米中貿易戦争をめぐって米国が中国への「制裁」を乱発している。関税引き上げ対象を拡大し、米商務省はファーウェイ本社と関連68社に米国製品の輸出を禁じる制裁措置も発動した。民間企業レベルでも米グーグルがファーウェイ製品の基本ソフト(OS)を今後サポートしないと表明し、日本の半導体メーカーや携帯電話大手までファーウェイとの取引停止や新製品の販売延期に踏み切った。だが中国側は譲歩するどころか強気の姿勢を崩していない。国内メディアはこぞって「強いアメリカが中国を追いつめている」と描くが、世界の力関係は変化している。次世代通信5Gの技術開発競争をめぐっても米国の衰退と中国の台頭が顕著にあらわれている。
米国と韓国で4月3日、世界で初めて5Gの商用サービスが始まった。もともとは韓国の通信大手3社(SKテレコム、KT、サムスン電子)が4月5日に世界初のサービスを開始する予定だった。それを「開始予定は4月11日」と宣伝していた米ベライゾンが突然、発売日を変更して出し抜いた。そして「アメリカの5Gが世界初」「アメリカが最も先行している」と印象づけた。
ところが5Gをめぐる競争は米韓が中心ではない。技術開発が先行しているのは中国であり、その中心に位置する企業がファーウェイだった。米携帯業界団体・CTIAが4月に発表した「5Gへの対応度」の調査(民間企業による5G試験や導入の進捗実績、電波の割り振り状況、政府の戦略などを数値化して比較)によると、19年度のスコアは首位の中国と米国が19、韓国が18、日本が17だった。
アメリカはこの開発競争で主導権を奪うため、ファーウェイ製品を排除したり電子部品供給への規制を強めているが、中国側に失速する気配はない。今月中にも国有3社(中国移動・チャイナモバイル、中国電信・チャイナテレコム、中国聯通・チャイナユニコム)に5Gの免許を交付し、5G本格運用の前倒しを進め始めた。中国国内に5Gが使える環境を整備してファーウェイの収益底上げを図ること、アメリカに先駆けて5Gを整備した中国市場の「対外開放」をアピールして外資を受け入れ、米国が主導する経済圏を切り崩す狙いだ。中国側は「対話したいならドアは開いている。戦いたいなら戦う。準備はできている」(魏鳳和国防相)と強気の姿勢を見せている。
技術革新で生活が変化
近年、メディアの露出が増えている5Gは携帯通信技術の段階を示す名略称だ。その主な流れを見ると
【1G】(第1世代、1980年代~)アナログ携帯電話方式(音声通話中心)
【2G】(第2世代、1993年~)デジタルへ移行(ネット接続)
【3G】(第3世代、2001年~)スマートフォン登場
【4G】(第4世代、2010年~)動画やゲームにも対応
【5G】(第5世代、2019年~)IoT(モノのインターネット)などに活用
と推移している。
この通信規格の技術革新のたびに生活環境が変化した。当初の携帯電話は肩から提げるショルダーホンだったが、それが小型化し、通話にとどまらずテレビやインターネット、動画送信機能まで加わった。4Gの段階ではDVD1枚分のデータが約5分でダウンロードできるまで技術は進歩している。
それが5Gになると大きく変わる。これまで使っていた遠くに飛びやすい周波数の低い電波を使うのではなく、スピードは速いが届く範囲が短い高周波の電波を使うからだ。電波の届く範囲が限られるため従来より基地局を増やすことになるが、高速・大容量・多接続通信が可能になる。「高速・大容量」の分野では、4Gのとき毎秒1ギガビットだった通信量が5Gになると毎秒20ギガビットとなり、通信速度が現在の約20倍早くなる。
データ通信の応答速度を左右する「遅延(レイテンシ)」分野も変化する。遅延は命令を出して反応にかかる時間で、機械やロボットを遠隔操作するときはこの遅延の数値が大きいと事故やミスにつながる。この遅延が4Gのとき10㍉秒(0・01秒)だったのが、5Gになると1㍉秒(0・001秒)になる。タイムラグは10分の1になり遠隔操作の実用化が進むことになる。
また「同時多接続」の能力が向上する。4Gのとき1㌔平方㍍当りでインターネットに接続できる端末数は10万台だった。それが5Gになると1㌔平方㍍当り100万台に増える。この能力向上によって「多人数がネット回線につなぐとなかなかつながらない」「動作が鈍くなる」という現象は改善される。
こうした技術の進歩は暮らし全体をIoT(モノのインターネット)技術を活用した遠隔操作や自動化の機能を搭載した家電製品市場の拡大を促し、国全体の産業活性化にもつながる。そのため国際市場では米国と中国を軸にした通信技術の覇権争奪戦が過熱している。
この5Gをめぐる中国と米国の衝突は突然始まったものではない。1980年代の第1世代(1G)登場時から続く携帯電話関連市場をめぐる争奪戦の継続である。世界の携帯通信市場の設備投資規模は8兆円をこしており、これまでは米国政府と関係の深いエリクソン(スウェーデン)とノキア(フィンランド)の二強が主導権を握っていた。そこに5G開発をめぐってファーウェイやZTEなどの中国勢が食い込み、エリクソンとノキアの二強を脅かしている。
基地局ベンダー(通信機器メーカー)全売上高の世界シェア(2018年、英調査会社IHSマークイット調べ)を見ると世界市場213億㌦の内訳は、エリクソンが29%、ファーウェイが26%、ノキアが23・4%、ZTEが11・7%であり、ファーウェイが世界の首位争いに名乗りを上げている。
世界首位のエリクソンは、米クアルコムの基地局部門やカナダ・ノーテルワークスの無線インフラ部門を買収した企業で北米圏との関係が深い。ノキアは米モトローラの通信インフラ部門や米アルカテル・ルーセント(米AT&Tの流れをくむ企業)を買収した企業でエリクソン以上にアメリカとの関係が密接である。
基地局は企業や個人の通信に欠かせない中枢施設であると同時に、政府や軍事機関が使う中核施設である。そのためアメリカは軍事力と同様に通信技術の開発を重視し、常に独占的な地位を保つことを追求した。そして4Gの段階ではエリクソンとノキアを軸にして、GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)と呼ばれる米国企業集団が世界のネット市場を牛耳る態勢を構築した。しかし5Gの技術開発を進めていく過程で通信技術覇権が崩れ始めている。
2018年のスマートフォン世界出荷台数シェアを見ても、サムスン電子(韓国)=20・8%、アップル(米国)=14・9%、ファーウェイ(中国)=14・7%、シャオミ(中国)=8・7%、OPPO(中国)=8・1%となり、4Gで独占的地位を築いたアップルは落ち目になっている。
ファーウェイなど新たに台頭してきた中国勢の特徴は研究開発を重視していることだ。ファーウェイは毎年売上げの10%以上を研究費にあてており、2017年の年間研究開発費は約1・5兆円に達している。また18万人の社員のうち8万人超が研究開発に携わっている。こうしたなか2018年の企業特許国際出願件数はファーウェイが5404件で1位となり、2位の三菱電機(2812件)や3位のインテル(2499件)を大きく引き離した。2015年には「ファーウェイが利用したアップルの特許」(98件)より「アップルが利用したファーウェイの特許」(769件)の方が多く技術レベルの高さも浮き彫りになった。
また中国では2015年7月に「中国製造2025」を公布し、国主導で技術開発を押し進めている。そこでは「宇宙用設備や通信設備」をめぐって「産官学連携の共同研究開発」を重視し、「2025年までに核心基礎部品とカギとなる基礎材料の70%の自給を実現」することを目標に掲げた。国揚げた技術開発計画が動くなかで「中国製品は海賊版ばかり」という古い常識はすでに変化している。
一方、米国メーカーは技術革新そっちのけで株主の高額配当を追求した結果、技術開発力は弱体化し、企業間の訴訟や足の引っ張り合いが目立っている。
スマホ大手のアップルは当初提携していた米クアルコムと特許をめぐる訴訟が過熱して同社から部品調達ができなくなり、米インテルと5G用部品の開発に着手した。しかし2020年まで商用出荷ができない事態になっている。米グーグルはグーグル製基本ソフト(OS)を搭載しないアップルの窮状に乗じてアップルの技術者引き抜きを進めている。
こうしたなかで中国勢が基地局ベンダー市場ではリクソンとノキアの牙城を突き崩し、スマートフォン市場ではアップルを脅かしている。
もはやまともな技術開発競争で太刀打ちできないため、国主導で「制裁」や競争相手の排除に乗り出したのがアメリカである。そのためトランプ大統領は昨年8月、米国の国防権限法に署名した。同法は「19年8月から米政府機関はファーウェイなど特定5社(ファーウェイ、ZTE、ハイクビジョン、ダーファ、ハイテラ)の機器・サービスの利用を禁止する。5社の機器を使った製品も利用を禁止する」「20年8月からは5社の機器やサービスを利用している企業との取引も禁止する」という内容だった。
それを受けて米国と諜報協定を結ぶ「ファイブアイズ」(米国、カナダ、ニュージーランド、英国、オーストラリア)の一員であるオーストラリア政府が追随姿勢を示し、カナダと日本がファーウェイ排除の方針を決定した。カナダは「イラン制裁に違反した」と主張し、ファーウェイの最高財務責任者(CFO)の逮捕に踏み切った。
2月中旬にはペンス副大統領とポンペオ国務長官が欧州諸国を回り「ファーウェイのリスクを認識しない国とは情報共有を控える」と圧力をかけて回った。ところが欧州近辺で米国と同一歩調をとる国はわずかで、ファイブアイズの一員である英国ですら「リスクは管理可能」と表明し、無条件排除の姿勢は示さなかった。反対にアイスランド、トルコ、ドイツ、バーレーン、アラブ首長国連邦、スイス、韓国などはファーウェイ製品の使用を排除しないことを表明した。
ところが米国の対抗手段は「制裁」しかない。そのため関税引き上げ対象を拡大したが、大打撃を受ける米国内から批判が噴出した。スポーツ用品大手や靴を扱う小売店170社が「関税引き上げ中止」を求める書簡をトランプ大統領に送りつけ、全米小麦生産者協会、米大豆協会、全米トウモロコシ生産者協会は抗議の共同声明を発した。さらにファーウェイへの「部品供給を止める」と圧力をかければ中国側は「レアアースの対米輸出を制限する」と主張し始めた。レアアースは利用分野が広いうえ中国から輸入の8割を依存しているため、米国は関税引き上げ対象から除外していたが、やぶ蛇となっている。そして今では台湾海峡近辺に軍艦をうろつかせる「航行の自由作戦」ぐらいしか恫喝手段はなくなっている。
携帯電話制す中国 契約数も特許数も歴然とした差
そもそも通信技術覇権をめぐる米国の「制裁」はすでに勝負がついたなかでの悪あがきに過ぎない。それは市場規模が余りに違うことを見ても歴然としている。
国際電気通信連合(ITU)が公表した2000年の携帯電話契約数上位5カ国(1人で複数契約の事例あり)を見ると
①米国 1億 948万件
②中国 8526万件
③日本 6678万件
④ドイツ 4820万件
⑤イギリス 4225万件
となっており、当時は米国と日本が世界で大きなシェアを持っていた。
それが2017年になると
①中国 14億7410万件
②インド 11億6890万件
③インドネシア 4億5892万件
④米国 3億9588万件
⑤ブラジル 2億6349万件
となり勢力図は大きく変化した【図・携帯電話契約数上位国参照】。
当然、中国の携帯電話市場はファーウェイをはじめとする中国勢が握ることになる。さらにファーウェイはインドの携帯電話市場の約7割を握るボーダフォン・アイデアセルラーやバルティ・エアテルと5Gの試験設備を設置することで合意しインド市場に参入する準備も進めている。中国とインドの人口は今後も拡大するすう勢で、国連は2030年になると2国だけで29億人をこすという推計【表1参照】を明らかにしている。他方、日本と米国の人口は2国合わせても5億人に届かない。衰退する米国に追随して「制裁」に加担することは、急激な成長を遂げる約30億人市場や50億人をこすアジア市場との連携を閉ざし、米国とともに衰退していく道でしかない。
5Gをめぐる特許も中国勢が圧倒的なシェアを保有している【図1参照】。データ解析会社IPリティックスのデータによれば、5G関連の特許を保持する上位10社には首位のファーウェイなど3社が名を連ねた。その特許は5G端末に必要な部品、基地局、自動運転車の技術など多様だ。中国勢が5G関連特許全体の36%を握っており、クアルコムやインテルなど米国勢の14%を大きく上回っている。そのためいくらファーウェイ製品の使用を禁止しても5Gを導入するには、特許権使用料の支払いが避けられない。したがって米国は「ファーウェイ製品を使うな」というが「ファーウェイや中国の特許を使わない」とはいえない力関係にある。世界知的所有権機関(WIPO)が公表した2018年の特許出願件数も首位の米国(5万6142件)に中国が(5万3345件)迫っている【グラフ1参照】。
さらにファーウェイは米グーグルが基本ソフトのメンテナンスをしないと示唆したことも好機ととらえ、独自基本ソフトの普及を進める姿勢を見せている。これまで多くの携帯大手が独自基本ソフトをつくって普及を図ったが失敗してきた経緯がある。しかし「制裁」でグーグルの基本ソフトが使えなくなるなら中国の携帯電話利用者がファーウェイの独自基本ソフトに乗り換える可能性が高まるからだ。これもグーグルは「制裁措置」と主張しているが、実際は中国で莫大な顧客を失うことと隣り合わせである。
こうして「強い米国」という定説は見る影もなく崩れ去っている。そのなかで「中国は包囲されている」「制裁しているのは米国だ」と煽り立て、現実を伝えない国内メディアの姿はかつての大本営発表にも重なるものである。この米中問題はアメリカに従属するか、中国に従属するかという問題ではなく、急速に変化していく世界の潮流を敏感にとらえ、日本の国益に沿った独自外交をどのように貫くかという問題である。こうした世界の潮流から遊離した米国一辺倒の外交政策を続けるなら、“アジアの世紀”と呼ばれる情勢から取り残されるほかない。