輸入自由化に全面降伏するな
昨年9月に岐阜県の養豚場で感染が確認された豚コレラは、今年に入って愛知、長野、滋賀、大阪の1府4県に一気に広がり、約2万7000頭を殺処分するという甚大な被害が出ている。だが、国や自治体の感染防止対策は後手後手に回っており、このままでは今後どこで発生してもおかしくないという危機的な事態に直面し、養豚農家にとっては死活問題になっている。おりしも昨年末の環太平洋経済連携協定(TPP)11発効、さらに今月1日の日欧EPA発効で、豚肉の関税撤廃が推進され、外国産豚肉の輸入増大は必至で、養豚農家は二重の苦難に襲われている。この間の輸入自由化のなかで豚肉の自給率は7%と低く、国民生活にとっても重大な問題となっている。
昨年9月に岐阜市の養豚場で26年ぶりに豚コレラが発生した。豚コレラは、豚コレラウイルスによる伝染病で、豚とイノシシに感染する。コレラとは症状は異なる。人間には感染せず、感染した肉を食べても影響はない。国内では1888年にアメリカから輸入された豚が原因で最初に発生し、1992年の熊本県内での発生を最後に確認されていなかった。
昨年9月に岐阜県で検出されたウイルスの遺伝子型は、アジアを中心に広く流行しているタイプに非常に近く、これまで国内では見つかっていなかったタイプで、海外から新たに侵入した可能性が高い。
豚コレラの発生は昨年段階では岐阜県内に限られていたが、今月に入って、愛知県豊田市の養豚場で発生し、そこから子豚を出荷した大阪府、滋賀県、岐阜県、長野県の養豚場に一気に拡大した。
岐阜県での豚コレラの発生を受けて農林水産省が昨年12月20日付けで通知を出し、愛知県はこの通知にもとづいて1月31日までに県内で豚を飼育する247施設を検査している。今回豚コレラが発生した豊田市の養豚場も1月24日に県機関の獣医師が立ち入り調査をおこない、「家畜伝染病予防法で定められた飼育衛生管理基準」が守られていることを確認している。
大阪府の養豚場がこの養豚場から80頭の子豚を仕入れたのは1月18日だった(結果から見るとこの時点ですでに豚コレラに感染していたことになる)。続いて1月31日には滋賀県の養豚場に60頭、2月3日に岐阜県の養豚場に80頭の子豚を出荷している。
2月4日の午前9時に豊田市の養豚場が豚の異常に気づき、愛知県に報告し検査を開始した。だが、検査結果が出るのを待たずに2月5日午前7時に長野県の養豚場に80頭の子豚を出荷している。
愛知県が豊田市の養豚場に出荷自粛を要請したのは2月5日の午前9時だった。国の機関がこの養豚場での豚コレラの感染を確定したのは2月6日で、そこから各府県が納入先での感染を確認するという経過をたどっている。
専門家は「疑わしきは出荷しない」という対応をとるべきだったと指摘し、国や県の危機管理のお粗末さを批判している。
また、岐阜県内で発見された豚コレラ7例のうち、市が運営する畜産公園など、公立施設での発生が4件とあいついでおり、自治体の防疫体制の甘さも浮かび上がっている。岐阜県が美濃加茂市で運営する畜産研究所で3例目が発見された昨年12月5日、古田県知事は「防疫に十分とりくんでいるはずの県の研究機関で発症したことは誠に申し訳ない」と謝罪した。養豚農家を指導する立場であるはずの研究所での発生に信頼は失墜した。
しかも1例目が昨年9月に岐阜市内にある民間養豚場で確認されたが、実は同8月中旬時点ですでに豚は体調不良の症状を見せていた。このとき県は報告を受けて感染症を疑いながらも、「熱射病」と診断し、対応が約半月遅れた。
さらに同11月、岐阜市が運営する畜産施設で発生した2例目でも、1例目の発生から2カ月近くが経過しているうえ、敷地内で感染した野生のイノシシが複数見つかっていたにもかかわらず、豚舎で専用の衣服や長靴を使用していないなど、衛生管理のずさんさが目立った。
養豚施設への指導の不徹底さも明らかになっている。12月に発見された6例目の民間養豚場では、長靴やエサの運搬に使う一輪車の消毒が十分でなかったことや、畜舎内で大型の野良猫が子豚を食い荒らすなど、衛生状況に問題があることも指摘されている。「県の職員が週に一度巡回していたにもかかわらずこの状況では、県の指導が不適切との批判は免れない」とされている。
専門家はこうした国や県の対応に対して、今回の対応の遅れは、「人の身体には影響がないし、食べても問題ない」という甘さがあったのではないかとも指摘している。養豚農家のなかでも政府の対応に対して「もっと早く対応がとれたのではないか」との疑問の声が出ている。
ワクチン接種に消極的な国 農家の被害は甚大
専門家や養豚農家の思いとは対照的に農水省の見解は、「ここまでに2万7000頭の豚が殺処分されたが、全国で飼育されている豚は918万頭にのぼり、殺処分は全体の0・3%ほどだ。発生地域では多少の影響はあるかも知れないが、全国的に見れば豚肉の流通への影響は今のところ限定的だ」と切実感はない。
全国1600戸余りの養豚農家でつくる日本養豚協会は豚コレラが5府県に拡大したことを受け「これ以上感染を広げないために、施設や車両、出入りする人の靴底や衣服の消毒など衛生管理の徹底。養豚場間での豚の移動を最小限にする」などを呼びかけている。さらに養豚農家はこれ以上の感染拡大を防ぐためにはワクチンの投与が必要だとの声を上げるが、農水省は及び腰だ。
吉川農水相は、「ワクチンの使用には、殺処分によって感染拡大が防止できない場合の最終手段であると考えている」としている。その理由として、「ワクチンを接種するとほかの国から敬遠され、輸出に支障が出る」ことをあげている。これに対して養豚農家は「ワクチン接種は早めにやった方がいい。輸出を優先したいのか、豚コレラを収拾させるのが優先なのか」と怒っている。農水省の本音はワクチン投与にかかる膨大な予算を出したくないということに尽きる。
また、今回の感染源について農水省は、「加熱が不十分な豚肉製品を観光客が持ち込み、それが捨てられて、野生イノシシが食べたことが感染ルートとして考えられる」との見方を示している。家畜伝染病予防法では、十分に加熱されていない豚肉食品の日本国内への持ち込みを禁じてはいるが、封じ込める体制はなく、税関などをすり抜けてしまうのが実情だ。
感染ルートとして最も考えられているのが中国からのルートだ。中国全土からは週に約1000便の直行便が訪れており、昨年は全国の空港や港で没収された肉製品のうち、半数の約50㌧は中国からの旅客によるものだ。
最初に豚コレラが発生した岐阜県に空港はないが、県内で働く中国人を、その家族や友人が中部国際空港経由で訪れ、そのさいに感染源の食品が持ち込まれたのではないか、というのが養豚業界の定説になっている。1例目が発生した農場の近くにはバーベキュー場があり、そこで捨てられた食べ残しの肉を野生イノシシが食べて、感染したと見ている。1例目が発覚する前から、岐阜では野生イノシシの感染が確認されていた。
グローバル化が進むなかで、人やモノの国際的な移動の量も速度も上がってきている。今回、国内に侵入した経路はまだ解明されていないが、豚コレラが流行している国から来た旅行者が持ち込んだ肉製品などが原因の可能性が高い。海外から輸入する飼料や資材が媒体となる場合もある。
豚コレラ感染の具体的なルートは確定されていないにしても、海外から持ち込まれた可能性は高く、水際での防止対策が必要になっている。空港や港での防疫体制を厳重におこなうことがまず基本だが、行政改革のなかで大幅な人員削減がやられ、ほぼノーチェックで侵入を許しているのが実態だ。
昨年9月に発生した豚コレラを撲滅することができず、かえって一気に拡大し、最悪の場合には養豚の盛んな九州地方や関東地方など全国的に広がる危機状態に追い込んでいる。根本原因は、国や県など行政の甘い状況判断と後手後手の対応にある。養豚農家からすれば意図的に豚コレラ収束を遅らせているように見えるのも無理はない。
さらに養豚農家は中国の大型連休である春節を迎え、より強力なアフリカ豚コレラの侵入に警戒心を高めている。アフリカ豚コレラは豚コレラと違ってワクチンがまだない。アフリカ豚コレラの殺傷力は極めて高く、日本国内に持ち込まれた場合、殺処分による対処しかできないため、感染範囲が拡大すればするほど養豚業界が受ける打撃ははかり知れない。すでに日本でも1月までに、中国からの観光客が羽田空港や中部国際空港などに手荷物として持ち込んだソーセージや餃子7品から、アフリカ豚コレラのウイルス遺伝子が検出されている。
豚コレラの発生で殺処分される養豚農家の被害は甚大だ。殺処分された頭数に、豚の市場価格から算出した値段をかけた金額が、補償金として畜産農家に税金から支払われる。現在ならば1頭当り約2万7000円が支払われる。仮に1000頭規模の養豚農家の場合、約2700万円が支払われることになる。平均的な養豚農家は2000頭程度飼育している。
だが、養豚農家にとってはそれだけの補償金が入っても、エサ代などにかかった飼育費や、その後のコストを考えれば、明らかにマイナスになる。また一から子豚を仕入れて、まともに農場として経営を再開するまで、早くても1年半、普通は3年かかる。この間、従業員の給料や家族の生活費などをまかなっていかなければならない。また畜産業界全体が高齢化しており、廃業せざるをえない農家も出てくることにもなる。
豚コレラだけでなく、鳥インフルエンザや牛の口蹄疫など家畜の疫病に対しては、国が半額を支出する家畜防疫互助基金といういわば保険制度がある。だが、互助基金に入っていない農家も少なくない。その場合は、数千万円単位の損害を被る。豚コレラとアフリカ豚コレラの感染拡大は養豚農家にとって存亡をかけた問題になっている。
脅かされる食料自給 養豚農家減少に拍車
日本の養豚農家の変遷を見ると【折れ線グラフ参照】、1960(昭和35)年には、約80万戸の農家が190万頭の豚を飼育していた。農家一戸当りの飼育頭数は2・4頭だった。1971(昭和46)年の豚肉輸入自由化の影響で、1979(昭和54)年から豚肉価格が低迷し、養豚農家戸数の減少に拍車がかかる。2003(平成15)年には9430戸で973万頭の豚を飼育していた。一戸当りの飼育頭数は1031頭に増大した。43年間で79万570戸の養豚農家が廃業をよぎなくされ、専業化に伴って一戸当りの飼育頭数は429倍へと規模拡大した。さらに2013(平成25)年には養豚農家戸数は5600戸まで減った。
一戸当りの飼育頭数が拡大している分だけ、今回のような家畜伝染病の感染で大量の豚を殺処分しなければならず、養豚農家の打撃は大きい。
豚肉の輸入量【棒グラフ参照】は2017(平成29)年には国内生産量を上回る92万5631㌧(前年比5・5%増)と4年連続で前年度を上回った。豚肉輸入のなかでも冷蔵品はアメリカ産とカナダ産で9割以上を占めている。
豚肉の自給率(カロリーベース=飼料自給率を考慮)は、1965(昭和40)年には31%であったが、2016(平成28)年には7%まで落ち込んでいる。重量ベースの自給率は1965(昭和40)年には100%であったが、1971(昭和46)年の輸入自由化を契機に下がり続け、2016(平成28)年には50%へと半分に落ちた。
日本の養豚業は豚肉輸入増大のなかで厳しい経営状況にある。このうえに豚コレラ感染に加え、TPP11や日欧EPA発効、さらには日米FTAでの関税撤廃、輸入増大の危機にさらされることになる。政府や県など行政機関が今回の豚コレラ撲滅対策をめぐり、のらりくらりの対応をとっているのは、TPP11や日欧EPA発効で日本の豚肉市場を明け渡そうという方向と軌を一にしている。養豚農家を廃業や倒産の危機に追いやるものであり、豚肉の国内生産への打撃も必至だ。豚肉の自給率はゼロ%になりかねない危険な状態であり、国民生活にとっても重要な問題となっている。