山口県の上関町では1982年に中国電力の上関原発計画が浮上してから今年で37年になる。この間には2011年の福島原発事故も起こり、全国的に原発からの撤退が大きな世論となり、上関原発計画は頓挫している。とりわけ原発建設計画を阻止している重要な力は祝島の漁民が漁業補償金の受けとりを拒否し続けていることだ。だが、上関原発計画が置かれている状況を無視し、10月31日に山口県は中電に対しボーリング調査を許可した。ここであらためて上関原発計画を頓挫させている重要な要因について明らかにするために、熊本一規明治学院大学名誉教授の祝島漁民の漁業権についての論文を紹介する(出典はhttp://www.kumamoto84.sakura.ne.jp/)
上関原発計画は30年以上前に計画されたにもかかわらず、いまだに着工されていません。着工を止め続けている最大の力は祝島漁民が漁業補償を受け取っていない点にあります。
中国電力は、2000年4月に共同漁業権管理委員会(祝島漁協を含む8漁協から構成されていた)と交わした補償契約に基づき上関原発に伴う漁業補償金を支払いましたが、7漁協は配分額を受け取ったものの祝島漁協は受け取りを拒否したため、旧祝島漁協(現在は山口県漁協祝島支店)の組合員にはまだ補償がなされていないのです。
祝島漁民への補償金約10億8000万円は現在、山口県漁協が預かっていますが、この間、それを祝島支店に渡そうと画策しています。祝島支店に「補償金受領」の部会決議をあげさせて、それを根拠に祝島支店に補償金を渡そうとしているのです。
2018年3月27日にも山口県漁協は祝島支店の部会決議をあげさせようとしましたが、部会で否決されました。
補償金を受ける者はだれか
しかし、そもそも漁業補償を受ける者はだれでしょうか。漁業補償は、埋立等の事業により権利が侵害され損害が生じるために、損害を受ける者に支払われるものです。損害が生じたら、その行為は不法行為になってしまいますので、予め「事業を認めてもらう代わりに補償を支払う」という内容の補償契約を交わしたうえで事業に取り掛かるようにするのです。ですから、漁業補償を受ける者は、漁業を営む者です。
漁業は、免許を受ける「漁業権漁業」と許可を受ける「許可漁業」と免許も許可も不要な「自由漁業」に分類されますが、祝島では、主として漁民個人が許可を受ける許可漁業や自由漁業が営まれています。許可漁業・自由漁業への補償を受ける者は個々の漁民ですから、漁協やその支店(合併前の単協を合併後に「支店」と呼びます)は何の関係もありません。
他方、共同漁業は、漁協(山口県漁協)が免許を受けている漁業権漁業ですが、共同漁業を営む者は「関係地区(共同漁業権に必ず定められています)に住む組合員(祝島漁協の組合員)」ですから、補償を受ける者は祝島漁協の個々の組合員です。ただし、共同漁業権は入会権的権利ですので、個々の組合員(准組合員を含む)が個別に補償を受けずに、組合員全員から委任を受けた者が一括して補償を受け、その後、組合員全員の同意を得た配分基準に基づいて配分することになります。
まとめると、許可漁業・自由漁業への補償を受ける者は、それらの漁業を営む「個々の漁民」、共同漁業への補償を受ける者は「関係地区に住む組合員全員から委任を受けた者」を経由して「個々の関係地区に住む組合員」ということになります。中電は、共同漁業への補償の性質を利用して、許可漁業・自由漁業への補償も祝島支店を通じて支払おうとしているのです。
上関原発を巡る漁業補償の問題点
以上のことを踏まえれば、現在争点になっている上関原発をめぐる漁業補償には、次のような問題点があります。
①中電からの約10億8000万円の補償金を山口県漁協が預かっていることには法的根拠はない(祝島漁民からの委任状が必要)。
②許可漁業・自由漁業への補償金の受領を決められるのは、個々の祝島漁民であって祝島支店ではない。したがって、部会決議は何の法的効力も持たない。
③共同漁業への補償金の受領も祝島支店の部会決議で決められることではなく、祝島組合員全員の同意を得なければ受領や配分はできない。
上関原発に反対するうえで、祝島支店の部会決議を防いだほうがベターですが、反対運動の側、特に祝島漁民の間で、以上の①~③の認識を共有していけば、反対運動がより強力になりますし、いろいろな作戦も可能になるでしょう。
上記のように、共同漁業権は関係地区の入会集団の権利(入会漁業権)に由来する権利です。入会集団は法人格を持たないため漁業権を免許することはできないので、入会集団で組合(明治漁業法では漁業組合、昭和漁業法では漁協)を創らせ、組合に共同漁業権(明治漁業法では専用漁業権)を免許するようにしたのです。
ところが、漁協は、協同組合原則に基づく団体なので、設立自由、合併自由、加入脱退の自由を持っており、入会集団の構成員だからといって漁協に加入しなければならないわけではありません。そのため、入会漁業権を持ちながら、漁協に属さない漁民も存在することになります。埋立等の事業者は、それらの漁民の権利も侵害しますから、補償しなければなりません。
また、上関原発に伴う補償金は、2000年に支払われましたが、その後、漁業を開始した漁民も多数存在します。それらの漁民に対しても補償しなければ着工できないことはいうまでもありません。
中電に対し、組合に属さない漁民、及び2000年以降に漁業を始めた漁民への補償をどうするのか、という内容の公開質問状を提出していますが、全く回答になっていない内容(2000年に共同漁業権管理委員会に補償したとの内容)の返信があっただけで、中電はいまだに回答できていません。
2008年に埋立免許が出たものの、祝島漁民が漁業補償を受け取らないので、中電はいまだに着工できていません。埋立事業を実施するには、実施前に損失補償が必要で、漁民が漁業補償を受け取らない限り、事業を実施できないことを教えてくれる恰好の事例です。
埋立免許再延長問題について
この埋立免許再延長問題について二点のコメントをしておきます。
①「事業者と民の関係」が肝腎
第一に、埋立免許は「事業者と公の関係」においてなされる手続きであり、「事業者と民の関係」には何の関連もないということです。
中国電力は、2008年10月22日に埋立免許を取得しました。しかし、公有水面埋立法は「埋立事業者が埋立免許を得ても埋立で損害を受ける者に補償しなければ埋立工事に着工できない」旨規定しています(第八条)。上関原発では、祝島の漁民が漁業補償金の受領を拒否し続けているために埋立工事に着工できないでいることは、この間の経緯から明らかになっています。中国電力及び山口県漁協は、なんとかして祝島漁民に補償金を受け取らせようと画策してきましたが、祝島漁民がいまだに受領を拒み続けているのです。
祝島漁民が補償を受け取らない限り、埋立工事に着工できない。これは「事業者と民の関係」であり、「事業者と公の関係」において埋立免許が再延長されたところで、それとは全く関連なく存在し続ける関係です。
ですから、埋立免許がなされようが、延長されようが、再延長されようが、祝島漁民の受領拒否が続く限り、埋立工事に着工される恐れは全くないのです。
埋立等の際に、住民団体は、「事業者と公の関係」を重視し、免許や許可や認可がなされれば事業が遂行されてしまうと考えがちですが、それは全く誤りで、重視すべきは「事業者と民の関係」なのです。
わかりやすい事例をあげると、千葉県丸山町で、ゴルフ場の開発許可が出たためにゴルフ場が建設されてしまう、とあきらめていた住民に、開発許可が出てもゴルフ場で損害を受ける水利権者が同意しない限りゴルフ場建設はできない旨の話をしたところ、話を伝え聞いたゴルフ場開発業者が、話の翌日にゴルフ場建設断念を発表したことがあります。「事業者と公の関係」に騙されずに「事業者と民の関係」を重視することが肝腎なのです。
②中国電力の埋立を実施できる権利は消滅している
第二に、中電が上関原発埋立を実施できる権利が既に消滅していることです。公有水面埋立法が「埋立事業者が埋立免許を得ても埋立で損害を受ける者に補償しなければ埋立工事に着工できない」旨規定しているのは、埋立事業により損害が発生し、損害を受ける者がいるからです。埋立事業により損害を受ける者と補償契約を交わし、補償を支払って、初めて損害を与える埋立事業を実施できるのです。
ところが、中電と漁協等との補償契約は、2000年4月27日に交わされたものです。2000年4月に交わした補償契約で補償を支払ったのに、それから20年余り経って埋立事業を実施できるものでしょうか。
もちろん、答えはノーです。2000年4月時点で漁業を営んでいた者と2019年時点で漁業を営んでいる者とがすべて一致しているはずはありません。2000年当時漁業を営んでいても、2019年時点では廃業したり、亡くなったりしている漁民は何人もいます。逆に、2000年当時漁業を営んでいなくても、その後漁業を営み始めた漁民も何人もいます。
ですから、中国電力が今後上関原発建設のために埋立を実施するには、埋立事業実施時点において漁業を営んでいる漁民に新たに補償しなければならないのです。
公有水面埋立法に基づくだけでも、以上のように、上関原発埋立実施には新たな漁業補償が必要といえるのですが、さらに民法の「時効」の規定があります。
中国電力が、漁業に損害を与える埋立事業を実施できるのは、補償契約に基づいています。中国電力が補償を支払うことと漁民が埋立を認めることの両方が補償契約に規定されているので埋立を実施できるのです。いいかえれば、中国電力が埋立を実施できる権利は、契約に基づいて契約の相手方に要求できる債権なのです。
ところで、民法によれば債権の消滅時効期間は10年です(167条一項)。契約を交わしても、契約に基づく債権を10年間行使しなければ、その債権は時効により消滅するのです。したがって、2000年4月27日補償契約から19年以上も経った今、中国電力が上関原発埋立事業を実施できる権利は、とっくに消滅しているのです。
[参考]民法167条一項 債権は、10年間行使しないときは、消滅する。
以上のことから、埋立免許が再延長されようと中国電力が上関原発埋立を実施できないことは明らかです。
以上のように、運動の中で、何処に力を入れればよいかを知ること、「力を入れずに形だけの抗議で済ませていい問題」と「力を注いで取り組む必要のある問題」とを峻別することはとても大事です。さもなければ、あきらめなくてもいいのにあきらめたり、効果のない問題に力を注いで徒労感や挫折感を味わったり、力を入れる必要のある問題への取り組みがおろそかになったりするのです。
山口県が海面占用を許可
山口県が10月31日、中電から申請されていたボーリング調査のための海面占用許可を出しました。
国・電力会社の原発政策に知事や県役人が逆らえるはずはないので、予測された結果です。しかし、この海面占用許可には重大な瑕疵(かし)があります。
それは、申請書には「利害関係人の同意書」を添付することが義務づけられているのですが、祝島漁民の同意書が含まれていないことです。
2005年のボーリング調査の際に、中電は、2000年補償契約に基づく漁業補償は、許可漁業者・自由漁業者に対する補償も含んでおり、また、埋立のみならず調査に伴う補償も含んでいるので、改めて補償しなくても調査は実施できる、と主張していました。
ところが、今回のボーリング調査にあたっては、2000年補償契約には一切触れることなく、「補償は必要ない」とし、「利害関係人の同意書」には、四代漁協・上関漁協からの同意書だけを添付し、祝島の許可漁業者・自由漁業者の同意書は添付していないのです。今回、2000年補償契約に触れられなかったのは、おそらく消滅時効の指摘を受けたからでしょう。
祝島漁民の漁業(自由漁業・許可漁業)が損失を受ける際に損失補償を支払わなければならないことは、憲法29条及び要綱(公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱)で義務づけられていますから、祝島漁民の同意なしにボーリング調査を実施することは、憲法違反になります。したがって、憲法及び要綱に基づいて損失補償を支払わなければならない祝島漁民を「利害関係人」に含めないことは、重大かつ違法な瑕疵であり、中電が提出した占用許可申請書も山口県が出した占用許可も、いずれも違法かつ無効です。
中電・山口県が祝島漁民に屈服する
中電は、「11月8日~13日に調査の準備作業、14日以降に調査を実施」としていましたが、11月14日現在、準備作業は全く実施されていません。中電が、従来の高圧的な姿勢とは打って変わって、占用予定海域で操業している祝島漁民の各船を訪ね回って「協力をお願いします」と頭を下げているのですが、ことごとく「ノー」と言われているからです。GPSによる位置特定などで済む準備作業でさえ全く実施できないのですから、設備設置が必要なボーリング調査を実施できるはずがありません。
2000年補償契約の消滅時効を認めず、「利害関係人」に祝島漁民を含めず、祝島漁民に損失補償を支払わないままボーリング調査を強行しようとした中電、及び中電の違法行為に「占用許可」で応じた山口県が、祝島漁民の当たり前の生活、これまでの日常的営みの前に屈服するであろうことがほぼ確実になっています。
天網恢恢疎(てんもうかいかいそ)にして漏らさず、というほかありません。