下関市では水道水の80%の供給を長府浄水場が担っている。どのようにして蛇口まで水が届いているのか、明治期に築造された高尾浄水場に続き、長府浄水場を訪ねた。
1953(昭和28)年に稼働した長府浄水場は、下関市の人口増加や工業の発展に対応して増設を重ね、現在、1日13万立法㍍の浄水能力を持つ。原水は木屋川ダム(豊田町)から湯ノ原ダム(菊川町)を通って流れてくる水だ。高尾・日和山に水を送る内日貯水池の貯水量が190万㌧であるのに対し、1900万㌧の貯水量を持つ木屋川ダムの完成(1954年)によって、10倍もの水を確保することができるようになった。
長府浄水場では「急速ろ過方式」で水道水をつくっている。概算で、緩速ろ過の場合、水が砂の層を1㌢通るのに3分かかるが、急速ろ過では6秒で1㌢通るため、より速く、多くの水をつくることができる。人口が増加していく時期にとり入れられた方式だ。場内にある緩速ろ過池(4池で2万㌧のろ過能力を持つ)は水需要の減少により2014年11月から休止している。
ダムから流れてきた原水は、浄水場のすぐそばにある「第5分水槽」で山口県から下関市にひき継がれ、まず着水井(ちゃくすいせい)に到着する。自然の状態の水はもちろん飲めない。またダム水という性質上、夏場には植物プランクトンが発生してカビ臭や墨汁臭がするため、春から秋口にかけては、とくに臭いの解消に気を遣うのだという。中央管理室のなかにある水質監視モニターには、届いたばかりの原水、沈でん池で処理された水、完成した水の3種類の水槽が置かれており、原水の水槽の中にはタナゴを泳がせている。農薬などが混入すると、小魚は敏感に反応するため、目視ですぐに危険を察知することができるのだ。下関市では、今までこの小魚たちが寿命以外で死んだことはないという。こうして常に水の状態を職員が確認しながら、臭いがする場合は最初に活性炭を注入して臭いをとり除く。
臭いをとり除かれた水は、「PAC(パック)」という凝集剤を注入され、沈でん池へと送られる。巨大な沈でん池の中央はゆっくりと回転している。攪拌すると、水中を浮遊している小さなゴミが塊(フロック)になり、重さによって底に沈でんしていくのだという。第一段階のゴミがとり除かれた上澄みが、急速ろ過池へと流れていき、今度は砂の層を通って目で見てわかるほど、きれいな水になって出てくる。
こうして二段階でゴミをとり除いたあと、次亜塩素酸ナトリウムを注入して浄水池に貯水されていく。そこから、第1号ポンプは急傾斜を駆け上がって長府地区に水を送る長府配水池へ、第2号ポンプは彦島に水を送る日和山浄水場へ、第3号ポンプは山陰、熊野、山陽地区の配水池へと水を送り届ける。
原水から家庭に水が届くまで、すべてを監督しているのが中央管理室だ。ダムから届いたばかりの原水、沈でん池、急速ろ過池を通っている水の水量、水温、濁度、pH値など長府浄水場内の各工程の状態から、市内に約60カ所ある配水池やポンプ場の状態まで、4人1組・4班の職員が24時間365日、すべてをチェックしている。
各地区に水を届ける配水池が満水なのか半分しかないのか、量的な面もつねに監視しているという。安岡や吉見など遠方の配水池は容量が小さいため、小学校でプールの水張りなどがあると、あっという間に水量が減る。水需要が高まるのは夕方から夜間にかけてだ。そのときに「水がない」という事態にならないよう、「今日は○○小学校がプールの水張りをする」「○○地区は停電でポンプが使えない」「○○地区で管修理がある」など、集められる限りの情報を集め、日日つくる水の量や配水池に送る水の量などを細かく調整しているという。室内にあるホワイトボードには、これらの情報がすべて書き込まれている。アナログながら情報を共有し、水を途切れることなく送り届けるために重要な役目を果たしているという。この調整にマニュアルはない。しかも、電気料金も計算に入れながら、安い夜間電力を利用してどこまで水をつくり、昼間にどれだけつくるのかといった判断もしているというから驚きだ。経験を積んだ職員たちの絶妙な調整によって、蛇口をひねればつねに水が出る状態が保たれている。そこには「断水は、水道マンとしての恥だ」との先人たちの教えの下、現場のプライドが何代も受け継がれている。
この中央管理室には、市内の各施設で異常が発生した場合、それぞれに設置されたシステムから警報が送られてくる。警報器が鳴るとともに情報がパソコンに送られてくる。その量は膨大だ。60カ所もの施設があるので、警報が鳴りっぱなしの日もあるのだという。重要なケースは赤字、急を要さない場合は黒字で異常の内容が表示される。しかし、これはあくまで機械の判断だ。職員が一つ一つの情報を確認し、黒字であっても急がなくてはならないもの、赤字であっても急がなくてもよいものなどの判断を下す。緊急を要する場合は、夜中でも技術職員と連絡をとりあい、修理に出動するという。機械を盲信してしまうと、とり返しのつかない事故に発展する場合もある。必ず最後は人間の目で確認するのだ。
下関市は人口減少が続いており、水需要も減少の一途をたどっている。約30年前は1日平均10万立法㍍の水を生産していたが、現在は1日8万立法㍍になっているという。長年現場を担う職員に聞くと、かつては夏場になると使用水量が上がっていたが、近年では2016年1月25日に起きた水道管の凍結破裂による漏水で1日11万㌧を記録したのが最大だという。
もう一点、長府浄水場内では、到着した原水を沈でん池に送るさいと、最後に浄水を高地にある配水池へポンプで送るさい以外、すべて電力を使わず、自然流下で流れていく構造になっているという。高尾浄水場と同じく、先人の知恵を感じるところだ。