世界最大の貿易赤字国 VS 世界最大の貿易黒字国
「合意寸前」と宣伝していた米中貿易交渉が暗礁に乗り上げ、アメリカ・トランプ政府は第4弾の制裁関税を発動する準備に着手した。アメリカが昨年7月以後に発動した「中国による知的財産権への侵害に対抗する制裁」の継続施策で、これまで対象外にしていた中国からの輸入品もみな制裁対象に加える方向だ。これを受け中国は「反撃措置をとる」と表明した。米中間の動向を反映して世界市場では株安の連鎖も始まった。米中間で一体なにが起きているのか、世界や日本の経済動向を踏まえて見てみた。
トランプ政府は10日、「中国が約束を破った」と主張し第3弾で発動した中国製品(2000億㌦・約22兆円)分への制裁関税をこれまでの10%から25%に引き上げた。ライトハイザー通商代表が「基本的に残りすべての輸入品である約3000億㌦分についても、追加関税の手続きを始めるよう大統領の指示があった」と声明を出し、第4弾の制裁関税発動に言及した。
13日には米通商代表部(USTR)が第4弾の制裁関税の詳細を公表した。スマートフォン、テレビやラジオ、服や時計など一般家庭で使う消費財を制裁対象に加え、約3000億㌦(約33兆円)分の中国製品に対し最大で25%の追加関税を課す方針を示した。米通商代表部は今後、公聴会などをへて数カ月後に発動する構えをとっている。
中国はこの措置に対し「必ず報復する」と応じ、報復措置を明らかにした。中国は第3弾の追加関税の報復ですでに農産物や鋼材、電子製品など約5200品目に5~10%の関税をかけている。この関税を6月1日から最大で25%に引き上げると表明した。中国側は、①追加関税の撤回方法、②中国による米国からの輸入拡大、③合意文書の表現、の3点が合意に至っていないと主張している。アメリカの「約束を破った」という主張には「まとめる前であり、どんな変化があろうとも自然だ」(劉鶴副首相)と反論している。
この関税引き上げは、細かく見ると品目や関税率、発動時期などややこしい内容が絡むが、要するに世界最大の貿易赤字国であるアメリカが、世界最大の貿易黒字国である中国に「もっとアメリカの商品を買え。買わないなら中国製品の関税を引き上げる!」と脅しをかけ、中国側も「そんなことをするならアメリカ製品の関税も引き上げてやる!」と関税引き上げで対抗したということである。米中双方の思惑が絡みながら、昨年から米中間の関税引き上げ合戦が過熱している。
だがアメリカ側の「関税引き上げ」は中国からの対米輸出総額(2017年=5056億㌦)の枠内に限られる。すでに第1弾(340億㌦)、第2弾(160億㌦)、第3弾(2000億㌦)を発動しているアメリカが今回、第4弾(3000億㌦)を発動すると、すべての中国製品が制裁関税対象になり、「いうことを聞かなければ制裁関税対象を拡大するぞ」という「恫喝カード」は今後使えなくなる。そのなかでトランプ大統領は13日、「中国は報復すべきではない--(報復すれば)もっと悪い状況になる!」とツイートしている。中国側の対抗措置も第1弾(340億㌦)、第2弾(160億㌦)、第3弾(600億㌦)を発動しており、すでにアメリカからの対中輸出総額1304億㌦の9割に達している。
物価高騰やリストラ 最大の打撃は米国民に
深刻なのはこの関税引き上げの応酬でだれが打撃を受けるのかという問題である。中国がアメリカに輸出する製品はスマートフォンやパソコン、家具、衣料品など多岐にわたっており、25%への関税引き上げはアメリカの国民生活を直撃することになる。アメリカではオーディオメーカーが小売店への卸売価格引き上げを表明しており、あらゆる中国製品に25%の増税がかかったような効果となる。
さらにアメリカは世界第2位の大豆輸出国であり、世界最大の大豆輸入国である中国に大量の大豆を輸出している。この大豆輸出が関税引き上げで減ると農家への影響が大きい。そのためパーデュー米農務長官は、自国の農産物を買い増す方針を明らかにした。
加えてアメリカから完成車を中国に輸出している自動車大手、アップルなどのように中国で作った製品をアメリカに輸出する大企業も影響を受ける。そのためアメリカの製造業界は「関税引き上げの対策」と称して、生産拠点の移転や人減らし、給与カットを中心とするコスト削減計画を具体化し始めた。トランプ政府は「中国を制裁する」と主張しているが、物価高騰や製造業のリストラでもっとも打撃を受けるのはアメリカの庶民である。それは中国も同じ事情で、中国国内で大豆が高くなればさまざまな大豆関連商品がみな値上がりすることになり、生活への影響は避けられない。そのほか米国向け家電の部品を中国企業に供給してきた日本の企業の売上が落ち込む懸念も出ており、日本経済も無関係とはいえない。
関税引上げや経済制裁 強硬手段が唯一の頼み
そもそも米中貿易摩擦は、最近突如始まった問題ではない。第二次大戦以後、世界の盟主として君臨してきたアメリカの弱体化が進み、その対抗軸として中国が台頭する過程で矛盾が激化してきた経緯がある。世界の貿易総額は2000年初頭は13兆㌦(1430兆円)規模だったが、現在は2・5倍の約35兆㌦(約3850兆円)規模に膨れ上がった。世界の貿易額に占める国別構成比も様変わりになっている【グラフ参照】。
2000年時点の国別構成比トップはアメリカで、15%以上のシェアを独占していた。このとき中国の占める割合は約4%で、アメリカが一人勝ちの状態だった。ところがそれ以後、アメリカと中国は真逆の推移をたどった。アメリカの貿易額が世界の貿易額に占める割合は急速に下降し、中国の存在感が増したからだ。中国の貿易額は2012年頃にアメリカを追いこし、2017年には4・1兆㌦(451兆円)に達した。アメリカの2017年の貿易額は3・9兆㌦(429兆円)となった。そして世界の貿易額に占める割合は中国もアメリカも12%前後で拮抗している。
ところが、貿易総額(輸出額と輸入額の合計)は同水準でも貿易収支の内容はまったく異なっている【貿易収支のグラフ参照】。中国の貿易収支は2000年代初頭はプラスマイナスゼロの状態だった。それが乱高下をくり返しながら拡大していき、2015年には5930億㌦(65・2兆円)に達し、2016年には5107億㌦(56・2兆円)になり、世界最大の貿易黒字国になっている。
他方、アメリカは輸出額より輸入額が圧倒的に多く、貿易収支は大赤字状態が続いている。しかも2000年代初頭の貿易赤字は5000億㌦(55兆円)程度の赤字だったのが2015年には7619億㌦(83・8兆円)の赤字に達した。2017年には8075億㌦(88・8兆円)の赤字となり、世界最大の貿易赤字国となっている。このアメリカの最大の貿易赤字相手国が中国であり、この貿易赤字解消を掲げて2017年1月に登場したのがトランプ政府だった。
トランプは就任演説で「米国製品を買い、米国人を雇用する」「アメリカ・ファースト(米国第一主義)」とくり返した。就任直後に発表した米通商代表部の「2017年通商政策の課題および2016年次報告」は、①通商政策でアメリカの国家主権を優先する、②アメリカ通商法を厳格に執行する、③海外市場を開放するためあらゆるレバレッジ(テコの原理)を活用する、④主要国と新たなよりよい通商協定を交渉する、という4本柱を示した。
この施策を実行するためトランプ政府は多国間交渉ではなく2国間交渉へ傾斜していった。多国間交渉になればアメリカの主張はなかなか通らない。多数決によってアメリカに都合の悪い施策が決まる恐れがあるからだ。そのため大統領就任直後に、加盟国が多いTPP(環太平洋経済連携協定)からの離脱を表明した。同時に加盟国が3カ国(アメリカ、カナダ、メキシコ)のNAFTA(北米自由貿易協定)について再交渉開始を表明した。そして4月の日米対話を皮切りに、米中包括経済対話、米韓FTA(自由貿易協定)再交渉など、2国間交渉で強引な外交交渉を展開した。
ところが一方的に要求を押しつけ、いうことを聞かなければ制裁するという対応では2国間交渉もまとまるわけがない。
トランプ政府は登場以来、2国間取引でキューバへの制裁強化(17年6月)、ロシアへの制裁強化法に署名(17年8月)、イラン制裁に向けた新戦略発表(17年10月)、シリア空爆(18年4月)、ベネズエラへの石油禁輸(19年1月)など制裁措置と恫喝をくり返してきたが、従順に従う国はほとんどない。むしろ横暴な対応に対抗して徹底抗戦の力がより強力になっている。
こうしたなかで強硬手段に訴えることしかできなくなったのがアメリカである。中国にはこれまで関税引き上げに加えて、南西諸島付近に軍艦や戦略爆撃機を行き来させる「航行の自由作戦」と名付ける軍事挑発行為を実施してきた。だが効果がないため、昨年8月にトランプが「国防権限法」に署名し、締め付けを強化した。それは「19年8月から米政府機関はファーウェイなど特定5社の機器・サービスの利用を禁止する。5社の機器を使った製品も利用を禁止する」「20年8月からは5社の機器やサービスを利用している企業との取引も禁止する」という内容だった。アメリカは新通信規格5Gの技術開発で中国に遅れをとっており、中国に5Gの根幹となる基地局市場を奪われることを恐れている。そのため今年3月にはカナダに要請し、ファーウェイの副会長を「イラン制裁違反」で拘束した。この延長線上で昨年から制裁関税を発動している。
こうしたアメリカの対応から浮かび上がる事実は、実体経済のなかでアメリカの製品や商品がもはや国際競争力を失っている現実である。貿易収支を黒字に転化させるには、低コストで質の高い製品を作るとか、群を抜く高度な技術を用いた最先端の製品を売り出すなど、顧客がどうしても買いたくなる商品や製品を市場に送り込むことが大前提である。しかしアメリカの輸出品を見ると値段は安いが農薬まみれの農産物や、成長ホルモン剤を多用した牛肉、遺伝子組み換え食品が氾濫し、健康に及ぼす影響から欧州では輸入を禁じる国もある。家電製品や自動車などの技術力の低下も著しい。最新通信技術は中国などにシェアを奪われ、アメリカが「世界最高水準」を誇ってきた戦闘機や戦闘ヘリも頻繁に墜落事故を起こす状態になっている。
このようななかで自国の製品を他国に売りつけるために編み出した方法が「対抗する国の製品を売りにくくする」ということだった。その具体的な方法として関税引き上げやアメリカとの取引停止など諸諸の制裁措置を実行している。それは強さのあらわれではなく、まともな商行為では相手にされないほど弱体化したアメリカの姿を映し出している。
安倍政府はいまだに「バイ、アメリカン(米国製品を買え)」といわれれば、防衛予算を増額してミサイルや戦闘機を大量に買い込むことを決定し、日本の国家予算を湯水のようにアメリカに注ぎ込む対米従属外交を続けている。今回の関税引き上げをめぐって、アメリカのパーデュー農務長官が「自国の農産物を買い増す」と表明したとき、日本との農産物貿易交渉に言及し「日本と速やかに合意できる」と強調した。それは日本が「買い増した農産物」のはけ口にされる危険もはらんでいる。
現在、アメリカによる制裁対象国は中国、ロシア、イラン、イラク、北朝鮮、スーダン、ジンバブエ、ベラルーシ、イエメン、ソマリア、リビア、コンゴ民主主義共和国、レバノン、シリア、ベネズエラなど10カ国以上に達している。アメリカが制裁を乱発することで、制裁対象国が勢力を拡大しアメリカの方が孤立を深めている。こうした世界情勢の変化は中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)の参加国が九七カ国・地域に達し、日米が主導するアジア開発銀行(ADB)の参加国(六七カ国)を大きく上回っているのを見ても歴然としている。世界をめぐる情勢は大きく変動しており、対米従属に縛られた通商施策ではなく、日本の国益に立った独立外交・通商政策が不可欠になっている。