づき、「2000年補償契約で今回のボーリング調査も含めた漁業補償をした。その代わりに自由漁業(釣り漁業)の権利も含め、漁業を営む権利は放棄された」旨の主張をしてきました。それに対して、反論・質問書では、主として、①漁業補償額は事業の前3~5年間の漁業データを元に算定しなければならないとされているから、2019年ボーリング調査に伴う補償額を2000年に算定できたはずはない、②補償契約に基づき自由漁業の権利に制約を受けるのは、2000年当時、当該海域で自由漁業を営んでいた「2000年祝島組合員」であり、現在、当該海域で自由漁業を営んでいる祝島漁民のほとんどは「2000年祝島組合員」ではないので、補償契約による制約は全く受けない、と反論したのでした。
この①及び②の論理は、今回のボーリング調査のみならず、今後の埋立についても全く同様にあてはまるので、中電は埋立も原発建設も不可能になったのです。
今回明らかになったように、漁業権等の権利者は、本来、事業者よりも強いのです。頭を下げて頼まなければならないのは事業者であるにもかかわらず、事業者の方が強いと思いこまされて「事業をやめてください」などと頭を下げて頼んだりするから、事業者に姿勢を見透かされ、結局は、文書に印を押したり、補償金の配分を受けとったりして力関係が逆転してしまうのです。
権利者が自分の持つ権利を主張し、行使することで事業が中止になったのは画期的なことで、今後の民衆運動に大きな希望と勇気を与えてくれるものです。
40年近くにもわたって上関原発計画に苦しめられ続けてきた祝島島民に「おめでとう」とお伝えするとともに、民衆運動にとっての大きな成果を勝ちとられたことを共に喜びたいと思います。