水道民営化法と呼ばれる改定水道法が10月に施行される。この問題にとりくむアジア太平洋資料センター(PARC)は新たにDVD『どうする? 日本の水道 自治・人権・公共財としての水を』(監督/土屋トカチ)を制作した。10日には都内で完成記念上映会と土屋監督のトーク、出演者によるシンポジウムを開催し、民営化反対にとどまらず、日本の水道が抱える問題を考え、市民とともに公共水道を発展させていく道筋について議論をかわした。シンポジウムではDVDに出演した岸本聡子(トランスナショナル研究所)、橋本淳司(水ジャーナリスト)、辻谷貴文(一般財団法人全水道会館水情報センター事務局長)の3氏の講演を受けて会場全体で論議を深めた。上水道のコンセッション導入を推進している宮城県と下水道にコンセッション(運営権の民間売却)を導入した浜松市の住民も参加し、状況を報告した。以下それぞれの発言と質疑応答の要旨を紹介する。
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改正水道法制定の経緯 水情報センター事務局長 辻谷 貴文
私は全日本水道労働組合に所属し、水情報センターで海外の水事情や地域の水道事情などを情報発信している。
水道は今大変な状況になっており、政府は水道のコンセッションをもって解決しようといっている。しかし果たしてそうだろうか。日本の水道のトップは厚生労働省の水道課だ。ここが無策に水道を放置してきたわけではないが、水道事業は地方自治体が運営しており、国が笛を吹けど踊らずの状況が続いてきた。そのなかで2016年に有識者会議「基盤強化策等検討会」がとりまとめを出した。全水道労組委員長も参加し水道事業の基盤強化について議論し、水道法を改正しなければ厳しいという方向になってきた経過がある。
2016年末、改正水道法案が作成されたが、これを審議する段階になって突然、二四条の三に「運営権の設定」が挿入されてきた。その他の水道法の改正内容は、都道府県や地方自治体の権限、水道事業体の権限などを明確にすることや、地域の水道事業体に対し、水道管の敷設状況や状態などを調査するよう促す内容などだ。しかし官邸圧力といっていいと思うが、「官民連携推進」のなかに「運営権の設定」という水道事業の運営権を丸ごと売り飛ばす内容が挿入された。
2017年3月には閣議決定され、通常国会では「参議院先議」という扱いで審議されようとしていた。それを見て私たちは、この法案が地域に出て行けば大変なことになるのではないか、もっとしっかり審議してほしいというとりくみを展開してきた。
当時、厚生労働委員会のキャップだった川田龍平さんや山本太郎さんなどの協力も得るなかで、2017年3月以降、継続審議になったり、総選挙で一度廃案になったり、再び法案として提出されたりし、最終的には2018年12月の臨時国会で自民・公明・維新の賛成によって可決成立した。
10月の法施行に向けて基本方針や運営権のガイドラインなどの政令、省令などを整理する事務的な作業がおこなわれ、この夏休みのどさくさに紛れて、今月20日締め切りでパブリックコメントを受け付けている。これ自体が「国民の声を聞いた」というアリバイづくりだろうが、政府に対し一つでも多くの声を上げておかなければならない。「運営権ガイドライン」「官民連携の手引き」の項目にぜひ意見を上げてほしい。この国はこれまで、市民の財産を市場に投げ込むことで経済を推進してきた側面があるが、それがいよいよ水道事業にやってきたということだ。
10月に施行されると、地方自治体の議会のなかでコンセッションをやるかどうかの議論が始まる。今後は地方自治体の首長を監視していかなければならない。首長のなかで水道について知識のない人がたくさんいる。水道事業のトップさえ異動してきて水道について知らない人もたくさんいる。それをチェックする必要がある。
私の職場の大阪も大変な状況だが、東京も大変な状況になるのではないかと考えている。日本の水道の漏水率は平均5%だが、東京はわずか3%だ。これだけの人口を抱え、アップダウンの激しい地形だ。高い水圧をかけて家庭の蛇口に水を送っているため、水道管から水が漏れない対策を緻密にやっている。そのおかげで漏水率約3%という世界一クオリティの高い水道を築いている。しかし東京都の都政改革本部では、「そんな低い漏水率が必要なのか」という意見がかわされている。民間企業が請け負ったとき、利益を上げるために多少チェックをおろそかにしていくであろうし、漏水率も上がっていくだろう。そのさいの言い訳を先につくっているのではないか。東京は間違いなく一番もうかる地域だ。オリンピックが終わったころに「水道事業をコンセッションにしたい」という話が出てくるのではないか。
ヨーロッパでは市民運動で再公営化の潮流が大きくなっている。イギリスは水道のPFI(民営化)をやめたが、日本はこれからやろうとしている。私たちは蛇口の向こう側で仕事をしているが、蛇口をはさんで市民との間に大きな壁があり、市民の側は「蛇口の向こう側など知らない」し、役所は「水道料金を払わなかったら水道を止める」という。公営水道といいながら、公権力としての水道だった状況を打開して、蛇口の向こう側をみなさんと共有できる社会を一緒につくっていきたい。
最後に、2008年に岸本聡子さんに、運動を進めていくためには「所有しないことだ」と教えられた。労働組合や老舗の市民グループのなかには「あの運動はわしらがやった」など、運動を所有している場合がかなりある。経過も結果もみんなで共有することが重要だ。みんなで考える、みんなの水道というスタンスでやっていきたい。
世界の再公営化の流れ トランスナショナル研究所 岸本 聡子
アメリカのペンシルバニア州アレゲニー郡ピッツバーグ市(人口30万人)では、2012年から2015年までヴェオリア社が水道給水を担当していた。そのなかで2016年に国の安全基準を大幅にこえる鉛が水道水から検出された。水道管の最後と建物をつなぐ部分に鉛管が使われている場所があり、科学的に処理をして鉛濃度をコントロールするが、それができておらず汚染が起きたのだった。長期にわたって知らされないまま住民が水を飲んでいたことがわかり、とくに子どもたちに健康被害をもたらす可能性から緊急事態となった。しかしヴェオリア社は1年間の調停のあとまったく責任をとらずピッツバーグを去った。1100万㌦ほどの利益を上げており、鉛汚染に対して何らかの責任があったはずだが、結果的にはまったく責任を問うことができなかった。
この契約はPPP(官民連携)モデルの一つで、節約すればするほど、企業側が節約した分の半額を報酬として得ることができる契約だった。これはコスト削減に誘引する効果が非常に高い。コスト削減でもっとも手っ取り早いのが人件費だ。ピッツバーグではこの間に23の専門職が失われた。そのなかには水質のコントロールなど、重要な専門性の高い熟練の技術者たちがいた。それらが失われるなかで汚染が起きた。
コンセッションを導入しても自治体は管理や監視などでかかわるが、この事例から、事故のさい、責任の所在を規定するのは非常に難しいことがわかる。とくに災害の場合、水道管の破裂や火災も想定されるが、リスクを規定することが難しく、起こったさいに企業に責任を負わせることが難しい。企業は100%たたかう姿勢で国際弁護士団を送り込んでくる。そのときに自治体が勝てるかどうかという根本的な問題がある。
フランスのパリでは、2010年に水道を再公営化して10年たった。水道公社オー・ド・パリ社は非常に効率のよい会社だ。パリの水道が規定する「効率」は非常に広く、環境や社会正義などを含めた形で企業の責任と効率を追求している。同社は給水スタンド200カ所を管理・運営しており、今年から炭酸水の供給も始まった。
この設置は、パリ市が持つ参加型予算の仕組みを背景におこなわれた。パリ市は投資予算の5%、約99億円を参加型予算にあてている。市民がアイデアを出し合い、話し合って投票で選ばれたものに予算がつく仕組みだ。そこで出た「給水塔を増やしてほしい」という提案を公社が実行している。参加型民主主義が可視化されたような形で、かつ市民に利益を見せているところがおもしろい。さらに重要なことは、たんに住民のためだけでないことだ。今ヨーロッパでは難民問題が非常に大きい。パリのような都市では毎日難民が入ってくる。彼らは保護もないまま大変な生活を強いられており、ホームレスもたくさんいる。オー・ド・パリ社は給水塔に加え、噴水1100カ所を管理・運営しているが、これは人権としての水を守るという強い使命感でおこなわれている。
イギリスでは1989年に完全民営化という極端な形でおこなわれた。新自由主義経済をモデルに水道だけでなく鉄道、郵便、電力といった基本的なサービスをすべて民営化した。新自由主義は一言でいうと民営化し、緊縮財政をし、労働者を非正規化し、「公」を解体していくプロセスだと思う。そのもとで25~30年たち、ヨーロッパ各国で民主主義そのものが危機に陥っている。
イギリスでは水道事業の金融化、複雑化が進み、最終的には市民の負担で株主が利益を最大化するシステムを30年間かけてつくっていった。それは投資が最小化されていくプロセスでもあった。国内に10の水道公社があるが、借金ゼロの状態で民営化され、25年たった現在の負債は7・4兆円だ。この額はほぼ投資家が受けとった報酬に匹敵する。
野党・労働党は「自分たちの水道をとり戻す」という公約を掲げている。水道だけでなく電力、交通、郵便などすべてを国有化するというのが労働党の中心的な政策で、もし選挙に勝てば30年間の新自由主義を抜本的に変えるような大きな動きになる可能性がある。最新の動きでは、7月に労働党が「自治体サービスを民主化する 21世紀のインソーシング計画」というレポートを出した。日本では水道に限らず、自治体サービス、たとえばゴミ回収や学校給食、清掃、文化・スポーツ施設の維持管理など、身近な行政サービスをアウトソーシング(外部委託)していくことが自治体や地方議会で議論されている。しかし、30年間とことんアウトソーシングを進めたイギリスでは、皮肉なことにコストが上がり、サービスが落ちていった。これを労働党は「インソース・ファースト」でやろうといっている。契約が切れた自治体サービスから順に自分たちの管理の下に戻していこうという政策だ。
30年間の結果から反省して、住民や労働者と一緒に新しい公、開かれた公・共をつくりあげていく動きだ。30年かけて破壊されたものは、再建するのに30年かかるだろうといわれている。それでも今やらなければならないということだ。
私たちの2017年の調査で、世界では835件の公共サービスの再公営化がおこなわれており、1600以上の都市が公共サービスを公的な管理にとり戻すために行動している。民営化は問題を解決するためにふさわしくないことは世界が証明している。
現在の水道に問題があることは事実だが、「コンセッションをすれば何でも解決する」という幻想にとらわれず、それぞれの地域にあった解決策を丁寧に探したり、議論しながら長期的に進んでいく、「地域、自治、水道」という枠組みで議論していければ嬉しい。
住民参加で将来像を共有 水ジャーナリスト 橋本 淳司
ミツカン水の文化センターが毎年おこなっている意識調査で、東京、大阪、名古屋の各500人・計1500人にアンケートをとったところ、水道法改正について「聞いたことはあるが、内容までは知らない」「知らない」を合わせると90%以上の人が知らなかった。民間が運営しやすくなったことについても知らない人がほとんどだった。歴史を見ると資本主義ではみんなが無関心になったときに資本側が暴走する。この状況は非常に危機的な状況ではないかと思う。一方で「知らない」という九割も含め、企業が運営した場合、「水の安定供給維持」「水道の老朽化対策」「水道料金」など全五項目で「悪くなる」と答えた人の方が多い。
水道にはコンセッションを導入するか否かだけでなく、経営自体が危機的な状況にある問題がある。それらも含めて住民が知る必要があるのではないかというのが私の問題意識だ。
人口が多い東京などの大都市は、蛇口の向こう側にコストがかかっても料金に反映される部分は少ない。しかし全国的に見ると人口減少が進み、水道料金が上がる傾向だ。昭和期の前回オリンピックの前年度には大渇水が起きた。水需要が高まり、人口も増加する時期だ。この状況での解決方法は建設であったり、東京モデルだった。しかし、これからは人口減や水需要の減少、気候危機などが起きてきて、対応は変わってくる。水は生態系のなかで存在しているので、生態系をどう維持していくかが、安定的に水を確保するうえで重要になってくる。
コチャバンバの水紛争をリードしたパブロ・ソロン氏が日本で講演した内容で印象に残っているのは、「水道を再公営化してとてもよかった。水道料金がすべて水道事業にあてられるようになったことで水道が改善されていった。でも、再公営化でみんなの意識が水に向かなくなった」といわれたことだ。温暖化で水源が涸れていったり、山火事が発生するなどしており、根本的な水問題は解決されていなかったという。
水道民営化の闘争はとても目立ち、団結しやすいが、もう少し広げると、蛇口の向こう側の最終地点には山があり森があり、雨が降る。森の状態や雨の降り方などまで含めて考えてほしい。
現状では、水道事業者と市民の意識に乖離がある。多くの人は水に対して安さとおいしさを求めている。水道事業者は水道管の老朽化対策なども含め水道事業の維持を考える。そのなかで、どのように水道を自治として考えていったらいいのかを話したい。
フューチャーデザインという手法で、自治体で勉強会をおこなうサポートをしている。人口減少など、課題を一つ一つ解決するのではなく、30年後、40年後に自分たちの町がどうなっているか、将来像を共有し、今やるべきことを考える方法だ。そのためには、政策決定に将来世代の意志決定を入れる必要がある。自分たちの短期的な暮らしやすさや短期的な利益だけを追い求めてしまうと、将来世代にツケを残す可能性があるからだ。コンセッションは長い期間にわたってモニタリングする能力が自治体から失われていく欠点があり、30年後の世代にとって懸念を残す。
最終的にどのようなプロジェクトができてもいいと思うが、一番重要なことは住民がかかわっていることだ。知ったうえで選択すること、選択にかかわることができることが大事だ。
質疑応答 10月の改定水道法施行でどうなる
質疑のなかでは、10月施行でどのような状況に変わるかという質問や、水道をはじめ教育・福祉など公共サービスのあり方を考えるうえで、どのような市民社会を構築していくべきなのかといった質問や意見が出され、議論を深めた。
橋本氏は10月以降、コンセッション方式に手をあげる自治体が出てくることを指摘した。もっとも早く動きを見せる可能性が高いのが宮城県で、同県では10月の県議会議員選挙の後に議会に条例が提出される見込みを示した。
関連して辻谷氏は、宮城県ではすでに企業が群雄割拠し、水面下で激しいバトルがおこなわれており、「仙台に外資系の水企業が事務所を出した」「撤退した」「電力会社が参入するかもしれない」など情報が錯綜している状況を語った。また大都市で民営化の動きがある一方、より経営状態が深刻な小規模自治体はもうからないため名前があがらない点も指摘した。
市民意識とかかわって岸本氏は、ヨーロッパではリーマン・ショック以降、とくに2010年に緊縮財政が敷かれて以降、国も地方自治体も福祉に支出せず、公務員を削減する政策を徹底した結果、スペインでは若者の40%が失業するなどの状況があるとし、「社会的な権利として水、電気、住宅などを求めていくしかなく、政治を変えなければ生きていけないという切羽詰まったなかで、市民の社会的な権利を守る政党が生まれてきている」とのべた。
新自由主義を徹底した結果、過酷な状況にあると同時に、難民危機など社会的緊張も高まっており、右翼も台頭する状況にある。そうしたなかで有権者の危機感も強いこと、また、実際に選挙で政権が変われば政策が変わる点をあげ、「これが日本ではあまりないため政治との信頼関係が希薄だ」と指摘。市民運動から議員を出していくなど、市民と政治の信頼関係をとり戻すうえで地方からできる運動があるとの考えを示し、「公共財や、当たり前に必要な保育や介護なども含めた“公”を市民と政治がつくっていく道筋をつくる運動をしていきたい」とのべた。
辻谷氏も、「水を考えることが地域や民主主義を考える近道だ」とのべた。水道現場は24時間365日、市民生活に影響を及ぼさないように仕事をするのだと先輩たちに教えられ、「縁の下の力持ち」を矜持に仕事をしてきた。しかし、職員削減や賃金削減などがおこなわれるなかで、「市民にとってこれでいいのか」と情報発信を始めた経緯にふれ、民営化問題を水道事業と市民との関係、公営水道のあり方について議論を深めるチャンスにしたいと語った。
さらに象徴的な問題として災害をあげた。一昨年の北陸大豪雪では、凍結破裂で配水池から水が漏れ、断水も俎上に上るなか、水道職員たちが漏水調査をおこない、漏水箇所の持ち主を探し、雪かきをして道路を剥ぎ水道管を修理する作業をおこなったことを紹介。自衛隊や消防のようにニュースで流れないが、生活インフラを守る仕事を担っていることを強調した。
会場からは、浜松市の水道民営化を考える市民ネットワークの女性が、署名活動などを展開していることや、来年に全国の集いを開催する準備を進めていることを報告した。
宮城県の男性も、現状では多くの県民が知らない状態であること、10月の県議選が一つの焦点になることを語った。参議院選挙で新人女性が現職に競り勝ったことにもふれ、「今後、衆議院選がある場合、消費税は当然争点になるだろうが、水の問題を争点にできるような争点づくりをみんなでできないかと思う」と語った。
最後にアジア太平洋資料センター共同代表の内田聖子氏は、DVDを作製する過程で、「公共で続いてきた日本の水道はすばらしいが、それ故になにも考えず、無関心、無意識でそれを享受しているという問題に直面せざるを得なかった」とのべ、民営化反対を入口に、それぞれの地域の水道の実際を知り、考えていくことの必要性を強調した。
また、日本政府は日本初のグローバル水企業をつくり、海外に進出する方針を持っていることにふれ、「日本の水だけが守れればいいというだけでなく、グローバルにさまざまな運動とつながって一緒にやっていきたい」とのべた。
【関連リンク】
水道事業だけに限らず公共施設を一括して外資が合法的に乗っ取る
PFI法案は大半の日本の公共施設を外資に委託してしまいます
PFI(Private Finance Initiative:プライベート・ファイナンス・イニシアティブ)=
公共施設等の建設、維持管理、運営等を民間 に委託
民間と言うと大手日系企業に任せれば安心と錯覚しがちですが
外資が日本の公共施設を乗っ取るということです。
京都ではすでに水道の検針を外資のヴェオリア(麻生大臣の
娘婿の仏の外資)が運営しています。
知らない内に着々と進行しています。
1日でも早くストップするには政権交代しかありません。